第92話 破戒Ⅳ 最凶が生まれた日
本日から破戒編に戻ります。ナツメ視点です。
そして、閲覧注意です。
教会戦術研究所ではわたし達3人はそれぞれ別々に研究職のモルモットにされました。毎日毎日変な薬を麻酔無しで投与されては悶え苦しむ毎日。悶え苦しんでいるといつの間にか体力の限界を迎えて気を失っている。そんな日々が続いて、最初の数日でわたしは日付の感覚を失いました。
そんな風にすぐに気絶するわたしを不都合だとでも思ったのでしょうか。間もなくして研究所は投薬実験の合間を縫ってわたしに体力を付けさせるための訓練を課してきました。何十キロにも及ぶランキング、何百回にも及ぶ腕立て伏せ、何十キロもの重さの重量上げ。そんな過酷なノルマを少しでも達成できないと気絶しない程度に『お仕置き』が待っています。泣いて、血反吐を吐きながら、わたしは命じられたことをこなしていくしかありませんでした。
そんな風にトレーニングと投薬を続けるうちにわたしの肉体に変化が起こってきました。投薬を受けても苦痛をほとんど感じなくなり、意識が飛ぶことが減ってきました。それと同時に体からどんどん力が湧き上がってくる感覚があったのと共に、これまでほとんど筋肉がついてなくてひょろひょろだったわたしの体に段々と筋肉がついてきました。そんなわたしを見て研究所の神官は歓喜しているのがアクリルの壁越しにも伝わってきました。
――わたし、着実に"戦闘マシーン"として改造されてきてるんだ。
そう思うとふっと頬が緩んでしまいます。研究所に来る前はすぐに実験に耐え切れなくて死んじゃうんじゃないか、って覚悟してました。それだけ血濡れの処女たちを生み出す研究は過酷と聞いていましたから。でも、ここまで生き残れたならば違った希望が芽生えてきます。
――このまま生き残って血濡れの処女たちの完成系になれたら、わたしはもう一度、神官として主に仕えることができるかもしれない。それは正規のシスターとしてじゃないかもしれない。けれど、主の役にもう一度立てるならばわたしは嬉しい。そして……もしお姉様も実験に耐えて、一緒に血濡れの処女になれたら。その時はまた、お姉様と一緒に法王庁の剣として主のために一緒に戦えたらどんなに素敵だろう。
そんなことさえ考えるようになっていました。
その日。珍しく投薬もトレーニングも課されなかったわたしは研究所の神官に仮面を付けられた状態で広い体育館のようなところに連れてこられました。わたしが部屋に入ると目の前にはわたしと同じように仮面をつけて真っ白な病衣を纏った子が7人、わたしと向かい合うように立っていました。
「今からお前には、目の前の7人――現在の仮設血濡れの処女と殺し合いをしてもらう。戦い方は、君の身体が既に覚えこまされているはずだ」
そう言って神官に背中を押されたわたしがバランスを崩して一歩前に出た瞬間。神官とわたしを突如上がってきた鋼鉄の壁が隔てたかと思うと。
【術式略式発動_氷結の矢】
7人が統制のとれた調子で詠唱し、幾多の氷の矢がわたしめがけて飛んできます。これまで戦闘訓練などを受けたことのないわたしは回避することもできずに怖くなって屈んでしまい――。
【術式二重定立_術式反転/強化_対象選択_【氷結の矢】|_再定義開始】
知らないはずの詠唱にわたしは絶句します。その詠唱が出たのは、他ならないわたしの口だったのですから。
――何が起こったの?
