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第96話 破戒Ⅷ そして少女は教皇となる

 今回、フウ視点→第三者視点に移ります。

 それから。わたしとミサはその神父が仕組んだ通り偶像(アイドル)として担ぎ上げられ、体よく全国に散らばったラミリルド聖教の教団が再結集する灯火となりました。


 正直偶像(アイドル)として担ぎ上げられること自体はむず痒かったですし、そんなことで散り散りになった皇国がまとまるのかという疑念はありました。でも。


「宗教って言うのはそもそも『神』っていう実体のないものを共通認識として持たなくては成立しない。そんなはっきりした姿形のない神について説くための媒体として古来から偶像や絵画・逸話や聖歌が用いられてきた。宗教と言う結びつきには最初から分かりやすい偶像が必要なんだよ。それが多少事実と乖離しているかどうかなんて構わない。その宗教によって実現しようとしている大きなことに比したら、ね」


 そう言って話を持ち掛けてきた神父は革命後の敬虔な態度に加え、旧皇国下で血濡れの処女ファング・オブ・マリア候補生が強いられてきた過酷な現実とそこまでしてまで神の教えを体現してきたわたし達をさも悲劇のヒロインであるかのように仕立てあげました。それによってわたし達は従来の教皇とは違う、『新たな聖教のシンボル』となり、全国の聖教組織はもちろん、現在の共和国に不満を持つラミリルド聖教徒以外の人々もわたし達をシンボルとして結集したのです。


 そして。一団となったわたし達は法王庁を再教習して暫定共和国政府を壊滅させ、たった数ヶ月で共和政府から政権を取り戻したのです。


 と、言っても武力による政権奪還は一度ラミリルド聖教が担う政権が滅ぼされたように、それだけでは人々の支持を得られるわけがありません。だからわたしは再度の革命を成功させてもそれに満足することはなく、率先して皇国民から愛される偶像(アイドル)をくどいほどにアピールし続けました。


 その1つの表れとして新生ラミリルド皇国は、ラミリルド聖教最大の教えである、『人は人の身の丈に過ぎた力を持つことなかれ』を徹底し、その反面で最大の教えとは無関係な、例えば同性愛禁止や近親相愛禁止などの教えについては規制を緩めれいきました。そして規律の遵守の象徴としてこれまでは暗部組織に留まっていた対漆国七雲客制圧部隊・血濡れの処女たちファング・オブ・マリアを新生ラミリルド皇国の最上位に位置させました。


 それと同時に、トップである教皇が何よりも皇国民から支持されることが必要だと考えたわたしは偶像(アイドル)として担ぎ上げられた際の条件をフルで活用し、皇国トップの教皇を決めるコンクラーベのシステムに一定程度の民主的要素を加えました。これらの改革によって皇国はこれまでと同じ宗教に基づく国でありながらもより神の教えに従順で、透明性の高い国家へと生まれ変わったのです。




 あの二度の革命から今年で7年。一度壊滅させられた全国の宗教施設や荒廃した皇都はすっかり元通りになり、宗教で結びついていることもあって現在の皇都の治安は各国の首都の中でもトップクラスに良くなりました。そんな皇国でわたしは今、血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの序列2位にして、終身の教皇代理――つまり軍事面でも政治面でも、事実上の皇国ナンバーツーとなっていました。


 2度目の革命時点で偶像(アイドル)として担ぎ上げられたわたしは当然、新生ラミリルド皇国の教皇選挙で何度も候補者として名が挙がりました。そして実際、わたしが立候補者として立てばほぼ確実に、わたしは教皇になっていたでしょう。でもそれを、わたしは丁重に辞退させてもらいました。トップとして担ぎ上げられるのはこれまでの偶像(アイドル)生活でもう既にわたしには限界が来ていたのです。そしてそれ以上に――裏方としてまだまだこの皇国を変えていきたいわたしは、教皇として表舞台に立つよりも裏から色々と操りたかったのです。


 一度滅びかけた神聖国家ラミリルド皇国を復興することが決まった時点から、わたしの目標は決まっていました。それはせっかく国づくりに携わるならば『今でも大好きなお姉さまがいつでも帰ってきて、わたしと一緒に添い遂げられる場所をこの世界に作ること』。そのためにわたし達のお付き合いを認めさせるようにこの国の『常識』を変えましたし、誰も文句が言えないような地位だって手に入れました。




「ようやくここまで来たね、フウ」


 地上20階にある自分の執務室から皇都を見下ろしていると。いつの間にか入ってきたミサがわたしに話しかけてきます。思えばミサは、廃墟と化した教会でわたしと一緒に暮らして以来、なんだかんだ言って私に付き合ってくれたのでした。おなじ血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの生き残りとして偶像(アイドル)となってからも、新生ラミリルド皇国発足以降もわたしのすぐ傍で全面的に協力はしてくれないとしても、『見守り』続けてくれました。そして皇国の情勢が落ち着いた今では、しばしばあたしの執務室に入り浸っていることが多いのでした。今のわたしにとって一番何でも話せる相手、それがわたしにとっての今のミサでした。


