第82話 復讐Ⅲ 【時空】との再会
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でロック視点→チェリー視点に切り替わります。
アタシが血濡れの処女たちになってから間もなく。アタシとナナミはクラリゼナへと発った。アタシの母親を殺したクラリゼナの『勇者』はもう既に死んでいる。そのことはわかっていた。でも血濡れの処女たちになって最初に殺したい相手と言えば、やっぱりアタシの人生の転換となったクラリゼナの勇者であり、概念魔法【時空】の使い手だった。
噂によると今でもクラリゼナの『勇者』は積極的に他の漆国七雲客を見つけては交戦しているという。それはラミリルド聖教としても放置できる問題じゃないはず。そう自分の醜い復讐心を正当化して、アタシは宿敵を探し続けた。でも。
すぐに見つかると思っていた勇者探しは思いのほか難航した。異邦人であるアタシ達に勇者パーティーの遠征先なんて聞いても誰も教えてもらえるはずがないし、王都で待っていても彼女らは殆ど帰ってこない。結局、アタシは途中からクラリゼナ王国中をしらみつぶしに探す方法に切り替えた。待って居たり作戦を考えたりするのはアタシの性に合わなかったから。
そんな風にクラリゼナの勇者に固執するアタシとナナミは何度も口論した。と、いうか前提としてナナミは血濡れの処女たちの癖に漆国七雲客を殺すことを極端に嫌がった。「漆国七雲客だって同じ人間だよ? 」そう言うナナミの日和見が、アタシにとっては段々と鬱陶しくなっていった。そして、アタシは時間が経つにつれてナナミを宿屋に置いたまま単独で勇者の足取りを探すことが増えていった。
そんな風に勇者探しをしている時だった、新しく勇者パーティーに入った女の子の噂話が耳に入ってくるようになったのは。彼女の名前はアリエル。勇者パーティーのメンバーながらこれまでの勇者パーティーメンバーとはどこか違う彼女のことを最初はアタシも強敵として警戒していた。でも、だんだんと彼女のことを調べていくうちにアタシの中の彼女に対する気持ちは変わっていった。アリエル様は勇者に負けず劣らずの実力を持ちながらも、決してその力に奢ることもなければその力を『国』や『勇者パーティー』といった抽象的なものにだけ使おうとはしなかった。とにかく第一に目の前で困っている相手に手を差し伸べる、概念魔法を持つわけでもないそんな彼女の姿勢はまさにラミリルド聖教の教えの体現者のように思えた。
――ナナミなんかじゃなくて、アリエル様が血濡れの処女たちになってくれればいいのに。
そんなことさえ考えるようになっていた。
そんなアタシが宿敵と出会ったのは、本当に偶然だった。クラリゼナ王国北部にある温泉街・ラインベルト。心の友ミレーヌと会った翌日にラインベルトの街を、これまでほっぽりだしすぎて膨れていたナナミの機嫌取りを兼ねて連れ立って歩いている時だった。
向かい側から泣きじゃくりながら走ってくる少女。彼女とのすれ違いざまに微弱ながら、覚えのある魔力を感じ取る。忘れもしない、あの威圧的な種類の魔力。概念魔法【時空】と同じ波動が、彼女からは感じ取れた。
その魔力を感じ取った次の瞬間。アタシは彼女を今すぐ殺したい衝動に駆られる。あの時お母さんを殺した『勇者』とは全く似つかない、17、8歳の少女。それでも、アタシにはお母さんを殺したあの男にしかもう見えなくなっていた。
――殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。
殺意に心が支配される。感情が沸騰していて、もう抑えられるレベルじゃない。
「ごめんナナミ。アタシ、ちょっと野暮用を済ませてくるからここで待ってて」
それだけ言い残すと。アタシはナナミの返事も待たずに『勇者』を追いかけた。
◇◆◇◇◆◇
大好きな人から大好きな人を否定されて、アリエルちゃんから実質的にフラれたあの後。アリエルちゃんの部屋を勢いで飛び出してきちゃったあたしは人気のない路地裏まで走ってきてようやく足を止める。
「疲れた……」
そう呟いてあたしはその辺にあった建物の壁に体重を預けちゃう。と、その時。
「待て! 」
誰かの声が聞こえる。せめて泣きたい時くらい1人で泣かせてよ……。そう思ったけれど、あたしは無理やり涙を拭って声の主を見据える。そこには見知らぬシスターがあたしのことを睨みつけていた。
「すみません、どなたです――」
