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村の外

 村の真ん中の道を歩き、ぼろぼろの柵を超えると、そこはもう村の外だった。

「なんか、外に出るって、あっけないもんだな」

「…そうだね」

 リテルの言葉にリセラもうなずく。

「お父さんとお母さんに『子供だけで柵を越えちゃだめ』っていつも言われてたから、柵を越えた途端に魔物に襲われるのかと思ってた」

「魔物避けのまじないが施された柵って聞いてたけど」

 リテルはあたりを見回す。

「そもそも魔物の姿すらないし、村の外で誰かが魔物に襲われたって聞いたこともないもんな」

「魔物避けが嘘だってこと?」

「さあ、そこまではわからん。俺に魔法の才能は無いし、リセラの方が分かるんじゃないか?」

「そんなの、私だってわかんないもん…」

 すねるリセラを見てリテルは軽く笑う。

「お兄ちゃん、そもそも魔物って何?」

 リセラの疑問にリテルの笑いが困惑に変わった。

「…魔物は……魔物だ。何というか、その、いろんな…危険なやつ」

「知らないってことだね」

「ぐっ!?」

 言葉に詰まった兄を冷ややかな目で見つめるリセラ。その視線に対抗しようと、リテルはなんとか言葉を絞り出す。

「あ、あれだ!昔、人間を食った獣が魔物になって、それがどんどん増えたんだ!」

「神様の魔力をもらって作られた人間を獣が食べちゃったから、変になって魔物になったってやつ?」

「そう!それ!」

「……」

 苦し紛れのリテルの言葉に、リセラの冷めた視線が止むことはなかった。


 人間には魔力がある。それは獣と違って人間が神様の体の一部を使って作られたから。その人間を獣が食べたことで獣が魔力のせいでおかしくなり、魔物になった。

 というのが教会の神父や親が子供に聞かせる『昔話』の一節だ。リセラも当然母親から聞かされて育ったので知っている。逆に言えば、兄妹の魔物に対する知識はその程度なのだ。

「…それで、魔物にあったらどうするのお兄ちゃん?」

あきれた口調のまま尋ねるリセラに、口の端を引きつらせながらリテルは答える。

「なるべく逃げるようにしよう。俺たちじゃマトモな戦いになるかも分からないし」

「そうだね。鉄の棒を振り下ろすだけと、小さな火の玉が出せるだけだもんね」

「リセラ、せめて『剣』と言ってくれよ…」

 先ほどから続く妹からの冷たい態度にリテルは泣きそうだ。錆びていても剣は剣、男の子にとって剣を腰に差すことは憧れなのだ。『鉄の棒』では格好がつかない。

 剣の(つか)を撫でながら肩を落とす兄を見て、リセラはクスリと笑った。

「ほら!置いてくよ、お兄ちゃん」

「ちょ、待ってくれよ!」

 追い越す妹を兄は追いかけた。



 しばらく歩いて行くと、二人の前方に橋が現れた。橋は川を、いや、“元”川を渡るようにかけられている。川は干ばつでカラカラに乾いており、川ではなくもはや“空堀”と言った方が適切に思えた。

「…水を汲めるかと思ったんだけどな」

 橋の上から川を見渡したリテルはため息をつく。橋の下だけでなく上流や下流を見渡してみたが、水が残っている気配はなかった。

「いざというときは草をかき集めて絞るか」

「ねえお兄ちゃん」

「どうした?」

 水の調達方法を思案していたリテルの袖をリセラが引っ張った。

「あれ、何?」

「あれ?」

 リセラは橋を渡った先を指さしている。その指の先には、今まで見たことの無いモノ?生き物?が二人の行く先を遮っていた。

「何だあれ」

 例えるならば、『固まった水』だろうか。大きさは牛の頭ぐらいで、色は半透明なぶよぶよの塊がプルプルと震えている。

「もしかして…『スライム』か?」

 幼い頃に父親から聞いたことがある。どこにでもいる低級の魔物だが、子供にとっては危険なので出会っても刺激しないように、なるべく逃げるように教えられた。特徴はそのときの話と一致する。

「橋の向こうにいるけど、どうしよう?」

「なるべく離れて端っこを通り過ぎよう。大丈夫、父さんは『むやみに刺激しなければ簡単に逃げられる』って言ってた」

「分かった」

 二人はおっかなびっくり、なるべくスライムから距離をとって橋の隅っこを移動する。スライムはプルプルと震えるだけで特に動き出す様子はない。

「行けそうだ」

「そうだね」

「それにしても、ホントに水みたいだ。アイツの体を切り取ったら飲めないかな?」

「それ本気で言ってるの?」

「じょ、冗談だって!」

 びっくりするリセラに、リテルは慌てて否定する。が、それがよくなかったらしい。

 それなりに大きな声で出た言葉はスライムにも届き、その音を確かめるかのようにスライムは二人の方へズルズルと動き出したのだ。

「ヤバい!」

 橋を引き返そうとしたが、それはできなかった。いつの間にか後ろにも別のスライムが現れていた。スライムに足は無い。蛇のように這って移動するため足音がしない。そのせいで気づくのが遅れてしまったのだ。幸いなのは、新たに現れた後ろのスライムは近づいてくる様子が無いことか。

