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四人での話を終えると、すでに日が傾き始める時間になっていた。
ナタリアは一度パウラが使っていた部屋へ戻る。フランシスカも一緒だ。王女が共にいる間は手出しできないはずだから、ということでフランシスカと一緒に行動することになっているのだ。
部屋で軽く身だしなみを整え直してから夕食に向かう。食事をする部屋の隣には食事の準備ができるまで待つ部屋がある。そこに行くとディエゴとミゲラとパウラ、それからセシリオが先に待っていた。
ディエゴとミゲラがナタリアを見る。フランシスカがいる手前何も言わないけれど、なぜお前がここに来たのかとその目が言っているのは明らかだった。
フランシスカは不思議そうな顔をしてミゲラを見てから、ナタリアに向かって問いかけた。
「普段はミゲラ夫人たちも一緒に食事を取っているの?」
「いいえ、別です」
「今日は一緒なの? わたくしを歓迎するために来てくれたのかしら?」
ミゲラの顔がパッと赤くなる。だけど何も答えない。
フランシスカはあくまでナタリアがいつもここで食事をしていて、ミゲラたちは別だと思っている、というように装っている。
準備ができましたと執事長に呼ばれて隣に移動すると、予想していたことがそのまま起こった。
「あら、席が一つ足りないようだけれど……」
フランシスカが全員を数えて首を傾げる。ディエゴ、ミゲラ、パウラ、それからセシリオとフランシスカ、ナタリア。六人のはずが、用意された席は五席。ディエゴたちは最初からナタリアを参加させる気などなかったのだ。
執事長も呼びに来た段階でハッとした顔をしていたから、誰もがナタリアが参加することを想定していなかったらしい。
そしてもし人数に変更があったとして、それを指示して動き回るのはナタリアだ。そのナタリアはずっとフランシスカと一緒にいて、裏方の仕事はしていなかった。
フランシスカはどうするのだとミゲラに視線を送る。ミゲラはナタリアを見た。
「ナタリア、あなたは今日は夕食の席には着かない予定だったのではなくて? 急には変更できないことは、あなたも知っているでしょう」
困ったこと、とでも言うように、ミゲラは肩を落とす。
要するに、そういうことになっていたのだから出て行けと言っているようだ。
ナタリアはずっとミゲラの言うことに従ってきた。だから今日も従うことにする。
鼓動が自然と速くなる。大きくゆっくり息を吐き、そして口を開いた。
「申し訳ございません、ミゲラ夫人」
まずはミゲラに向かって謝る。それからフランシスカを見た。
「殿下、わたしは食事のマナーができていないので、お父様たちと同じ席に着くことは許されていないのです。わたしはいつもここでは食事をしないので、使用人たちもそのつもりで準備したのでしょう」
「ここで食事をしないって、どこで食べているの?」
「いつもは使用人の食堂で食べています」
「ナタリア」
ミゲラが精一杯抑えたような声を出す。それを無視してフランシスカが問いかける。
「使用人の食堂……? どういうこと?」
「何も食べないわけにはいきませんから、そちらで分けてもらっているのです」
「殿下、ナタリアは、その、マナーを気にして食べるよりもそちらの方が落ち着くからと、わざとそうしているのですよ」
ミゲラが困った顔で笑いながら言う。
「ナタリア、そうなの?」
「……いいえ。ただこの部屋に掃除と片付け以外で入ることを許されていないだけです」
「ナタリア、いい加減にしなさい」
今度はディエゴが凄みのある声を出す。だけどフランシスカはそれを気にすることなく質問を続ける。
「掃除と片付けって、ナタリアが掃除をするの?」
「そうです。お父様たちが食事をした後に片付けるのがわたしの仕事ですから」
「まぁ……、それは一体、どういうことかしら。それは本当なの?」
フランシスカは壁際に控えている使用人たちをぐるっと見回す。使用人たちは口を開かずに気まずそうな顔をした。
部屋の中には伯爵家の使用人の他に、フランシスカの護衛や侍女もいる。彼らはありえないというように目を見張った。
「殿下、申し訳ございません。わたしの席はないようですし、マナーのできていないわたしと一緒では食事を楽しめないと思いますので、わたしはこれで失礼させていただきます」
ナタリアがフランシスカに頭を下げる。ディエゴが仕切り直しとばかりに明るい声を出した。
「殿下、ナタリアもこう言っていますし、今はそのような話はやめて食事にしましょう。殿下のために特別に作らせたのですよ」
執事がそれを合図に座りやすいように椅子を引く。だけどフランシスカはそれを突っぱねた。
「不愉快だわ。わたくし、ナタリアと一緒に食べるわ。ナタリア、行きましょう」
「ど、どちらに?」
ディエゴが困った顔で聞く。
「わからないわ。ナタリアがいつも食べているところよ」
フイッとその身を翻してフランシスカは扉に向かう。ナタリアは慌てて後を追った。
そのまま廊下に出ると、フランシスカはナタリアによくできましたというような目線を送ってクスッと笑う。少ししてからセシリオがあとを追ってきて、三人は食事をせずにパウラの部屋だった場所に戻った。
「さすがに王女を使用人の食堂に案内できないって、なんとか僕が部屋に連れてった、ということにしてあるよ」
その部屋に軽食を運んでもらい三人で食べながら、セシリオは周りに聞こえないように小声で話す。一応は女性の部屋なので、セシリオはなんとなく肩身が狭そうな顔をしていた。部屋の中にはエマとフランシスカの護衛、セシリオの従者がいる。彼らにはある程度は聞かれても大丈夫らしい。
「わたくし今日はこのままここで寝るわ。それは駄目だと言われるでしょうけれど、疲れて寝てしまったと、そう言ってくれる、お兄様?」
「わかった」
食事を終えるとナタリアとフランシスカは一緒にベッドに入った。もし踏み込まれても、寝ているフリをするためだ。
「セシリオ、あなたも気を付けて。部屋を失ったパウラが寝込みを襲ってくるかもしれないわよ?」
「ぐっ。こちらも護衛を配置するから心配はいらない」
「わたくしは本気よ。彼女ならやると思ってる。気を抜かないで。部屋に入られたらそういうことがあったと騒がれるわ」
フランシスカが真面目に忠告すると、セシリオは何度も頷き、そして部屋を出ていった。
出たところでミゲラとパウラが騒いでいる声が聞こえた。だけど扉が開く様子はない。
「まずは部屋を取り返したわね」
フランシスカは小さく笑った。
それから二人で昔の思い出話をした。もうフランシスカが母であることを疑うことはなくなっていた。
「ナタリア、よく頑張ったわ……」
ナタリアは泣いた。フランシスカも泣いていた。
もっと話したかったけれど、ナタリアはここ数日まともに休んでいなかった。体力の限界に加え、今日はいろいろありすぎた。次第に瞼が抗えないほどに重くなる。
小さな母のぬくもりに触れながら、ナタリアはそのままぐっすりと眠ってしまった。




