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「王宮でいろいろな話を聞いたわ。だけど自分の目で確かめるまでは、と思っていたの。でもここにきてからのディエゴたちの態度、それからナタリアの部屋を見て、疑う余地は全くなくなった」


 そこまで話して、フランシスカは一度大きく息を吐いた。


「いきなりわたくしを母と思えと言っても無理があるとは思うの。だけど今はわたくしを信じて、あなたに何があったのか教えてちょうだい。あなたの口から聞きたいの。王女としても力になれるはずよ」


 フランシスカはエマにもお願いと言った。

 ナタリアは戸惑いながらセシリオを見る。彼は大丈夫だというように大きく頷いた。


 ナタリアはエマと顔を見合わせてから、母が亡くなってから起こったことについて話した。一月もたたないうちにミゲラとパウラが来たこと、すぐに「ここパウラの部屋よ」と言われて追い出されたこと、今までの生活を全て取り上げられたこと、逃げ出して連れ戻されてからは外から鍵をかけられていたこと、それから基本的には使用人として働きながら書類仕事を担っていたこと。


 エマが時折説明を補足しながら、ナタリアは今までの経緯を語った。

 それから使用人たちの状況についてエマが話す。一部は辞め、一部は追い出されたこと。残っている使用人の処遇。今伯爵家にいる使用人の中でナタリアを守っている者とそうでない者については詳しく言わなかったけれど、執事長と侍女長が権力を持っており、ディエゴとミゲラについていること、逆らえない状況であることははっきりと述べた。


 静かに聞いていたフランシスカは、ナタリアとエマが一通り話し終えると強く拳を握った。


「ナタリア、よくここまで頑張ったわね。エマも。あなたがいてくれてよかった」

「お母様……」

「奥様……」


 まだ半信半疑だったのに、思わず呟いた。エマもそんな声色だ。

 ナタリアの目から自然と涙が零れる。エマからも鼻をすする音が聞こえた。


 だけどそれも一瞬のことだった。


「あんの、クソタヌキ!!」


 王女とは思えない言葉がフランシスカから飛び出したのである。

 声が大きくならないように必死に抑えているのが、より迫力を増している。

 涙が引っ込んだ。


「フラン、口が悪いぞ。王女の口調じゃない。それにそれはタヌキに失礼だ」


 そっち? とつい思った。

 王女はハッとしたように可愛らしく口を手で覆った。


「あらごめんなさい、その通りだわ。あれを愛らしい動物に例えるなんて、タヌキに失礼極まりなかったわ! ついでに女狐と思ったけれど、それもキツネに失礼ね!」


 クソタヌキ、とはディエゴのことだろう。そうすれば女狐はミゲラだ。言われてみればそう見えなくもないと思えてくる。


「あのクソ、どうしてくれようか」


 タヌキが抜けて、よりひどくなった。


「フラン、ナタリアの母上はそんな口の利き方はしなかった」

「これはフランシスカの人格みたいね。小さい時のセシリオにそっくりだもの」

「似てない」


 フランシスカが怒ったままの目でニッコリとセシリオに笑顔を向ける。怖い。

 セシリオは諦めたらしく、肩を落とした。


「わたくしを殺しただけでなく、ナタリアをこんな目に遭わせて伯爵家をわが物のように扱うだなんて、万死に値するわ」

「え……?」


 さらっと大変なことを言った気がする。


「お、お母様、殺されたって……?」

「あいつ、わたくしに毒を盛ったのよ。医者と手を組んでね。薬だと差し出されたものが毒だと気付いた時にはもう手遅れだった」


 アデリナの両親、つまりナタリアの祖父母が亡くなったのが流行り病であったのは間違いない。急にいなくなってしまった祖父母に代わって当主の座を継いだアデリナだったが、慣れない仕事と心労で体調を崩してしまう。


「わたくしの両親がいなくなった途端、あのクソは自分に従えと言ってきたのよ。当主はわたくしなのに、女は黙って従えばいいと、そういう感じだったわ。だから離縁の手続きを進めていたの」


 アデリナはディエゴに伯爵家を渡すつもりなどなかった。一緒に経営していくというのならばまだいい。だけどディエゴは自分に都合が良いように動かそうとしたのだ。それに危機感を覚えたアデリナは、離縁しようとしていた。このままではナタリアにも影響すると思ったのだ。だけどその前にディエゴに気付かれてしまう。


「焦ったのでしょうね、離縁したら出ていくのはあちらだもの。ちょうどよくわたくしは体調を崩していた。絶好のチャンスを作ってしまったのよ。本当に悔しいわ! 悔しくて悔しくて死にきれない! って思っていたから、こうして生まれ変わったのかも」


 ナタリアも毒だとは全く気付いていなかった。気づける年齢でもなかったけれど、それでも分かっていれば、と後悔が押し寄せる。


「おかげで毒には詳しくなったの。とりあえず、それはあとでいい。それよりもまずはこの状況をなんとかするのが先よ!」

「それで、具体的にこれからどう動くか、考えているのか?」


 セシリオが落ち着いて聞いたことで、怒りに燃えていたフランシスカの目が少し色を取り戻した。


「もちろん、ディエゴに退場していただくわ」


 フランシスカは迷いなく言い切る。


「証拠は上がっているから、いずれディエゴには何かしらの沙汰が下るはずよ。だけど王宮のほうで情報を整理して処遇を決めるのにはまだ時間がかかる。それまでの間、今まで通りに過ごして待っているなんてできない」

「そうだな」

「王宮へ連絡を送って身柄を捕えておく許可をもらうわ。あちらで準備だけはしてきたから、早ければ返事が五日ほどで届くはず。だけど五日も待ちたくない。こちらでも少しずつ進めましょう」

「だいたい予定通りってことでいいか?」

「いいわ」


 フランシスカはニヤリとセシリオを見る。

 それからナタリアの手を握り、まっすぐにナタリアを見た。白く柔らかい手は熱を帯びている。


「ナタリア、あなたにはわたくしがついている。セシリオも、その後ろにはビセンテ公爵家もいるのよ。それからわたくし……フランシスカの両親、この国の国王と王妃までがあなたの味方なの。もう無敵でしょ?」


 フランシスカが少しだけ悪戯っぽく笑う。

 たしかに無敵だ。なんといってもこの国の権力者がついているのだから。その重さに身震いするけれど、これ以上になく心強い。


「だから、あなたも怖がっていては駄目。ルシエンテスを取り戻さなくちゃ」

「……はい」

「ルシエンテス伯爵家に関しては、今のわたくしは部外者なの。セシリオもそう。わたくしたちはできるかぎりの手助けをするわ。だけど最終的に決めるのはナタリアなのよ。ナタリアしかできないの」


 いくら王家とは言っても、貴族の家の中のことまで勝手に決める権限はない。今ここでそれができるのはナタリアだけだ。

 ナタリアが恐れ、今まで通りを望むならばそうなる。だけど変えようと思えば変えられる。


「ナタリア、伯爵家を継ぐのはあなたよ」


 フランシスカが、母が亡くなる直前にナタリアに告げたことをもう一度言う。

 ナタリアの覚悟も決まった。

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