第93話 破戒Ⅴ 希望と絶望と
昨日帰りが遅くなって落としちゃいましたが更新です。
わたしと同じ能力を持つ血濡れの処女が7人量産されたのは、わたしがミタマ達を惨殺してから更に3ヶ月ほど経ってからのことでした。聞くところによるとわたしの成功例と同じレシピ・方法で血濡れの処女を作ろうとしても、必ずわたしと同じ血濡れの処女が生まれるとは限らないそうでした。同じことをしようと思ってもその苛烈な改造手術に耐えられるのは僅か7%。93人もの少女を犠牲にした上で生み出された最凶最悪の戦術兵器、それがわたし達・血濡れの処女でした。
聞けば聞くほど反吐が出そうな血濡れの処女のシステム。そんな中でも1つだけ、わたしにとって嬉しいことがありました。それは、わたしだけでなくお姉さまも苛烈な改造手術を生き延びて、チームメイトになれたということです。遂に血濡れの処女が7人そろい、はじめて顔合わせをした時のことでした。
「お、お姉さま……? 」
「ナツメ、ナツメだよね? 」
1年以上に及ぶ投薬とトレーニングによる改造手術を経てわたし達の身体はまるで別ものになっていました。それでも、わたし達は一目見た瞬間にお互いのことに気付きます。だってわたし達は愛を誓い合った彼女同士。わたし達を結んでいるのは多少のことで相手のことがわからなくなるような弱い絆ではありません。
「生きててよかった……! 」
「ナツメこそ。これまで大変だったけれど、これからはまた一緒にいられるよね」
言葉を交わし合いながらわたし達が抱き合っている時でした。コホン、と咳払いしたかと思うと壇上に立っていた修道女が抱き締め合うわたし達に鋭い視線を向けてきます。彼女はここに集まった他の血濡れの処女が純白の神官服を着ているのに対して、1人だけ紺の神官服に袖を通していました。
「そこの罪人上がり。イチャイチャするのはそこまでにしてもらっていいかしら。そろそろミーティングを始めたいのだけれど」
そう言われてわたし達はぱっと互いの体から手を離して縮こまります。そんなわたし達を見て紺の修道服の少女はため息を一つ。
「はあっ、本当に困った人達ね。まああなたが最初に【覚醒】してくれたおかげでわたし達は血濡れの処女になれたのだから、あんまり無下にはできないけれど……。自己紹介がまだだったわね。わたしのコードネームはゼロ。この血濡れの処女
の序列第0位にして、この血濡れの処女のリーダーよ」
「コードネーム? 序列? 」
怪訝そうな表情をするお姉様にゼロさんはため息交じりに解説してくれます。
「血濡れの処女には序列と、それに対応した名前を名乗ることになっているのよ。序列は客観的な戦闘力によって既に決まっている。あなたは序列第1位だからヒトミ、そしてあなたの彼女さんは序列第2位だからフウ、と言った風にね。だから、これまでの名前は棄ててもらうわ。これは上からの命令で、拒絶したら今すぐ強制自殺装置が発動するわよ」
名前を棄てる、か。何も感じなかったというと嘘になります。でも、それに抵抗したところでデメリットの方が大きいことは最初から分かりきっているので、わたしはぐっと堪えました。
「で、ミーティングって言っても何をやるのよ? 」
お姉様の再びの問いに、ゼロさんはニヤリ、と笑みを浮かべる。
「それはお待ちかね――最初の標的である漆国七雲客を殺す計画についての打ち合わせよ」
わたし達の最初の標的。それは隣国に住む概念魔法【創造】を発現させたばかりの、まだ10代半ばの女の子だった。そんな初任務は、結論から言うとわたし達のオーバーキルに終わりました。
「こ、来ないでよぉ……」
そう情けない声を出しながら神聖霊装級の武器を次々と【生成】して攻撃してくる【創造】。でも、いくら使われる魔法や武器が一級品であっても、対概念魔法戦に特化改造を施されたわたし達の前では敵ではありまsんでした。
通常の人間を遥かに超越した身体能力を誇る肉体、わたし達7人全員が体に覚え込まされた理論上あらゆる魔法を無効化する【反転】と【術式干渉】の魔法、脳に直接刻まれた戦術データ、そして全員に配備されている、撃ち込まれた人間の纏っている魔力が強ければ強いほど効果を増す特製の弾丸を込めた銀色の必殺拳銃。
そんな、1人でさえ十分すぎる実力を持つわたし達7人が団子になってかかったら、【創造】ごとき敵ではありませんでした。
「生まれてきてしまったことを呪って死になさい」
ゼロさんがそう冷たいトーンで呟いたかと思うと。彼女の引いた引き金から放たれた銀色の弾丸が、【創造】という呪われた力を宿してしまった少女の命を奪いました。
