男との出会い
スライムと戦う羽目になったものの、翌日の夕方に二人は隣村へとたどり着いた。懸念事項だった水も、まだ枯れていない小川を見つけることで解決していた。
「やっと着いたな」
「そうだね。疲れたぁ」
もうあたりは暗くなりかけており、北の果てに立ち上る光の柱がよく見える。日によって強かったり弱かったり、時には全く見えない光だが、今日はかなり強く光っている。
その光をしばらく眺めたあと、二人は宿を探そうと柵を越えて村に入る。
「お兄ちゃん、宿ってどうするの?」
「“宿屋”って店があると思う。なければ村長さんに頼んで軒下でも貸してもらおう」
二人の育った村は小さすぎて“宿屋”などというものは無かった。そもそも村に旅人が来ることは滅多になかったし、来たとしても誰かの身内が訪ねてくるぐらいだったので身内の家に泊まっていた。稀に来る物好きな旅人は村長に頼んで空き家に泊めてもらっていたのを見たことがある。
この村も生まれ故郷よりは多少大きい程度なので、宿屋は無いかもしれない。
「とりあえず宿屋が無いか探してみよう」
「うん」
結果として、宿屋は見つかった。まあ“宿屋”というよりは馬を預かる“馬屋”という小屋に、ついでに人間も隣の床に藁を敷いて寝られる場所。といった施設だったが。
それでも野宿よりはマシである。それにパンとスープの食事は経営している家で食べさせてくれる。ちなみに別料金だ。
少々多めに払うことになるが、二人は食事付きで泊まることにした。空腹だった二人はさっそく食事にありつくことにした。少し傾いたテーブルに用意された食事を前にしてスプーンを手に取る。二人の他には男性が一人で座り、不味そうにスープをすすっていた。
「…薄いな」
「しっ!」
スープを口にしたリテルが発した言葉をリセラが止める。
「食べられるだけ感謝だよ、お兄ちゃん」
「そうだなすまん…でもな」
リテルが言いたいことはリセラも分かる。野菜と僅かばかりの肉が浮かんだスープは、塩など調味料の味がほとんどしない。枯れていく故郷の村で食べていた食事も似たようなものだったかもしれないが、2日間歩き通しだった体にはどうにも物足りない。
「はい、コレ」
リセラが鞄からコッソリと取り出したのは、塩が入った小袋だ。あるき続けるとなると塩が欲しくなるだろうと、台所からかき集めて持ってきたのだ。
「お、助かる!さすがリテラ。ありがとな」
「どういたしまして。えへへ」
兄に褒められたリテラは嬉しそうに微笑む。
普段から農作業をする二人は、疲れたときに塩を舐めると体が楽になることを知っている。だから旅で歩き続けるなら必要だろうとリセラは鞄に入れてきていた。まさかこんな早々に使うことになるとは思わなかったが。
リテルが塩をつまんでスープに入れていると
「ちょいとゴメンよ」
スープをすすっていた男性がいつの間にかリテルの隣に来ていた。
「なんだ?ていうか誰?」
「いきなり悪ぃな、オレはジョッシュ。しがない冒険者さ。
なあ坊やたち、それは塩だろ。できればソレをオレにもチョイとばかし分けてくんねえか?ほんの一つまみで良いんだが」
「…一つまみぐらいなら、どうぞ」
リセラがおずおずと小袋を差し出す。
「サンキュ!可愛い女神様!感謝感謝」
ジョッシュと名乗った男性はいそいそとつまんで自分のスープに投入する。スプーンでかき混ぜて口に運び、ゴクリと飲み込んだ。
「んー、これで食える味になったぜ。この辺の事情は理解してるし安い金でとりあえず食えるのはいいんだが、どうにも『白湯』を飲んでるようで不味くていけねえや」
喋り続ける男の勢いに押され、二人は何も聴けないでいる。
「おっと、飯の救世主に礼をしなきゃな。コイツで良いかい?」
男は腰の革袋を探り、小さな銅貨を数枚取り出した。この銅貨1枚で1リル。10リルでパンが一つ買えるので、男は塩ひとつまみにパン半分を差し出したことになる。
「え、そんな塩ひとつまみで」
「いいから取っとけって」
困惑するリセラに銅貨を押し付ける男。
「あ、明日の朝飯にも一つまみもらっていいか?」
「……」
お礼を出すというので礼儀正しいのかと思ったが、やはり図々しいかもしれない。二人はジョッシュを胡乱な目で見つめた。
「む?なんだ?」
「「いや、何も」」
二人は同時に首を横に振る。そんな二人を見てジョッシュは「仲が良いな」と笑った。