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第94話 破戒Ⅵ 革命

「お、お姉さま。これは一体どういうこと……? 」


 ラミリルド皇国南東部にある聖カザド協会。燃え盛る礼拝堂をバックに立つお姉さまを唖然として見つめながら、わたしは呟く。そんなわたしの言葉にお姉さまは顔色を一切変えずに刃のような冷たい声で言い放ちます。


「見ての通りよ。神の信徒たる教会が寄りにもよってこの国最大の禁忌であるの漆国七雲客・【幻想】を非人道的に扱い、その甘い蜜を吸っていた。そのことを皇国全体に告発し、腐りきったこの国を終わらせるの。――あたし達の恋路の邪魔をして、こんなにナツメに酷いことをし続けてきたのに、更にナツメを苦しめようとしているこの国をね」


 なんでこんなことになってしまったのか。それは、今から数時間前に遡ることになります。



◇◇◇◇◇◇◇



 【原素】によって血濡れの処女たちファング・オブ・マリアが半壊させられてからというものの。皇国最強の部隊がなす術もなくやられたという事実で、皇国上層部である法王庁はパニックに陥っていました。これまで血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの『開発』を推進していた現教皇は責任を取って退任。法王庁はより強力な第5世代の血濡れの処女たちファング・オブ・マリアへとわたし達を改造しようという話が有力になされるようになってきました。


 でも、その決定は簡単には決められないらしくて法王庁内部でも第5世代推進派ともう血濡れの処女たちファング・オブ・マリアに頼らない派閥とが政治上の駆け引きを繰り広げ、それ以外の国政が蔑ろにされはじめた矢先に事件は起きました。ラミリルド皇国の国境付近にある聖カザド協会に現れた【原素】への対処命令がわたし達に下されたのです。


 ――有効な対応手段がまだ見つかってなくて、しかも戦力が半減しているのに本当に行くの?


 わたしは正直怯えていました。今度こそ自分も死んでしまうんじゃないか、っていう不安がありました。でも、3人しかいない残された血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの1人であるお姉さまは現場に駆け付けることを強硬に主張しました。それはまるで、こうなることを事前に知っていたかのような言い振りでさえありました。


 本来ならその時点で気づくべきだったのかもしれません。でもわたしは気づくことができませんでした。そして聖カザド教会に着いた途端、いきなりお姉様は高笑いをし出したのです。そしてわたし達2人にとある告白をしたのでした。


 『世界の均衡』を願う蒼弓の魔女・【原素】に聖カザド教会が異教徒や漆国七雲客【幻想】に対してしている非人道的な行いを匿名で通報し、【原素】に聖カザド教会を滅茶苦茶にするように仕向けたことを。


 そして、それに乗じて皇国全土における教会や法王庁に対する信頼を失墜させ、この宗教国家を根底から覆そうとしている自分の野望のことを。



◇◇◇◇◇◇◇



「今すぐこんなくだらないこと辞めてよ! 余計な混乱を招くだけじゃん、なんでそんなことも分からないの! 」


 わたしは必死に訴え続けました。でもお姉様は寂しそうに微笑むだけです。


「ナツメこそ、なんでわかってくれないのかなぁ。あたし、あなたを《教会》の呪縛から解き放つために頑張ったのよ? これからは『神の教え』とか言うわけわからない理由で女の子同士でお付き合いすることを妨げられずに済むの。女の子同士でお付き合いしたからって罰として都合のいい殺人マシーンとして搾取され続けなくてよくなるのよ。ナツメと平和に生きられる世界を作るためにあたし、頑張ったんだよ? 頑張ったあたしのことを褒めてよ」


「……そんなの嬉しいと思えないよ。確かにわたし達は『女の子同士で付き合ってはいけない』『姉妹同士で付き合ってはいけない』っていう戒律に背いて、今まで大変な目にも遭ったよ?  血濡れの処女たちファング・オブ・マリアとして戦って、多くの仲間を目の前で失ったりもしたよ? でも、わたしはそれで良かった。なぜなら、一度好きになった神様を、一度憧れたシスターと言う夢を棄てきれなかったから。正規の修道女じゃなくても修道服に袖を通して、しかも大好きなあなたと肩を並べて神様に仕えられる日々がわたしにとっては宝物だった! 何も変える必要なんてないんだよ。次の改造手術だって頑張って頑張って2人で生き残って、これからだって2人で主に仕えれば」