それ以降、わたし達は単独行動で漆国七雲客を見つけては殺していきました。と、言っても、良くも悪くも漆国七雲客とはそんなに頻繁に会えるわけではありません。殆どは待機か能力維持のためのトレーニング。たまに法王庁が漆国七雲客の情報を見つけてきたら順番に対処に当たる。そんな決まりがいつの間にかできていました。7人もいる血濡れの処女のうち、1年で1人にかかる案件は多くて1件。そして初戦以来、漆国七雲客を逃がすことは会ってもこちらが苦戦することなど一切なかったのでわたし達は自然と驕りのようなものが出てきてしまったのかもしれません。
わたし達が血濡れの処女になって2年後。その事件は起きました。
「概念魔法【原素】の討伐に向かった血濡れの処女序列第5位・サツキと序列第4位のシキの生体反応がロストしたわ」
ゼロさんの言葉にその場の空気が凍り付きます。何カ月ぶりか、というくらい久しぶりに全員集合したかと思ったら、リーダーのゼロさんから告げられたのはそんな仲間の殉職報告でした。
「血濡れの処女が2人もやられた? 俄かには信じられない……」
「信じられない気持ちはわかるけれど事実よ。血濡れの処女が2騎制圧された。これを法王庁は重く受け止めていて、【原素】の即時討伐を決定したわ。――つまり、血濡れの処女の残された5人全員で【原素】を叩く」
「それでも、わたし達のうち2人がすでに犠牲になってるわけですよね? 何か作戦とか考えなくちゃ……」
「そんな悠長なことを言っている暇はないわ! 法王庁からの命令は現状のラミリルド皇国にとって最大の脅威を早急に排除すること」
そう言うゼロさんは何かに急き立てられているように感じていました。血濡れの処女設立以来の初めての敗北、それも仲間を2人を失うという、大敗北を喫したと言っていい状況。それに、他ならないゼロさん自身がパニックに陥っていたのでしょう。
――このまま突っ込んでもいたずらに犠牲を増やすだけ。
わたしは不穏な空気しか感じませんでした。でも、わたしの言葉なんてゼロさんは聞き入れてくれません。そして――。
「あんた達ね、最近各国の漆国七雲客に喧嘩売って回ってるのは。――この世界って、あいつらのお陰で世界のバランスがとられているところがあるから、勝手に殺されてもそれはそれで困るのよ」
【臨界招来】を解除して切り株に腰かけながら、蒼弓を携えた【原素】は言い放ちます。その周りにはわたし達血濡れの処女が転がっていました。1人は既に氷漬けにさせられ、1人は混合魔法【神鳴】をもろに受けて失神しています。ギリギリのところで意識を保っているのは3人いましたが、その3人も火傷やら【疾風】による大きな切り傷やらで瀕死の重傷を負っていて、とても反撃できるような状態ではありませんでした。
【反転】による攻撃を跳ね返す魔法も、【術式干渉】による術式構築段階で構築を邪魔する戦術も、【原素】が展開した【臨界招来】内では全てが無意味でした。【原素】の操る【炎】【氷】【土】【風】の純粋な【原素】の力にわたし達は蹂躙されたのでした。
「例えるならば君達がこれまで狙ってきた漆国七雲客はレベル1なのよ。本当の概念魔法っていうのはこのレベルのもので、概念魔法を相手取るには小手先の術式なんか意味をなさない。それこそ概念魔法や転生者の【祝福】クラスの規格外の力をぶつけるか不意打ちするしかない。
それに、現在の漆国七雲客を殺したところで、世界はすぐに次の継承者に【概念魔法】を受け渡す。常にこの世界には8つの【概念魔法】が存在するよう、世界自体の意思が働いている。あなた達がやっていることは結局は鼬ごっこ、無駄なことなのよ。何か問題があった時に力づくで介入して大事になる前に止める、そっちの方がこの世界にとってはプラスだと思わない?」
「き、貴様ぁ! 」
お腹を大きく切り裂かれてだらだらと流血しながらも、決死の形相で銃を構えて弾を打ち込むゼロさん。でも、それは無詠唱で放たれた【疾風】によって防がれます。
「それで言うと、1国があなた達みたいな殺人マシーンを7騎も抱えているのはバランスが悪いわよね。あなた達の言い方を借りるなら、『平和のための犠牲』になってもらうわ。――撃つってことは撃たれる覚悟ができてる、ってことでいいのよね? 」
そう言って【原素】が必殺の矢を放った瞬間。ゼロの体は一瞬にして炎に包まれ、その次の瞬間には骨さえ残らずに燃え尽きました。
「残ったのは3人、か。ちょっとまだバランスが悪い気がするけれど、まあこれ以上私の邪魔をしないならば見逃してあげるわ」
それだけ言って、蒼弓を携えた漆国七雲客は消え去っていきました。
そして。血濡れの処女のうち4人を失うという多大な犠牲の末。生き残ったわたし達3人はやっとの思いでラミリルド皇国に逃げ帰ったのでした。