第91話 破戒Ⅲ 密告
修道院の奥にある、何もない真っ白な正方形の部屋。そこにわたし達3人が着いた途端。
「今日、君達に来てもらったのは他でもない。君達に異動を言い渡すためです。君達3人には1週間後から皇国北東部にある教会戦術研究所に行ってもらいます」
教会戦術研究所。その名前を聞いた瞬間、わたし達3人に衝撃が走ります。ラミリルド聖教の神官には大きく分けて2つの区分があります。1つは神に祈りを捧げ一般市民を教え導く一般職のシスター。そしてもう1つは教皇の剣となって国と教会を守護する戦闘職のシスター。一般的に戦闘職のシスターは普通のシスターよりも格下とされます。そして、一般的なシスターを育成するこの修道院から教会の戦術機関に異動を命じられること、それは左遷以外のなんでもありませんでした。
そのことに気付いたお姉様が身を乗り出して抗議します。
「なんで! あたし達は普通のシスターになるんじゃなかったんですか。いや、あたしは十歩譲ってわかりますよ? 教会の教えに背いてばかりでしたから。でもなんでナツメまで……彼女の信仰心が誰よりも厚くて、誰よりも正規のシスターになることを夢見ていたことは最高司祭だって知ってましたよね? 最高司祭だって、ナツメのその信仰心と志を高く評価されていましたよね? 」
血走った目で最高司祭に詰め寄るお姉さま。最高司祭の襟首さえつかみそうな勢いのお姉様を抑え込むのに、わたしとミタマはは必死でした。そんなわたし達に最高司祭は無表情のまま答えます。
「あなた達、本当に自分達が異動になった理由に心当たりがないのですか? このラミリルド聖教で概念魔法を持つ次に重い罪を犯しておきながら」
罪。その言葉にわたしははっとします。
「その罪に比べたらヒカリ。あなたのこれまでの反抗なんて可愛いものですよ。――あなた達3人は修道女見習いという純血を保つべき立場でありながら、あろうことか女の子同士で、しかも姉妹と言う近親同士で恋愛感情を抱いた。これが赦されることだとお思いですか? 」
正論すぎる最高司祭の言葉に、お姉さまも返す言葉がありません。
――なんでそれが最高司祭にバレてるの? 絶対にボロは出してないはずなのに。……ってもしかして。
イヤな想像をしてしまってから。そんなの流石にあり得ない、と思って、すぐにその考えを頭の中から追い出そうとします。でも、どうしても横目でミタマの方を見てしまって、ミタマから視線を逸らされてわたしは確信してしまいました。
そんなわたし達を見ながら最高司祭は哀しそうに目を伏せます。
「正直、わたしだってものすごく残念なんですよ。私は本当にナツメさんのことを評価していたのですから。正規の修道女になったらわたしの後継者になるか、法王庁特別神官に推薦したいと思ってました。なのに、あろうことかあなたは『自分の姉を好きになる』という大罪を犯してしまった。
正直、裏切られた気持ちでいっぱいです。でも、決定的な間違いをする前に気付けて良かったのかもしれません。その点は自分の妹――ミタマさんに感謝しなさい。彼女は自分も姉を好きになってしまったことを深く悔いて、あなた達3姉妹の歪んだ関係を勇気を出して私の元へ報告してくれたんですから」
「ミタマぁ! 」
鬼のような形相でミタマに手を出そうとしたお姉様。でも次の瞬間。
【術式略式定立_呪縛_再定義開始】
魔法で生成された黄金の鎖にお姉様は自由を奪われます。
「この部屋で暴力は許しませんよ。――いずれにしても、既にあなた達の処分は決定事項です。これから、あなた達は血濡れの処女たちの研究を進めている機関にモルモット……失礼、研究助手として赴任してもらいます」
最初から言い間違えるつもりだったかのように最高司祭は平然と言い放ちました。
血濡れの処女たち――それは教会関係者ならば誰もが知っている教会、もっと言うとラミリルド聖教のトップである法王庁が直轄する皇国最強の戦闘集団です。人が人の手に不相応な力を持ちすぎることを何よりも罪とするラミリルド聖教にとって、【概念魔法】を操る漆国七雲客は最大の脅威にして許してはおけない存在です。そんな漆国七雲客を確実に殺すための戦力として構成されたのが血濡れの処女たちでした。
でも。当たり前ですが、血濡れの処女たちと言っても基本的には一般人の中では戦闘に秀でた"ただのシスター"です。そんな一般人から構成される戦闘集団が1人でこの世界の法則を変えてしまうような漆国七雲客に勝てるわけがありません。これまで何世代もの血濡れの処女たちが漆国七雲客討伐に当たっては返り討ちになり、皇国の優秀なシスターが犠牲となってきました。
その度に教会は血濡れの処女たちの育成方法を模索しながら変えていきました。過酷な戦闘訓練・戦術の高度化・体の機械化・果ては薬物投与まで。戦闘に秀でたシスターの体をいじくりまわし、ラミリルド聖教にとって『この世の悪』である漆国七雲客を確実に抹殺する最凶のシスターを生み出すこと。それがラミリルド聖教過激派の中では1つの悲願となっていました。
そんな、それこそ神の教えに反しそうな非人道的な研究を繰り返す研究機関へ罪人を送り込むこと、それは最高司祭が口を滑らせたように『モルモット』以外の何物でもないのでしょう。そのことに気付くとこれまで頭に血がのぼっていたお姉様の表情が青ざめます。
「お願い、お願いですから、ナツメのことだけは助けてやってください。もうシスターにしてやってくれとかでは言わない、国外追放でも何でもいい。だから、どうかナツメの命だけは救ってあげてください。あたしはどうなってもいいですから……」
らしくもなく最高司祭に敬語で訴えかけるお姉さま。そんなお姉さまの頬を一筋の涙が濡らします。でも最高司祭はそんなお姉様を見ても冷たく言い放つだけでした。
「そんなことできるはずがないでしょう。あなたを好きになり、そしてミタマさんのことを惑わしたのは他ならないナツメさんなのですから。――3人の中で最も罪深いのは、ナツメさんなのですよ? 」
その言葉にお姉さまは何も言い返せません。鎖で両手を繋がれたまま項垂れるお姉様にわたしは歩み寄ります。
「ごめんなさい、お姉さま。わたしがお姉様のことを好きになってしまったばかりにお姉様までこんなことに巻き込んでしまって」
そんなわたしの懺悔にお姉様はぱっと顔を上げて「そんなことない! 」と言ってくれます。
「確かにナツメから告白された時は驚いたけれど、あたしはナツメからの好意を迷惑だなんて思ったことはないし、これからもそう思うことはない。ナツメはあたし1人きりでは見れない、『恋人』との景色をたくさん見させてくれた。あたし1人では辿り着けないドキドキを沢山くれた。あたしのことを知らない世界へと連れ出してくれたのは、他ならないナツメの方だったんだよ」
それから。わたし達はどちらからともなくお互いに口づけを交わし合います。その瞬間だけは、その場に最高司祭やミタマがいることなんて気にならなくなっていました。もうどうせバレてるんだ、見られるならむしろ見せつけてやればいい。他の人に遠慮して『彼女』からの愛を貰うのを我慢したりしない。そんなことを考えながらわたし達の脳はトロトロに溶けていきます。
そしてわたし達が姉妹になった場所での最後の接吻を終えた1週間後。お姉様・わたし・ミタマの3人はこの世の地獄である教会戦術研究所へと足を踏み入れたのでした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
明日は読み切り短編を代わりにあげて、こちらの更新はお休みするかもしれません。まだどうなるかは分かりませんが。