 リテルは腰の剣を抜く。それに倣ってリセラも杖を右手で構えた。

「っ!このっ!」

 ズルズルと近づいてくる前方のスライムに向かって剣を振り下ろす。が、距離が遠かったためスライムに当たらず橋に当たりカツン!と音を出しただけだった。剣を空振りした隙を突いて、スライムがぶよんと跳ねてリテルに体当たりしてきた。

「うおっ!?」

 体当たりそのものは痛くなかったが、思った以上の勢いにリテルは倒れてしまう。

「リセラ!魔法を!」

「あ!?う、うんっ!!」

 リテルに言われたリセラは慌てて手元に火の玉を作る。その間にリテルは立ち上がり、剣を横に振る。今度はスライムに命中。ずぶっ、という枕を叩くのに似た感触が手に伝わり、剣が押し返された。

「切、れない!」

「お兄ちゃんどいて!」

 あわてて横にどいたリテルのそばを、拳半分ほどの大きさの火球が飛んでいく。火球はスライムの右端に当たり、半透明の体を軽く焦がした。火に焼かれた痛みか、スライムがブルブルと大きく身震いする。

「この!このっ!!」

 震えるスライムにリテルはここぞとばかりに何度も剣を振り下ろした。

 ずぶっ…ずぶっ…グショッ!!

「うわあ!」

 何度目かの振り下ろしでスライムは突然形を崩して水たまりになった。

「やった、のか?」

 リテルは息を切らして剣を下ろす。

「お兄ちゃん!まだ!」

「そうだ、後ろは!?」

 リセラの声に振り向いたリテルが剣を構えると、後ろのスライムがちょうどズルズルと橋と逆の方向へ這っていくところだった。

「助かった、か?」

「そうみたいだね…はあぁぁぁ」

 二人は息をついて崩れ落ちる。

「魔物と戦うって大変なんだね…」

 杖をしまいながら、リセラはしみじみと言った。

「そうだな。父さんの話だと、魔物と戦う『冒険者』って仕事があるらしいけど、そんなの命がいくつあっても足りなさそうだ」

 世界には、武器や魔法の扱いに()けた『冒険者』という人たちがいるらしい。なんでも“ギルド”とかいう組織の依頼で世界のあっちこっちを旅しては魔物をやっつけて回っているらしい。目的地が遠いと何日も家に帰れず、旅から旅へと移動する大変な仕事だ。その分、自分たちみたいな農民や職人より稼ぎは良いらしいが。

 自分としては毎日家に帰って家族でご飯を食べる生活がしたいな、と思ったところでリテルはたった今その生活を捨てて村を出てきたところだと思い出した。

(稼ぎか。この先路銀が足りなくなったら冒険者にならなきゃだめなのかな。いやでも、魔物と毎日戦うのは嫌だなあ)

 嫌だと言うより「無理」というのが本音だ。スライム一匹ですら二人がかりでもヘトヘトなのに、当たり前のように魔物と戦って日銭を稼ぐ日常が遅れるとは思えない。やはり路銀に困ったら雑用でもして稼ごう、とリテルは密かに決心した。

「んん?」

 リテルの決心をよそにスライムの残骸を見ていた。リセラは、そこに鈍く光る何かを見つけた。

「なんだろう、これ?」

「どうした?」

「スライムの死骸があったところに落ちてたんだけど、なんだか分かる?」

「どれどれ」

 鈍く光る何かを剣先で突いてから問題なさそうなことを確認し、リテルがそれを拾い上げた。それはリテルの小指ほどの大きさの細長い石だった。光にかざすと薄く水色に輝いてきらきらと光を反射させる。宝石ではなさそうだが、ただの石というわけでもない。おそらくスライムが持っていた(どこに?)石だと思われるが、二人にはコレに関する知識が無い。

 しばらく眺めた後、リテルは石をポケットにしまった。

「取り合えず貰っとこう。もしかしたら誰か買ってくれるかもしれない」

「分かった」

「それより、そろそろ先に進もう。このあたりには水がなさそうだし、もっと先に行って水を見つけるか隣村に行かないと二人とも干からびちまう」

「旅をするって大変なんだね。魔物は襲ってくるし、水を見つけなきゃいけないし」

「そうだな。冒険者って人たちはよく旅を続けられると思うよ」

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