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第86話 劣等Ⅳ 2人目の賢帝

 更新が安定しなくてすみません。本日の更新分です。

 公開対談を滞りなく終え、賢帝の執務室に戻ってきた後。


「先輩、私、うまくできました? うまくできました? 」


 甘えるように明日奈がわたしのもとにやってくる。そんな明日奈は公開対談の壇上の凛々しい賢帝とは似ても似つかない。そんな明日奈にちょっとあたしはほっとして、子犬のような明日奈の頭を優しく撫でる。


「ちゃんとできてたわよ。やっぱり明日奈はやればできる子なんだから、もっと自信を持ちなさい。それにこれからも、わたしがしっかりと支えてあげるんだから」


「えへへへ」


 珍しく喜びを隠そうともしない明日奈。そんな明日奈のことを可愛いな、なんて思っていた時だった。


「やっぱり君達の関係は逆だったんだ。『賢帝』はハリボテで、実質的な『賢帝』はクレア君、ってことかな」


 聞きなれない女性の声にぎょっとする。声のした方を見るとそこには白いフードを脱いだ長く伸ばした金色の髪と透き通るような白い肌を持った少女がいた。彼女を視認した瞬間。わたしはつい叫んじゃう。


「ラ、ラミリス様……! 」


 そう、そこにいたのは東部地区の賢帝・ラミリス=ロマネスク様だった。賢帝の1人にわたし達の実際のパワーなランスが見られた。そのことに、わたしのうなじに嫌な汗が浮かぶ。さっきまであんなに嬉しそうにしていた明日奈は恐怖で震えている。そんなわたし達を見て、ラミリスは肩を竦める。


「そんなこの世の終わりのような顔をしないでくれよ。僕は君たちと同じ賢帝だよ? 君達の本当の関係――もっと言えば本来の賢帝であるエマがもうこの世にはいないという中央地区のトップシークレットを誰かに言いふらしたところで何のメリットもない。むしろそんなことをしたら三賢帝連合は崩壊してワイらの地区も悪影響を被りかねない。ただ、口止め料と言うわけでもないけれど――クレア君。ちょっと2人きりで話をさせてくれないかな」


 ラミリス様の言葉にわたしと明日奈は顔を見合わせる。でも、弱みを握られているわたし達に拒否権なんてなかった。不安そうにわたしを見つめてくる明日奈に後ろ髪惹かれるような思いになりながらも、わたしはラミリス様の申し出に応じた。




 それから数分後。わたしとラミリス様は中央地区行政庁の屋上で2人きりで対峙していた。今日は風が強く、お互いの長い髪が風にたなびく。


「今の賢帝を即位させて後ろからあなたが操る、っていうのを考えたのはクレアさんのアイデアだよね? 」


2人きりになった直後。ラミリス様は早速切り出してくる。


「わたしのアイデアですけど……でも、別にわたしは後ろから操りたいわけじゃないです。わたしが前に出られるくらいだったらむしろ出たいくらい。でも、少なくとも今は無理なんです。無理をさせてるのはわかってる。でも、あす……エマに賢帝でいてもらわなくちゃいけない。そうじゃないと、あまりにも退位が速すぎて、三賢帝連合の政治を不安定にさせちゃう。だからせめてわたしはあす……エマが恥をかかないように、それでいてこの国が回っていくようにできることを精いっぱいするしかないんです」


「へえっ。君、相当あの傀儡賢帝に入れ込んでるんだ。あの傀儡賢帝が恥をかいたり、賢帝に相応しくないことを見透かされて糾弾されるのが耐えられない、と。ラブラブだねぇ」


 からかうように言ってくるラミリス様の言葉にわたしはつい


「は、はぁ?」


と言ってしまう。でもそれは、更にラミリス様を楽しませるだけだった。


「無自覚なんだ。でも、僕から見たら君、あの転生者のこと大好きなだけにしか見えないよ。共依存とも言っていい。君はあの転生者から頼られるのが嬉しくて、ずっとあの転生者には自分のことを頼って欲しいと思っている」


