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第90話 破戒Ⅱ 残された妹の告白

 わたしとお姉さまがお付き合いをはじめた、といってもわたし達の生活はそこまで劇的に変わることはありませんでした。ほかの子供がいるところでイチャイチャすると付き合っているのが一発でばれるので、人前ではこれまで通りの姉妹を演じていました。そして誰も見ていないところでこっそりこっそりと逢瀬を重ねていきました。


「なんか人に隠れて悪いことをしているみたいで楽しいね」


 物置の奥でディープキスをした後。興奮した表情で言うお姉さまにわたしもつい頬を緩めてしまいます。上気した表情は人前で内緒のことをしている背徳感からくる高揚なのか、それともわたしとディープキスをしたことでドキドキしているからなのか、わたしにはよくわかりませんでした。


「そうだ。キスもいいけれど、何か形に残るようなものでお互いの愛を示し合おうよ」


 唐突にお姉様はそんなことを言ってきます。


「形に残るようなものでって……今、こっそりとじゃなくちゃダメ、って言ったばかりですよね? 」


 わたしが呆れ顔で言うとお姉様は「ごめんごめん」とはにかんで謝りながらも、何か物足りなそうでした。そして。


 何を思ったか、不意に首にかけていたロザリオを外したかと思うと、わたしの首元にかけてくる。


「こ、これは……」


「えへへ。ベタだけど、ロザリオを交換しよ。これからはわたしがナツメの、そしてナツメがわたしのロザリオを持つの。誰も気づかないけれど、確かに形の残る、わたし達だけの恋人の証」


 そう言うお姉様はまた顔を真っ赤にさせていました。


 ――ほんと、しょうがないお姉さまなんだから。


 そう思いながら私も自分のロザリオを外して、お姉さまのほっそりとした首元に優しく掛けます。たったそれだけのことなのに、お姉さまは凄く嬉しそうでした、



 そんな、人前でいちゃつくことを避けていたわたし達でしたが、ただ一人だけ、気が抜けてしまう相手がいました。それはもちろん、わたし達の聖母候補の姉妹(セミマリア・シスト)の末っ子、ミタマの前です。ミタマはわたし達2人にとっての妹でほかの子たちよりも近くに感じている存在。孤児院の部屋も3人部屋で一緒。そんなミタマの前ではどうしても気が緩んでしまって、わたしとお姉さまがしている恋人としての行為を見られそうになることも何度かありました。そのたびに何を思ったのかミサは不審そうに見てきますが、さすがにわたし達も決定的な証拠をつかませないから、ミタマは不審げにわたし達のことを見つめてくる程度に収まっていました。それが変わったのは、わたしとお姉様がお付き合いを始めてから3ヶ月ほど経った日のことでした。


 その日、ミタマは夕食の片づけ当番であと二十分は戻ってこないはずでした。つまり、残り二十分間は部屋で2人きりの時間。そんなシチュエーションは殆どありません。


「ねえナツメ。ミタマもいないことだし、キスしてもいい? 」


 目をトロンとさせてお姉さまが尋ねてきます。


「そんなことして、ミタマが帰ってきたらどうするんですか? 」


 本当は今すぐお姉様の唇の感触を感じたい、お姉様の体温を感じたいです。でも一応、そうたしなめておきます。お姉様は色々とずぼらなところがあるから、妹として、恋人としてわたしがしっかりしてなくちゃいけないと思ってましたから。でも。


「あと十分くらいなら大丈夫なこと、ナツメも知ってるでしょ。それに、ナツメだってキスしたいって顔をしているくせに」


 そう言われて赤面してしちゃいます。何も反論しないわたしを見てお姉さまはわたしがオーケーだと思ったのでしょう。わたしの顎に手を添えて、形のいいぷるんとした唇をわたしの唇と重ねてきた、まさにその瞬間。


「お姉さま達、何やっているの? 」


 氷のように冷たい言葉がとんできて、わたし達は慌ててお互いの唇を離します。声のした方を見ると、そこには目に冷たい光をたたえたミタマの姿がありました。


 ――なんでミタマがここに? さすがに早すぎる。


 わたし達に衝撃が走ります。何も答えずに唖然としているわたし達に対してミタマは冷たいトーンのまま言葉を紡ぎます。。


「今日は思いのほか片付けが早く終わったの。――で、どうなの? 2人は付き合ってるの? 女の子同士、しかもしかも姉妹で付き合うとか、普通じゃないし、気持ち悪いよ。第一、主がお許しになるはずがない。そんな変なことをナツメお姉ちゃんにに吹き込んだのはお姉さまだよね? 主を心から愛して将来はシスターになることを目指しているナツメお姉ちゃんの夢を、お姉さまは台無しにする気? ナツメお姉ちゃんのことをたぶらかすのはやめてよ! 」


