第89話 破戒Ⅰ 聖母候補の姉妹達
新編突入に伴い、視点が新キャラに切り替わります。
ラミリルド聖教の総本山がある神聖国家・ラミリルド皇国で生まれ育ったわたし・ナツメにとって、シスターは幼い頃からの憧れでした。日曜日に礼拝に行くたびに見かける彼女達は清貧な美しさがあって、主に対する底のない信仰心があって、そんな彼女達のように尊敬してやまない神様に仕えること、それがわたしの将来の夢でした。そして12歳になった時。わたしは親の反対を押し切って皇都の修道院にある教会で修道女見習いとしての生活をスタートさせたのでした。
その教会では1つ、他の教会にはない変わったルールがありました。それは年の近い修道女見習い同士で『聖母候補の姉妹』という疑似姉妹の契りを交わすというもの。それが何のためにあるのか、わたしにはわかりませんでした。しかし、とにもかくにも修道女に入ったその日、わたしには1歳年上のお姉様と1歳年下の妹ができたのでした。
わたしのお姉様であるヒカリお姉様は修道女見習いなのに主に対する信仰心が殆どなくて、いつも指導神官に対して斜に構えては主の教えスレスレの「いけない遊び」に手を染めていました。そして、時々妹であるわたし達まで巻き添えにしてきます。
そんなお姉様に対して妹のミタマちゃんは真逆と言っていい性格でした。わたしと1歳しか歳が離れていないのに人見知りで臆病で、いつもびくびくしている女の子。主に対する信仰心も『信仰しないと怒られるから』という消極的なもので、心から主のことを信じ、敬愛しているようには見えません。そんなミタマちゃんは当然、お姉様と折り合いが悪く、ことあるごとにお姉様にミタマちゃんは泣かされてその度にわたしに縋りついてくるのでした。そしてわたしが少しでもお姉様と2人きりでいるとわたしがお姉様に寝返ることでも不安なのか、ぎゅっとわたしの服の裾を不安そうに掴んでくるのでした。
そんな2人のことが、わたしは最初苦手でした。わたしは立派な修道女を目指して修道院に入ったというのに信仰心の欠片もない2人に正直がっかりしました。それでも、わたしは2人の『姉妹』を辞めようとはしませんでした。お姉様とミタマちゃんと『聖母候補の姉妹』になったのも神様のお導き。それに、信仰心が薄い人に主の素晴らしさを説いて、もっと素晴らしい人生にしてもらうようにするのだって修道女の大切な役目です。そう思うようにして、真逆の性格の2人に板挟みになりながらも2人にとって『良き妹』『良き姉』であろうと努めました。
そのようにしていくと、わたしはだんだんとお姉様やミタマちゃんの素敵なところにもいっぱい気付くようになりました。まずお姉様は全く主のことを考えていないようで居ながら、毎夜1人で必ず神様に向き合う時間を作るなど、ちゃんと神様に対して敬意を払い、信仰していたのでした。また、わたし達にちょっと強引なところがあるお姉様は裏を返すとわたし達を知らない場所に連れ出してくれることでもありました。
そしてミタマちゃんも、人見知りだけれどもわたしに対してだけは少しずつ心を開いてくれているみたいで、それがわたしにとって本当に妹ができたように思えて無性に嬉しくなったのでした。
そんな風に2人と円滑な義姉妹関係を続ける中でわたしは段々と、主の教えに背きすぎない範囲でお姉様の「いけないこと」に付き合うようになっていきました。お姉様が提案してくださったのは様々でした。外出が許されていない平日の夜に修道院を抜け出して街に繰り出したり、夜中に勝手に調理室を使ってお菓子を作ってみたり。お姉様が提案する「いけないこと」はいつも新鮮で、独創的で、『いけないこと』をするたびにお姉様と2人だけの秘密が増えていく。そう考えると何故かふわふわとした感情に襲われるのでした。
――お姉様と2人きりでいたい、もっとお姉様とだけの秘密を重ねたい。今この時間がずっと続けばいいのに。
いつからでしょう。気付くとわたしはお姉様との『共犯』が終わりそうになる度にそんなことを考えるようになっていました。それに気づいた時、わたしは自分で自分に唖然としてしまいました。だって、わたしとお姉様はあくまで『義姉妹』なのに、わたしはそれ以上の関係をお姉様に抱いてしまっていたのに気づいたのですから。
――別に『共犯』は恋愛的な『好き』、とは違うよね……。
そうじゃない、と自分に思い込ませるために心の中で呟いた言葉。でもそうやって言葉にすると、ますます不安になってきます。そしてそれを自覚すると、これまで何でもなかったちょっとしたことが気になりだします。お姉様とちょっと体が触れる度に恥ずかしくなっちゃいます。ふとした瞬間にお姉様の横顔を覗き込んでしまいます。それでいて、ミタマがわたしよりお姉様の近くに至り、じゃれ合っていると(実際はじゃれ合っているのではなくお姉さまが一方的にミタマをからかってるだけなのですが)、何故か胸がざわつきます。そう、どう考えてもわたしはいつの間にか、お姉様のことを『女の子』として見てしまっていたのでした。