「そ、そんなのありえません! だってあの女は、私の好敵手で敬愛していたエマの存在を消して成り代わった転生者ですよ!? 」


「だからこそ気持ちよかったんじゃない? 中央地区稀代の天才の2対の片割れにして万年2番だった君が1番の女の子に屈折していた感情を抱いていたことは事実なんだろう。でも、そんなずっと2番だったから、1番の子と同じ姿の女の子に頼られるのは自尊心を刺激してくるんじゃないのかな」


 ラミリス様の巧みな言葉にわたしは段々そうだったんじゃないかって不安になってくる。でも。


「違う」


「えっ? 」


「違う。訂正して。わたしは明日奈がエマの姿だからエマのことが気になったんじゃない。これまで『先輩』からパワハラを受け続けてきて、苦しみ続けてきて、そんな末にわたしのことを『理想の先輩』って言ってくれた明日奈のことをわたしは気になり始めたんだ。確かに明日奈は仕事ができないよ? それでもあきらめずに一生懸命な明日奈に、わたしは惹かれたんだ。明日奈に頼って欲しい、そう思う気持ちは確かにちょっと歪んでいて、明日奈とわたしは共依存なのかもしれない。でも、それならそれでいい。わたしが他ならない明日奈のことを気になってることさえわかってもらえるなら」


 賢帝に対する最低限の敬語も忘れてきっぱりと言いきるわたし。反省はしている。でも後悔はなかった。そう言い切ったことで、これまでずっと自分で否定していた明日奈に対する気持ちに正直になれた気がしたから。


 そんな失礼なわたしに、ラミリス様は別段腹を立てたような様子は見せなかった。ただひたすらにくすくすと笑っている。


「そうかそうか。それならそれでいい。いずれにしても、僕は君達の――否、君の弱みを握ってることに間違いはないのだから」


 そう言ってラミリス様は妖しげに目を光らせる。そんなラミリスさんにわたしは全身の毛がぞわっと逆立った。


「弱みって……別にわたしと明日奈の関係を暴露するメリットはさっきないって言ったばかりじゃ……」


「確かにメリットはないよ? 寧ろデメリットになるのは事実だ。でも、いくら僕に暴露することがデメリットになるとわかっていても、君は僕から強請られたら応じざるを得ない。君に無理なお願い事をしたいと思っている僕にとってはこの上なく好都合だ」


「お願い事って……一体何をする気? 」


 眉を顰めるわたしにラミリス様は笑みを浮かべたまま言う。


「ときにクレア君。クレア君はボクがさっきの公開討議で最後に尋ねた質問を覚えているかい? 」


「魔王継承戦争がどうとか、って話ですよね。でも、あれは明日奈を動揺させてわたし達の秘密を暴露するためにやったんじゃ……」


 わたしの言葉にラミリス様はゆっくり首を横に振る。


「それが違うんだなぁ。クラリゼナの話も、イングルシアの話も残念ながら事実だ。そして君の傀儡賢帝――恐らく【未来視】の【祝福】を受けた【転生者】が魔王継承戦争が起きると予言しているなら十中八九魔王継承戦争は起きるんだろうね」


「ちょ、ちょっと待って! 【未来視】の【祝福】ってなんですか? 」


 脳の処理が追いつかないわたしにラミリス様は信じられないものでも見るかのような目になってわたしの方を見てくる。


「そんなことも気づかなかったのかい? 君の傀儡賢帝――明日奈だっけ。あの子が僕の質問の後に目を赤くさせて行ったこと。あれは明らかに【転生者】のみが持つ【祝福】――【未来視】だよ」


「……」


 ラミリス様の言葉にわたしは唖然としてしまう。【転生者】である明日奈に何らかの【祝福】があるんじゃないか、ってことは予想はしていた。でもそれが【未来視】なんて途方もないもので、そのことをよりによって赤の他人であるラミリス様に先に見抜かれるなんて。そう思うと辛くなってくる。


「って、おーい。いつまでも気を落としてないで。本題に入りたいんだけど」


 その言葉にわたしはようやく現実世界に戻される。


「で、君の弱みを握って君にお願いしたいこと。それは他でもない、魔王継承戦争を止める手伝いをしてほしいんだ」

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