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第95話 破戒Ⅶ 真の聖女の誕生

 昨日落とした分です。

 カザド教会の腐敗の暴露から波及した教会支配に対する不満は瞬く間に皇国全体を飲み込みました。『革命』から2週間。上級聖職者の殆どは暴徒化した人々の手にかかり、全国の教会は人里離れたほんの一握りを除き、徹底的に破壊され尽くされました。生き残った聖職者も散り散りとなって、神官服に袖を通しているだけで罵られ、迫害されました。その過程で気を病み、聖職を離れていく同胞が何人もいました。


 宗教の支配から解き放たれ、この国は民主化しようとしている。この国の総意はもう、『宗教』を不要だと思っている――。


 皇国全土を飲み込んだ革命から数ヶ月後。そのことを肌で感じながらもわたしは、廃墟と化した郊外の教会を拠点に慈善活動に精を出していました。これまで聖教の剣だったわたしを、もう正式に『神官』だと認めてくれる人はいません。あくまで今のわたしは元(戦闘職の)シスターで、今は自称シスター。


 それでも、人々はわたしのそんな事情を知ってるはずもありません。見た目だけで彼らはわたしをこれまでこの国を支配してきた腐り切った聖職者の仲間だと決めつけ、石を投げつけてきました。それでもわたしは『自分が思い描くシスター』として神の恩寵を説き、分け隔てなく傷ついた人がいたら治癒したり貧しい人がいれば自身も限界の生活をしながらも施したりと言った活動をやめませんでした。誰かに手を差し伸べたところで感謝されることはありません。何か企んでるをじゃないかと勘繰られ、暴力を振るわれるのが日常茶飯事。それでも、わたしは自分の信念を曲げませんでした。


「ほんと、あなたってバカよね。迫害され続けながらもまだ『慈善活動』を続けるなんて。そんなことしたって誰も褒めてくれたり、ましてや出世できたりするわけじゃないのに」


 かつての戦友にして廃墟となった教会に一緒に棲むたった1人同居人――ミサはよく、わたしのことをそう嘲笑してきます。そう言う彼女は聖職者と言う立場に失望して、何に関しても無気力になってしまった、よくいる元シスターの典型のような子でした。でもそんなミサの台詞に、わたしの答えはいつも決まっていました。


「別に誰かから感謝されたくてシスターやってるわけじゃないですよ。最初からわたしは、今みたいなシスターに憧れて、自分もそうなりたいと思ってたんです。なんの見返りも求めず、誰からも感謝されることがなくても、神様の思し召しのままに仕える。それは皇国や教会がなくなっても、わたしの第一の使命が漆国七雲客を殺すことじゃなくなっても変わりません。それに、元々シスターって言うのは見返りなんて求めないし、ましてや人々を支配するための手段であるじゃありません」


 そうきっぱりと言い切るわたしに、ミサはふっと表情を緩めていきます。


「あんたは本当にもの好きだと思うよ。でも……あんたみたいなのが本来のあるべき姿なのかもね。複雑に権威化し、皇国の支配と結びついたラミリルド聖教がどこかに置いてきてしまっただけで。……そんなあんたのことを、他の誰もみてないとしてもわたしだけは見守り続けてやる」


「それって告白ですか? だったらごめんなさい、わたしには思い続けてる人が……」


「そんなのわかっとるわ! わたしは別にそういうんじゃない。あんたにとってのわたしはただの傍観者で、同居人で、ーー最後に残った家族だ」


 そう言ってミサは頬をほんのりと朱に染め、目を伏せました。素直じゃないし、手伝ってくれるわけでもない。でも、ちゃんとわたしのことを見て、応援してくれる。そんなわたし達の関係は奇妙ではありましたが、わたしはそんなミサとの関係が嫌いじゃありませんでした。




 主の教えを説いて歩き、道端で困っている人がいたら手を差し伸べる。そんな自分の信じる道を貫き通していくうちに、わたしを見る周囲の目は段々と変わっていきました。最初、人々はわたしのことを皇国の支配階層としてふんぞり返っていた聖職者と同視し、わたしの活動も支配階層に戻るためのポーズだと思ったのでしょう。無視され、迫害されていたのはさっき語った通りです。


 でも、毎日毎日同じ姿勢を貫くことでわたしの行動に表裏がないことが伝わったようで、少しずつわたしの好意を素直に受け取ってくれたり、説法に足を止めて聞いてくれる人が増えていきました。時にはさらに突っ込んで、わたしの法王庁の剣・血濡れの処女たちファング・オブ・マリアだったわたし自身の踏み入った話を興味を持って聞いてくれる人もいました。その話をすると『修道女さんは本当に信仰に一途に生きてこられたんですね』なんて声をかけてくれる人も出てきました。そして気づいたら、一度壊滅したはずの信仰がわたしを中心に少しずつ戻っていっていました。