 普段の気弱なミタマでは考えられないほど強い調子でミタマはお姉さまのことを責め立てます。そんな一方的に攻められるお姉さまを見ていると、心臓がぎゅっと握り潰されるような気持ちになりました。


「……それは違うよミタマ。お姉さまには、わたしから頼んで『彼女』になってもらったの」


 我慢しきれなくなってわたしは叫びます。次の瞬間、ミタマは背中から冷水でも浴びせられたかのようにぴたり、と固まります。


「嘘……嘘だよね? なんで……お姉さまは確かに主への感謝もしないワルガキだったかもしれないけれど、ナツメお姉ちゃんは違う。おかしいよ、なんで女の子同士で付き合うとか、神様の教えに反するようなことをするの? ナツメお姉ちゃんはそんな子じゃないよね? 」


 縋るように言うミタマの瞼には、今にも零れ落ちそうなほど涙がたまっていました。でも、わたしには事実を事実と言うことしかできません。ここで嘘を吐くことは、それこそ主に背くことになるからです。


「全部本当だよ。わたしはお姉様のことが女の子として好きなの」


「……そんなの許されていいはずがないよ。ずる過ぎるよ。だって、私だってナツメお姉ちゃんのことが大好きだったんだよ? でも、ずっとずっと我慢してきた。私のこの気持ちはナツメお姉ちゃんを困らせちゃう、ナツメお姉ちゃんの夢を邪魔しちゃうってわかってたから。ずっとずっと自分の気持ちを我慢して、蓋をしてきた、なのに、なのに……」


 ……え?


 予想もしていなかったミタマの言葉にわたしは一瞬思考が停止してしまいました。


「好きって……え? わたしのことが? 」


 わたしの問いかけにミタマは泣きじゃくりながら小さく頷きます。


「わたし、ナツメお姉ちゃんに最初に会った時からお姉ちゃんのことが好きだったの。この人なら弱虫な私の傍にずっといてくれる、ってなぜだか思って、一目ぼれしちゃった。ずっとずっと、お姉ちゃんの妹以上の存在になりたかった。なのに……なんで? なんでお姉さまはよくて私はダメなの? なんでお姉さまは『彼女』になれて、私は『彼女』にしてくれないの? 」


「……」


 ――いきなりそんなこと言われても困るよ。


泣きじゃくりながら訴えるミタマにわたしは返す言葉が浮かんできません。そうこうしているうちに


「ごめん、今日の私、ちょっとおかしいみたい。――ちょっと外の空気を吸ってくるね」


 それだけ言って、ミタマは勢いよく扉を閉じて部屋の外へと出て行きました。そんなミタマを、わたしとお姉さまは茫然と見送るしかありませんでした。そしてその日。結局朝まで、ミタマが部屋に帰ってくることはありませんでした。


 降ってわいたような2人きりの時間。でも、わたしもお姉様もさすがにこの日、これ以上体を重ね合わせるような気分にはなりませんでした。




 今から考えると、ミタマが一向にわたしのことを『お姉様』と呼んでくれずに『お姉ちゃん』と呼び続けたのは、ミタマがわたしと『姉妹』ではない関係になりたかった表れだったのかもしれません。いやにわたしにまとわりついてきて、わたしとお姉様が2人きりでいる時に不満そうに頬を膨らませていたのも、今から思うとお姉様に嫉妬していたのかもしれません。


 思い返してみるとヒントは幾つもありました。でも、言われるまでわたしはミタマの気持ちに気付きませんでした。わたし以外で『女の子』『姉妹』を好きになるような神に背くような考えを持つ人なんていない。そう勝手に思い込んでしまっていたのでした。わたしからそのことに気付いていられれば、どんなに良かったでしょう。でも現実は、ミタマから言われるまで全く気付きませんでした。


 お姉様とわたしの関係がミタマにバレて、ミタマから衝撃的な告白があったあの日から。わたし達姉妹3人の関係はぎこちなくなりました。ミタマと一緒にいても何を話したらいいかわかりません。そんな息苦しい日々が1週間ほど続いた後。


 わたし達3人はなぜか修道院の最高司祭に呼び出されたのでした。

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