表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/35

3

「みぃつけた」


 ルシエンテス伯爵家の広い庭。お茶会を終えてナタリアが探すと、セシリオは低木の陰に隠れていた。

 伯爵邸の中にはセシリオが隠れるポイントがいくつかある。そのうちのひとつがここだ。

 セシリオは少し慌てたようにあたりをキョロキョロと見回し、口の前に人差し指を立てて静かにしろというポーズをした。


「馬鹿、つけられていないだろうな?」

「うん、大丈夫だよ」


 ナタリアもさっとしゃがんでセシリオの隣に隠れる。

 あとから考えれば、少し離れた場所で侍女や従者が見守っていたのだから、つけられるもなにもない。最初から見つかっていたのだ。だけどその時は、誰にも見つからずに上手く隠れていると信じていた。


「何してるの?」

「アリ釣り」


 セシリオはアリの巣と思われる小さな穴に細い枝を入れている。それをナタリアの目の前でゆっくり引き抜いた。アリは釣れていなかった。


「やっぱり木の棒だけじゃダメか。何か甘いものをつけると釣れるんだけど」

「へぇ、そうなんだ」


 巣の周りにはアリがちらほらいるから、使われていない巣というわけでもないのだろう。


「あ、棒にはつけられないけど、甘いものなら持ってるよ」


 ナタリアはじゃーんと効果音をつけてクッキーを取り出した。


「お茶会で出たやつ。セシーと食べようと思ってもってきたの。アリさんも食べるかな?」

「よし、あげてみよう」


 ナタリアはセシリオを「セシー」と呼んでいる。小さい時にセシリオと発音できなくてセシーになり、それが今でもそのままなのだ。ちなみにセシリオはナタリアのことを普通に「ナタリア」と呼んだり、「ナータ」と愛称で呼んだりする。


 ナタリアはクッキーの一枚をセシリオに渡し、もう一枚を割って小さなクズをアリの前に落としてみた。アリはすぐに気がついてそれを手にする。


「セシー、見て。食べてる食べてる!」

「おおぉ。じゃあ、もっとおっきかったらどうするかな?」


 セシリオは手に持っていたアリ釣りの細い棒をポイッと投げ捨て、クッキーを大きめに砕いた。それを別のアリの前に落とす。アリはすぐに見つけたものの、自分の体よりも全然大きいその欠片に上っては下り、また上っては下りている。


「困ってるよ。大きすぎて食べられないんじゃない? あ、諦めて帰っちゃった」

「このクッキーが美味しくないのかも」


 セシリオは手に残ったクッキーをパクリと口に入れた。そして「美味しい」と言う。ナタリアも同じように口に入れた。そして同じように「美味しい」と言った。


「見て。別のアリが見つけたよ」


 そのアリもまた、アリにとっては大きすぎるクッキーの欠片に上っては下り、上っては下りている。そうしているうちに、先程戻っていったアリ……かどうか見分けはつかないけれど、アリが仲間を連れて戻ってきた。わらわらとクッキーに群がっていく。そして少しずつ切り崩しながら、巣へと運ぶ。


「おおぉ、運んでる」

「運んでるね」

「ナータ、クッキーまだ持ってる?」

「もってるよ。はい」


 ナタリアがクッキーを差し出すと、セシリオは先程よりもさらに大きい欠片にして巣の近くに置いた。それにもアリが群がっていく。


「おおぉ」

「アリさん、クッキー好きなんだねぇ。そうだ、セシー。わたしたち、大人になったら結婚するんだって」


 ナタリアは先程のお茶会を思い出して言った。セシリオはバッとナタリアに振り向く。


「誰に聞いたの?」

「お母様に聞いたの。さっきのお茶会で。セシーのお母様もいたよ」

「なんで僕がいないところでそんな話するんだよ」

「セシーがお茶会に来なかったんじゃない」

「あ……」


 セシリオはそうだった、と目を泳がせる。急に都合が悪くなったのか、彼はアリに目線を移した。なんとなく、ナタリアもクッキーに群がるアリを見る。

 セシリオは俯いたままで、どことなく憂鬱そうな感じにも見えた。


「セシー、知ってたの?」

「うん、母上に聞いた」

「……嫌だった?」


 不安になって聞くと、セシリオはガバッと顔を上げた。


「嫌じゃないよ!」

「そうなの?」

「そうだよ。嫌なわけないよ。ナータは嫌?」

「嫌じゃないよ。結婚したらずっと一緒にいられるんだって。だから嬉しい」


 ナタリアはニッと笑ってみたが、セシリオはどこか不満そうだ。


「どうしたの。何かダメだった?」

「母上が言ってたんだ。僕には兄上がいるから、公爵家には残れない。ナータと結婚できるのは、僕にとっていいことだって」


 セシリオは三男だ。兄がいるし、それ以上に複雑な事情もあって、公爵家を継ぐことはない。

 一方のナタリアは長女で、今のところ伯爵家の唯一の子だ。この国の爵位継承は男性が優先されるが、男児がいないなどの場合に限り女性にも認められる。つまり、このままいけば、いずれナタリアが継ぐことになる。


「ナータはいずれ誰でも選べるようになるんだから、好きになってもらえるように努力しなさいって。僕は別に、僕が家を出なきゃいけないからナータに好きになってほしいんじゃないのに」

「うーん? よくわからないけど、わたしはセシーのこと好きだよ?」

「う、うん」

「だから結婚できたら嬉しい」

「……うん、僕も……嬉しい」


 アリが列を作って少しずつクッキーを運んでいく。セシリオはその道筋に葉っぱを一枚置いた。いきなり邪魔が入って列が乱れる。


「あー、置いちゃダメだよ。アリさん困ってるじゃない」

「うん、でもまた道を作ってるよ」

「わたしのお父様はあまり家にはいないんだけど、セシーは結婚したらずっと一緒にいてくれる? お母様は、一緒にいたいならそうできるって言ってたの」

「ずっと一緒は難しいよ。トイレは別のがいい」

「そういう話をしてるんじゃないの」


 ナタリアはムッとしたような、不安なような、そんな顔をする。セシリオはちょっと慌ててナタリアの顔を見た。


「ごめんごめん。ずっと一緒にいるよ」

「本当?」

「本当。一緒に住んで、一緒にごはんを食べて、おやつも食べる。一緒にお仕事もするかもしれない。あとは、そうだ、一緒に舞踏会に出てダンスもする」


 ナタリアたちにはダンスのお稽古の時間もあって、二人で踊ってみましょうか、と先生に言われて昨日練習したばかりだった。それを思い出して、ナタリアはふふっと笑う。一緒に踊ったのは楽しかった。


「楽しそう」

「じゃあ、大人になったら結婚しよう。約束だよ」


 セシリオは真面目な顔をして小指を立てた。

 この国では約束するときに、お互いの小指を絡める習慣がある。といっても強制力はないし、子供の遊びのひとつのようなものだ。

 ナタリアは迷わずに自分の小指を出した。


 二人の小指は絡まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ナタリアとセシリオの小さな恋が可愛らしいですね 1つ年上のセシリオの方が、少しだけちゃんと分かっているようなのがとても良いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