 ――やっぱりいくら排斥しようとしてもこの国の人の心の中には神様がいて、それを忘れることはできないんだ。


 そう思うとわたしは飛び上がりたいくらい嬉しくなりました。


 そんな聖教の復興と反比例するようにラミリルド皇国改めラミリルド共和国の政治情勢の雲行きは怪しくなっていきました。これまで聖教のトップが君臨していた政治は革命によって建前上は民主化されたものの、実際はこれまでは宗教家が独裁していたものが革命の主導者に成り代わっただけでした。そして革命の主導者たちは『腐敗し切った聖教の支配』という共通目標を失った途端に内部対立が始まります。暗殺・賄賂・裏切りの横行でラミリルド共和国は聖職者が政治のトップに君臨していた時よりも治安が悪くなっていました。


 治安維持機構など正常に働くはずもなく皇都は特に犯罪が横行し、自分の身は自分で守らなくてはいけません。そんな手段を持たない人々は仮にでも皇国最高戦力の1人だったわたし達を頼り、神の教えに従ってわたしはそのような人々を無償で助けました。そうしていくうちに信者の人達からこんな声が聞こえてくるようになります。


「こんなことになるんだったら、聖教がこの国をまとめてくれた方がまだマシだったんじゃないか」


「でも聖教の上層部は神様の教えに限に反して腐敗し切ってたじゃない」


「でも私達の清廉潔白で、誰よりも神様に正しく向き合っているフウ様ならば、真に平和な国にしてくれるんじゃないか」


「フウ様さえこの国のトップになってくれれば」


 その言葉がわたしには重荷でした。わたしが憧れていたのはあくまで市井のシスター。信者の人々と直接触れ合い、教え導く。国の統治なんてそんなものにこれっぽちも興味はありません。でも、段々とそんなことを言っていられないほどラミリルド共和国の情勢は悪化していきます。


 わたしとミサが拠点としている教会を1人の神父が訪れたのはそんなタイミングでした。


 わたし達の元に来た神父は語ります。彼がリーダーを務める教団以外にも聖ラミリルド聖教の小さな教団は共和国各地で復活していて、その教団は再び共和国を聖教が統治する皇国に戻して平穏な国を取り戻そうとして画策していること、でもそのためにはひとまとまりになるための偶像(アイドル)や絶対的な指導者が必要だとのこと。


「君達も知っての通り、今のラミリルド聖教には教皇もいなければ大司教レベルの神官もいない。民衆のヘイトを一身に受けた彼らは既に殺されているからね。まあ生きていたところで、彼らをトップに再び据え付けるのは反対する人の方が多いだろうが。――そこで新しい統合の象徴・偶像(アイドル)として白羽の矢が立ったのが、『特別』でありながらも普通の神官以下の扱いを受け、それでも誰よりも神の教えを実践してきた君達――血濡れの処女たちファング・オブ・マリアであるフウ君とミサ君だ」


 そう言われてもわたしとミサは簡単にその提案に首肯することはできませんでした。でも。


「これは別に私情とかじゃない。このまま革命指導者たちに任せっぱなしにしていたらこの国は荒廃してしまう。主の教えによって導かれ、主によって300年以上続いてきたラミリルドの歴史を終わらせてしまう。そんなこと、誰も幸せになれないだろ。そんな結末、主がお慶びになる訳がないだろ」


 そんなことを言われてしまったら、わたしはもう断ることはできませんでした。


「わかりました。この国が再び平和になるためだったらわたしが、偶像(アイドル)にでもなんでもなってあげます。ただしーーその代わりにわたしが譲れない所は好き勝手にやらせてもらいますから。二度とこの国が神の教えに背かないように。そしてこの国が二度と神様の思想を歪めたりしないように。そうしてわたしはお姉様が帰ってきたくなるような、わたし達カップルの『居場所』を取り戻すんです」


 意思の籠ったわたしの目にその神父は暫く見つめ返して考え事をしていました。そして口元を歪めて一言だけ漏らしました。


「交渉成立だ」

 ここまでお読みいただきありがとうございます。破戒編の第7話でした。教会がなくなっても信仰に生きるフウと、自身は神に見切りをつけながらも側にいてあげるミサのスタンス、健全ではないけれど割とお気に入りです。

 途中色々挟んでしまいましたが破戒編も次回で一応の決着がつきます。ラミリルド聖教の秘密も少し垣間見れるエピソードだと思うので、最後まで見守っていただければ幸いです。

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