自分の思いをようやく自覚した時。わたしは真っ青になりました。ラミリルド聖教では女性同士で恋愛感情を抱くなんて主への冒涜以外の何物でもありません。しかもわたし達は血のつながりがないとはいえ、『姉妹』。近親相姦はどの宗教でも、同性同士で愛し合うよりも重く禁じられている行為です。そのような二重の罪を修道女になることを目指している者が犯すなんて、許されるはずもありません。
だからわたしは、神様に顔向けできるように必死にお姉さまのことを『お姉さま』としてだけ見よう、見ようと努力しました。でも、一度意識してしまうともうそれまでに戻ることはできませんでした。どうしてもお姉様を女の子として見てしまいます。お姉様とお付き合いしたい、お姉様とあんなことやこんなことをしたい。その思いは、どんどん肥大化し、わたしの心を圧迫するばかりでした。そして、それは顔に出てしまっていたのでしょう。
「ナツメ。なんかあたしに隠し事をしているでしょ」
わたしが自分の気持ちに気付いて1週間ほどたったある日。唐突にお姉様がそんなことを聞いてきました。
「! ……お姉さまに隠し事なんて、わたしがするわけないじゃないですか」
そう言ってお姉さまから顔を背け、通り過ぎようとしたわたし。でもお姉さまはわたしのことを見つめたまま放してくれません。
「噓。何年あなたの『お姉さま』をやってると思ってるのよ。あなたが何か大きな隠し事をしていて、それで押しつぶされそうになっていることにわたしが気づかないとでも思った? 大事な妹が押し潰されそうになっているのに気づきながら見て見ぬふりをするような、そんな薄情者だとでも思った? 」
そう言われてはっとします。そうです、最初からお姉さまはこういう人でした。『悪い子』を演じていろいろなやんちゃをしながらも『義妹』であるわたし達のことをしっかりとみてくれるわたし達の『お姉さま』。お姉様が私の手を引っ張ってくださるのだって杓子定規すぎるわたしのことをしっかり見てくれていて、そのままだと息が詰まっちゃうと心配してくれた側面があったのです。そんなお姉様のことが、ぼくは好きになって行ったのでした。
そう気づいた瞬間。これまでせき止めていた感情が堪え切れなくなって涙として、そして言葉として溢れ出てきます。
「わ、わたし、お姉さまの妹なのにお姉さまのことが好きになって、お姉さまの『一番』『唯一』になりたいと思っちゃったんです。で、でも! 女の子同士で付き合ったり、ましてや姉妹で付き合うなんて神様の教えに反しちゃう。だからわたし、どうしたらいいかわからなくなっちゃって……」
嗚咽交じりに訴えるように言うわたしに最初、お姉さまは驚いたような表情をしていました。そして。
不意にわたしのことを自分の胸へと抱き寄せてくるお姉さま。いきなりのことにわたしはつい涙が止まってしまいます。
「そっか。そんなことに悩んでいたんだね。――正直、あたしはナツメのことを『義妹』としか見てなかったから、そんな風に告白されて正直困惑しちゃってる」
やんわりとした拒絶に聞こえる言葉に、わたしの瞼には再び涙がたまってくる。でも次の瞬間。
「だけどさ。ナツメがそう言ってくれてるなら、わたしはナツメの『彼女さん』になってみたいな。だってそっちのほうが楽しそうだし。神様の教えとか、教会の人が言うことなんて知らないよ。あたしと一緒に悪い子になろ? 」
――あー、この人の子の笑顔に、わたしは恋心を抱いちゃったんだ。
そう思うと再び一筋の涙がわたしの頬を伝います。でもその涙の意味はさっきまでとは違いました。
「それに、神様だってナツメが神様のことが大好きで、本当に神様のことを尊敬していることくらいちゃんと見てるよ。だから、1つや2つ戒律を破ったところでフウのことを見限ったりなんてしないって。もしあたしと付き合うことでフウが神様に意地悪されるなら、あたしも一緒に直訴してあげる。フウがどんなに神様のことを愛し、どんなに神様のことを崇拝してるのか」
そう言い切れちゃうのがお姉さまのすごいところだと思います。わたしにはとてもとてもそんなことを言い切る勇気がありません。でもだからこそ、そんなお姉さまの一面もわたしは好きになったのでした。
「だから――これからよろしくね、あたしのかわいい『彼女』さん」
そう言って。
躊躇なくわたしに口づけしてくるお姉さま。そんなお姉さまの唇の感触は柔らかくて、温かくて、頭がポーっとしちゃってキスの味なんてわかりませんでした。
新編突入なので久しぶりに。もしこのお話が面白い、このキャラが可愛い! などあればいいねやブックマーク、☆評価やコメントで教えてくれると嬉しいです。
また、百合の日特別編の構想を今色々練ってるところなので、もし「このカップリングの話が見たい!」などがあればそれもまたコメントで教えてくださるとありがたいです。