「それが許せないってあたしは言ってるの! 」


 お姉様の怒りを露にした剣幕に、わたしはつい口を噤んじゃいます。


「あたしにはもう無理だよ。あたし達の恋を否定した神様に仕えるなんて虫唾が走るし、ナツメに人殺しなんてしてほしくない。あの生き残れる保証なんてどこにもないあの地獄の改造手術をナツメが受けるなんて、想像しただけでぞっとする。お願いだからわかってよ……この皇国をぶっ壊して、誰もあたし達の恋を否定していない所で愛を育みましょう。ね? 」


懇願するような目でわたしのことを見つめてくるお姉様。でも、やっぱりわたしにはお姉様の提案を飲み込むことはできません。今度は怯んだりしない。そう自分を奮い立てて、わたしは言い切ります。


「それでも……やっぱりお姉様がやっていることを受け入れることはできない。わたしはシスターとして、この皇国でお姉様と添い遂げたい」


「物分かりが悪い妹で、彼女ね。――わかった」


 不意に【疾風】が巻き起こったかと思うと。お姉さまはわたし達の遥か上空にいた。


「何年かかったとしても、あなたが縋るこの皇国を、聖教を、あたしがぶっ潰してあげる。あなたの今の居場所を滅茶苦茶にして、あたしが用意したい場所しか居場所がないようにしてあげる。だから――その時まで覚悟してなさいよ。そして、絶対に死ぬんじゃないわよ』


 それだけ言うと、お姉さまの姿はすでに見えなくなっていきました。




 それから数ヶ月はもう滅茶苦茶でした。お姉様まで消え、血濡れの処女たちファング・オブ・マリアは序列2位のわたしと序列第3位のミサの2人きりになりました。でも、法王庁はもうわたし達をどうするか考える余裕すらなくなっていました。清く正しくあるべき神の信徒であるはずの聖カザド教会が犯していた最大の禁忌に、これまで教会の支配に不満を抱きながらもその不満を無理やり飲み込んでいた民衆の不満は遂に爆発したのです。


 聖カザド教会の襲撃から18時間後。何千・何万という暴徒化した民衆が皇都、そして法王庁に押し寄せ、教会の軍と衝突したした。そしてその教会群の中にはわたしとミサも動員されましたが、反乱を起こした民衆を暴力的に制圧するための動員なんて納得できるわけがありません。


 ――なんで教え導く対象である民衆をわたし達が傷つけなくちゃいけないの?


 そう思ったわたし達は生殺与奪を法王庁の研究者たちに握られているため戦いはしましたが、全力を出せるわけもありません。そうしてわたしはあっさりと民衆に気絶させられ、早々に戦線を離脱したのでした。


 今から思うと当初、法王庁は漆国七雲客に匹敵する攻撃力を持つわたし達に暴徒の早期鎮圧を期待していたんだと思います。でも、暴徒制圧なんて漆国七雲客という個人を殺すことに特化したわたし達にとって相性最悪の任務だった上にそもそもミサにもわたしにもやる気がなかったせいで、あっさりとその目論見は潰えたのです。


 そしてわたしが次に目覚めた時には全てがもう終わっていました。これまで血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの研究を中心に推し進めていたメンバーを含めて、これまでこの国を曲がりなりにも宗教的権威でまとめ上げてきた教会上層部は殆どが命を革命政府に奪われた後でした。皇都の上級の教会や法王庁は民衆に占拠され、わたし達聖教は居場所も、皇国での地位も、集団としてのまとまりも、全てを失ったのでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この状況で彼女じゃなくて宗教を取っちゃうってやっぱり洗脳に近い状態だったんだろうなぁ 論理的にも感情的にも何一つとして良い影響を与えてこなかった宗教に縋る理由なんてないのにね 非道な実験を…
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