そう思って顔を上げたわたしはその信じられない光景に再び唖然としちゃいます。だってさっきまでピンピンとしていた7人の仮面の少女達は何故か、自分達の放った氷の矢に串刺しにされ、血を流して倒れていたのですから。
そして。氷の矢によって入った亀裂を中心にわたしのすぐ近くに倒れていた女の子の仮面が微かな音を立てて割れます。そして露になった彼女の素顔を見た瞬間。
「ミタマ? ミタマ! ねえ、ねえ、しっかりしてよ! 」
わたしは色々なことがどうでも良くなってミタマに駆け寄ってぐったりとなった彼女のことを揺さぶります。そんな彼女の体は氷のようにひんやりとしていて、既に息をしていませんでした。
そんなわたしを見ていた神官はいきなり笑い出します。
「あはははは、実験は成功だ! 今日ここに、第4世代の血濡れの処女が誕生した! 私達の研究は成功したのだ! 漆国七雲客を1人抹殺した実績のある仮設血濡れの処女を指一本動かすことなく倒したんだ。この新世代血濡れの処女を7人造れば、この世界から漆国七雲客を消滅させられる! この世は平和へと近づくのだ! 」
神官の言っていることがわたしにはすぐには飲み込めませんでした。
「仮設血濡れの処女? わたしが、血濡れの処女達を殺したって言うの……? それに、なんで血濡れの処女の中にミタマが……」
困惑しているわたしのことを神官はギロッと睨んでくる。
「今から1年前。この研究所にモルモットとして連れてこられたお前達は研究所の2つの派閥にそれぞれ配られたのだよ。私達はそれぞれ、最強の次世代血濡れの処女を生み出すための開発競争をしていた。最初に成果を挙げたのが私達と競争している派閥で、半年前に第3世代の血濡れの処女を生み出す方法を確立した。その成功例の中にお前の妹――ミタマだったか? ――も含まれていたんだよ」
『第4世代はこれまで私たちには倒すことができなかった漆国七雲客の1人をギリギリの戦いだったとはいえ撃破するという快挙を成し遂げた教会屈指の実力を持つ戦闘集団だった。でも、今それも塗り替えられた。私たちが生み出した第4世代はそのはるか上を行く! 1人で漆国七雲客に匹敵する力を持つ最凶最悪の、血濡れのシスターが今、ここに誕生した! これによって世界のパワーバランスはひっくり返るぞ」
興奮で体を震わせる神官。そんな彼と対照的にわたしは怖くなって震えていました。自分の手を見ると、ミタマから流れた血でべっとりと濡れていて、思わずのけぞってしまいます。
「! いや、いや……」
うなされたように呟くわたしに向かって、神官は冷たく言い放ちます。
「何を言っている。君だって主に仕えるのは本望だろう? 」
「そ、そうかもしれませんけど……だからって、なんで仲間を殺さなくちゃいけないんですか? 仮設血濡れの処女だって、同じラミリルド聖教の同志でしょう? 」
必死に縋るわたしに神官は「何を言ってるんだ、こいつ」とでも言いたげな視線を向けてきます。
「同志? そんなわけないだろ。お前たちは所詮道具に過ぎない。道具同士で仲間意識とか同志とか、そんなものあるわけないだろ」
信じられないその言葉に、わたしの頭からすぅっと血の気が失せていきます。
「まあでもお前達は感情を残したままの不出来な道具だからな。この程度の実験をするためにも相手が誰だかわからないように仮面を付ける手間を掛けさせられた。ほんと勘弁してほしい所だが……まあ今日は実験が成功しためでたい日だ。少しは大目に見てやろう」
「……」
「なんだその目は? もしかして、血濡れの処女が相手じゃ不満で、早く漆国七雲客をぶち殺したいか? そう焦るな焦るな。私達だって血濡れの処女の試用は漆国七雲客にしたかったんだが、いかんせん世界に7人しかいないからな。見つかり次第相手させてやるよ。その前に、お前レベルの道具を7つ量産する方が先だからな」
この男は全てが狂ってる。そう思うとはらわたが煮えくり返りそうになります。でも。
「わかってると思うが、お前は私達に逆らえないように作ってる。もし私達に手を出そうとしたら……その時は体内に埋め込んだ安全装置が発動することになる。それが発動したら最後、お前は正気を失い、男性の目の前で奇声を上げながら自慰好意と自傷行為を繰り返した末に息絶えるのだ。ま、お前がそれに快感を覚えるような、救いようない変態だったら話は別だがな」
とても人の所業とは思えないことを平気出口にする神官に、わたしは無理矢理にでも怒りを飲み込むしかありませんでした。