旅立ち
「二人であそこまで行ってみないか?」
リテルは北の果てに立ち上る光の柱を指さし、リセラに言った。リセラは兄の言っていることが理解できず、首を傾げる。
「あそこ?」
「ああ、あそこさ」
リテルは力強くうなずく。
「あの虹色の光が何なのか、何があるのか。見てみたくないか?」
「えっ?あの光?あそこまで行くの?すごく遠いよ、きっと無理だよ」
リセラは頭を振って否定するが、リテルは諦めない。
「行けるさ!俺はもう17歳、リセラも15だ。二人とも、もう立派な大人なんだから、旅だってなんだって出来るって。それに」
リテルは後ろを振り返る。
「父さんも母さんも、ハインも死んじまった」
三つの墓を見て、リテルの口が重くなる。『家族が死んだ』という事実を改めて自分の口で言うと、悲しくなってしまう。
「それに、川の水もほとんど無くなってる。井戸水もだ。この村を捨てて出て行っちまった人もたくさんいる。ここに残ってる人たちだって、もう俺たちに構ってる余裕なんて無い」
実際、両親が亡くなった当初は村人たちが助けてくれた。畑や牛の世話を手伝ってくれたし、パンや干し肉を分けてくれた。しかし、リテルが15歳、つまり村での成人扱いの年齢になるとみんな二人から離れていってしまった。その頃には自分たちが食べる程しか野菜も動物も穫れなくなっていたのだ。
この地に見切りをつけて離れた村人も少なくない。収穫の少ない地にしがみつき領主に税を搾り取られるよりも、慣れた土地を捨ててでも生きられる道を選んだのだ。
なんのことはない、二人がやろうとしていることも村を出た先人と同じなのだ。ただ目的が違うだけ。それだけだ。
「でも、村の外には魔物も出るんでしょ?」
「大丈夫!父さんに剣の振り方は教えてもらったし、父さんの剣もある!」
「サビだらけだよ…」
二人は壁に立てかけられた剣を見る。サビだらけで刃も欠けている、これでは剣と言うより棍棒だ。
「…木の枝よりマシさ。それにリセラは魔法が使えるじゃないか」
「小さな火の玉を出せるぐらいだよ。火をおこすぐらいにしか使えないよ」
「十分凄いさ。俺は魔法は全く使えないんだから。リセラは凄いな!」
「そ、そうかな?」
「そうさ!」
「…えへへ」
はにかむリセラはとても可愛い。控えめに笑みを浮かべるリセラを見てリテルはそう思う。そしてこの笑顔を守るためにはこの村を出る必要があるのだ。
この村は限界だ。水が戻る様子は無いし土地も痩せてきている。そのくせ領主は容赦なく税を納めろと言ってくる。この土地に残り続けてその先に待つものは『餓死』か『身売り』だ。そんな未来をリセラに迎えさせる訳にはいかない。
「一緒に行こうぜ。あそこに何があるか見に行こう」
「ほんとに行くの?」
「ああ、本当だ。リセラとふたりで!」
「ふたりで…」
「ああ、ふたりで北までずっと旅しよう!」
「分かった。お兄ちゃんと北に行く」
北の光に何があるのか?その疑問を知りたいのは確かだし、それを言い訳だとは言わないが、リセラを連れ出すきっかけにはなる。
「よし、準備だ!」
「え!?今すぐなの!?」
「こういうのは早いほうがいいんだよ!さあ!」
家に駆け戻ったリテルはそう言ってリセラに鞄を差し出す。自分も鞄を出しながら鞄に荷物を詰め込んでいく。干し肉、芋、カチカチのパン、牛の胃で作った水入れ、雨や寒さをしのぐ外套。
「あとはコイツだ」
さびだらけの剣を鞘におさめ、腰に下げる。
「準備できたか?」
「ま、待ってよぉ!」
リセラもわたわたと荷物をまとめ、棚の上に置いてあった細い木の棒を手に取る。長さは30セル、ちょうどリセラの肘から手首までくらいのサイズだ。
「魔法の杖、いるかなあ?あんまり意味はなさそうだけど」
「母さんの杖、よく似合ってるな」
「手に持つだけで『似合う』もなにもないと思うよ。…えへへ」
なんであれ、兄に褒められるのはリセラとしてはうれしいものだ。兄に見せるよう杖を軽く振ってみせ、左腰に差す。
「準備よし。行くか!…っと、その前に父さんたちに言ってからだな」
家を出た二人は村はずれの墓地に戻る。乾いた土の上に石が三つ並べられている。左から順に父親、母親、牛のハインの墓だ。二人はひざまずき、手を組む。
「父さん、母さん。ハイン。俺たち旅に出るよ。北の光が何なのか二人で見てくる。空から見守っていてくれ」
「お父さん、お母さん、ハイン、行ってきます。杖、借りていくね。大事にするからね」
しばらく祈りを捧げた後、二人は立ち上がる。
「じゃあ、行こうぜ」
リテルは手を差し出す。
「うん」
差し出された手を握り、リセラは頷いた。
そして二人は歩き出す。村の外へ。育った世界の外側へ。