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 ナタリアとセシリオの関係は、幼なじみ、と言えばいいだろうか。

 最初に会ったのは二歳か三歳の時らしいけれど、ナタリアは覚えていない。


 お互いの家は近いわけではない。ナタリアは伯爵領にいて、セシリオは王都に住んでいるからだ。だけど母親同士が仲がよかったので、セシリオは母に連れられてよく伯爵領を訪れていた。


 ナタリアが六歳、セシリオが七歳だったこの日も、セシリオは母に連れられてナタリアの住むルシエンテス伯爵家に来ていた。


「まったく、セシリオったらすぐいなくなってしまうんだから」


 セシリオの母であるビセンテ公爵夫人は、どうしようもない、というように溜息を吐いた。ナタリアとナタリアの母、それからセシリオとセシリオの母。この四人でお茶会をするはずだったのに、セシリオが脱走したのだ。

 脱走したといっても使用人がついているし、伯爵邸の外には行っていない。無理やり連れてきたところでへそを曲げるのは目に見えているので、仕方なく三人でお茶を飲んでいる。


「お茶のマナーのお勉強、と言わずに、美味しいお菓子を皆で食べましょう、と言えばよかったわ。お勉強、と聞いただけで逃げるんだもの」

「男の子ですもの、やんちゃなくらいがちょうどいいのではありませんか? きっとそのうち落ち着きますわ」

「そうかしら?」


 小さい頃からやんちゃで活発な男の子だった彼は、七歳になっても母を困らせているらしい。


「ナタリアは本当に落ち着きがあってしっかりしていること。セシリオとは大違いだわ」


 ビセンテ公爵夫人はちょこんと大人しく腰かけているナタリアに優しい目を向けた。確かにセシリオとは違い、ナタリアは内気で人見知り。勉強もちゃんとする物分かりの良い子だ。脱走などしない、……セシリオがいなければ。



 王都と伯爵領は距離があるので、セシリオたちは一度伯爵領に来ると数日滞在していく。その間、ナタリアはセシリオと一緒に食事を取り、勉強をし、遊ぶ。


 ナタリアはセシリオが好きだった。怖がりでいつも自分からは動き出せない幼いナタリアにとって、どこへでも自由に突き進んでいくセシリオは憧れだったのだ。


 例えば階段の三段目からジャンプしてポーズを決めてみたり、何段まで飛べるかチャレンジしてみたり、探検だと言って使用人区域に突撃してみたり。ナタリアもちょっとやってみたいとは思いつつできないようなことを、セシリオはいつだって簡単にやってのけた。そんなセシリオを、ナタリアはいつもキラキラした瞳で見ていた。


 普段は母や侍女のうしろに隠れるようにくっついているナタリアだったが、セシリオが来ると彼のあとをついて回った。セシリオが脱走すればついていったし、厨房に入り込んでこっそりつまみ食いをすればナタリアもそうした。伯爵家は広いから、探検する場所には困らなかった。

 セシリオと一緒にいると、世界が広がった。


 それだけ付きまとわれたら嫌がりそうなものだが、セシリオはまるでそれが当然だというようにナタリアをくっつけて動き回っていた。

 そして一緒に叱られるまでがセットだった。


 セシリオと一緒ならば何も怖くなかった。どこへ行くのも、怪我をするのも、怒られるのだって大丈夫だ。


 まるで親鳥のうしろを追いかけるヒナ鳥のようだとナタリアの母は笑っていたが、セシリオの母はやんちゃな息子が可愛いご令嬢に怪我をさせるのではないかと気が気でなかったらしい。



 今日もナタリアはセシリオと一緒にいたけれど、お茶会の準備のために別室で着替えていた隙に彼はいなくなってしまった。


「逃げるとは言っても、勉強しないわけではないのでしょう?」

「それはそうよ。椅子に縛り付けてでも勉強させるわ。将来ナタリアに迷惑をかけるわけにはいかないもの」


 お茶をそっとすすりつつ母たちの話を聞いていたナタリアは首を傾げた。


「わたしに?」


 一緒に叱られることはあっても、迷惑だと思ったことはない。むしろどちらかといえば、くっつきまわっているナタリアの方が迷惑だろう。ナタリアの方が足も遅いし、ナタリアのせいで見つかったことも数えきれない。


 ナタリアが不思議そうな顔をしたのを見て、ビセンテ公爵夫人はハッとして口を押さえた。そしてちらりと母を見る。母はふふっと笑ってから、ナタリアを見た。


「ナタリアはセシリオのこと、好きよね?」

「うん……はい」


 お茶会中は言葉遣いを丁寧にしましょう、と言われていたのを思い出して言い直す。母はそれに気が付いたのか、小さく頷いて続きを話した。


「お母さまたちはね、将来セシリオとナタリアが一緒になってはどうかと話していたの」

「一緒になる?」

「結婚するってこと。もちろん大人になってから決めることだし、条件が変わることもあるから絶対ではないのよ。だけどそうできたらいいんじゃないかって思っているの」


 六歳のナタリアにはまだそれがピンとこなくて、もう一度首を傾げる。


「結婚するとどうなるの?」

「うーん、あなたのおじいさまとおばあさまのようになるってことかしら」


 母と父のように、と言わなかったのは、ナタリアの父はあまり家に帰ってこないからだろう。祖父と祖母はこの伯爵邸に共に住んでいて、それなりに仲がいい、とナタリアは思っている。


「ずっと一緒にいられる?」

「そうね。一緒にいたいと思うならば、そうできるわね」

「帰らないってこと?」


 セシリオは数日の滞在のあと、王都へ帰ってしまう。

 ナタリアは小さい頃、セシリオが帰ってしまうという時には泣き叫んで嫌がって大変だったらしい。さすがに六歳になったので泣き叫びはしないけれど、やっぱり帰ってしまうのは寂しいのだ。


 母はそうねとゆっくりと頷く。ナタリアはパッと顔を明るくした。


「する! 結婚する!」

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