「うん、国内に関しては、ね。でもまだまだだよ。今の皇国の軍事力は【原素】を屈服させるだけのものじゃない。今の血濡れの処女たちファング・オブ・マリアだって地獄のような訓練と適応手術を文字通り"生き残った"精鋭だけれど、まだ本当の概念魔法とやり合うには足りないよ。もっと強い力がなくっちゃ、安心してお姉様に帰ってきてもらえない」


「そんなフウにこんなお手紙が届いてるわ」


 そう言ってミサが渡してきた封筒を受け取ると、それは三賢帝連合の3人のトップの内の1人・エマ帝からの、2国間会議への招待状だった。


「これをわたしに? 教皇じゃなく? 」


「ええ。三賢帝連合も皇国の事実上のトップは誰だか弁えてるんじゃない? 殆どハリボテで、傀儡の教皇になんて話をしたところで仕方ないでしょ」


「それが事実だとしてもそう言うことは口にしないの。全く、ミサは相変わらず口が悪いんだから」


 苦笑しながらも再び便箋に視線を走らせます。


 三賢帝連合がこのタイミングでなぜ手紙を送ってきたのか、見当もつきません。でも何となくこの申し出は今のわたし、そして皇国にとって突破口となりうる予感がしたのでした。



◇◆◇◆◇◆◇



 一度滅んだラミリルド皇国が奇跡の復活を遂げてから7年後。皇都の外れにある寂れた喫茶店で、2人の男が昼間から酒を呷っていた。1人はナツメ――フウを偶像に仕立て上げ、ラミリルド皇国復興の影の立役者となった神父。そしてもう一人は、冒険者がいない皇国では珍しいほど筋骨隆々としたガタイのいい大男だった。大男に向かって神父は自分のグラスの淵を指でなぞりながら言う。


「ときに、『神』の定義はなんだと思う? 」


「なんだ、謎かけか? ――答えは宗教によって様々、と言いたいところだが、多くの宗教で『神』と定義される存在に共通して求められる要素はある。世界の創造主、『人間』自体のモデルとなった『オリジナル』とでも呼ぶ身体的特徴と知能を持った存在――。元々『神』だとか『宗教』だとかいう存在が存在しないこの国に数百年前の転生者(オリジナル)が初めて持ち込んだ宗教という概念だ。転生者(オリジナル)が興したラミリルド聖教のありがたがる神の定義だってどうせそんな所だろ」


「ああ。そして、現地人(レプリカ)にとってその定義に当てはまる『神』とは誰のことだろうな 」


 カラン、とグラスを鳴らしながら神父は心底楽しそうに微笑む。そんな神父とは対照的に大男は長い溜息を吐いて答える。


「それはオリジナルとレプリカの名前を考えただけで明らかだな。――つまりラミリルド聖教、もっというとラミリルド聖教の神は俺達転生者(オリジナル)で、聖ラミリルド皇国はそれ自体が、転生者(オリジナル)にとって最大の脅威となりうる現地人(レプリカ)最強の8人・漆国七雲客を排除するための使える駒として作られた国だってことか。そのために転生者(オリジナル)を崇拝し、本来ならば自分達現地人(レプリカ)にとって英雄にさえなりうる漆国七雲客に異常なまでの憎悪を抱かせ流用に仕向けたと。――ほんと、『管理局』がやることなすことはくだらないな。くだらなすぎて反吐が出る」


「まあ結局管理局は350年前の撤退の際にそんな手駒を手放したんだけどな。ただ――せっかくある転生者(俺達)の言いなりになる国家をみすみす手放すわけがないだろ」


「そんな、他国に比べて殆どめぼしい軍事力を持たない国を裏から操って何をする気だ? 戦争でも起こす気か」


「自分から起こすつもりはないけどな。ただ、魔王継承戦争、そしてそれ以上に災厄が起きた時のために保険に保険を掛けておくのは当たり前だろ? 」


「……俺には賛同しかねるな。1つ、同郷のよしみとして忠告しておいてやる。お前の隠れ蓑とした国家はこの世界で一番脆いぞ。そしてそのトップはそれ以上に脆く、暴走しやすい。だからせいぜい、せっかく死守した自分の言うことを神と崇め、何だって聞いてくれる国家や教団を大事にするんだな」


 それだけ言って大男はカウンターに酒の代金を乱雑に置き、立ち上がる。


 そしてバーに残った客は1人だけになる。1人きりになると。


「あいつはバカだなぁ、素直に俺についておけばいいものを。――漆国七雲客を擁する他国を相手にするかもしれないんだ、俺がレプリカでしかない血濡れの処女たちファング・オブ・マリアだけで安心するわけがないじゃないか。皇国にはもう一つ、飛び切りの秘密兵器が存在するんだよなぁ」


 神父はそう呟き、再び口元を歪めた。

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