あたしが聞き終わる前に銀の弾丸が飛んできて間一髪のところで避ける。
「ちゃんと自分の気持ちをコントロールできると思ったんだけどね。やっぱり、お母さんを殺したあなた達『勇者』を前にすると気持ちを押さえられないや」
鋭い眼光であたしのことを睨んでくるシスターにあたしの頭の理解は追いついていなかった。
「あなたのお母さんを殺した? あたしが? 」
「そう。漆国七雲客の1人だったアタシのお母さんは20年前にあなた達『勇者』に殺されたのよ! 」
「20年前って……あたし、まだ17歳だよ? あなたのお母さんなんて知らないよ。それに、今のあたしはもう勇者じゃ……」
「あなたがお母さんを殺したかとか、あなたが今勇者かどうかなんてどうだっていい。あなたには間違いなく、アタシのお母さんを殺した【時空】の概念魔法が眠っている。アタシは! アタシのお母さんを殺した概念魔法の持ち主を殺さないと、気が収まらない! 大体、漆国七雲客なんてこの世に生まれてきちゃいけない存在なんだ。だから――頼むから黙って殺されろ」
論理性もへったくれもないと思う。でも。そう言われたあたしは銃撃を躱すのを辞めちゃう。
そう言われるとたとえあたしが犯した罪じゃない先代が犯した罪だってあたしが償わなくちゃいけない気がしてくる。だってあたしは先代と同じように概念魔法を持ち、数か月前までは『勇者』として自分が本当は何をさせられているのか、何をさせられようとしているのかを理解せずに戦い続けてきたのだから。その罪から逃れることはできない。
――いや、違うな。あたし、ここで殺されて楽になりたいだけなんだ。
そう気づいた途端、乾いた笑いが口から洩れる。勇者パーティーを抜けてキーウィと旅を始めたあの日から。あたしはアリエルちゃんと再会することだけを夢見て、それが心の支えとなって頑張って来れた。そして、再会した後にどうなるかなんて一切考えていなかった。アリエルちゃんと再会さえすれば、きっとまたアリエルちゃんの傍に居られる。アリエルちゃんはあたしのことを受け入れてくれる。たとえすぐには恋人にはなれないかもしれないけれど、これまで通り、じっくりと愛情を育んでいただければアリエルちゃんと恋仲にだってなれる。そう信じてたのに……。
現実はものすごく無慈悲だった。あたしの好きだったアリエルちゃんは何処にもいなくなっちゃって、しかもアリエルちゃんはあたしを拒絶した。『アリエルちゃんが戻ってくるまで待ってる』なんて宣言しちゃったけれど、あたしにはやっぱり無理だよ。生きる希望を失ったあたしをここで殺してくれるなら、それならそれでいいのかな……そう思っていた時だった。
【術式略式発動_異次元】
この2ヶ月間飽きるほど聞いた声で唱えられる詠唱。空間が裂け唐突に生じた突風にシスターはバランスを崩してあたしから距離をとる。そして現れたのは……。
「何やってんのよ、チェリー! 」
そう言ってキーウィはあたしの胸ぐらを掴んできた。
「好きな人が変わり果てて1回フラれたくらいで、簡単に死のうとしてるんじゃないわよ! しかも先代勇者に親を殺された恨みを晴らすために死ね? そんな訳も分からない妄言に付き合う必要、どこにあるって言うのよ。チェリーってばバカなの? バカでしょ」
容赦なく罵詈雑言を浴びせかけてくるキーウィ。でもその顔はあたしのために流してくれた涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「いきなり誰……って、まさか、【次元】? 」
一瞬にして槍使いの少女の表情が一変する。そんな銃使いのシスターのことなんてキーウィは最早視界に入れてすらいなかった。
「とにかくっ! 泣きたいなら好きなだけあたしの胸でも腕でも貸してあげるから。チェリーがまた変な気を起こさないうちに早く帰るわよ」
そう言って強引にあたしを引っ張ってくるキーウィ。でもその強引さが、今のあたしには変えがたいほど嬉しかった。
「ちょっ、まだアタシの復讐は……」
「なに、漆国七雲客でもないあなたが漆国七雲客2人を相手にしようっていうわけ? 」
キーウィに凄まれてシスターは肩を竦める。
「確かに、今は分が悪そうね。――でも、今度会った時は絶対仕留めるから」
そう捨て台詞を残してシスターは去っていった。
「じゃ、あたし達も帰るわよ」
そう言ってキーウィは手を繋いでくる。
――また、キーウィに助けられちゃったな。
そう思うとすこし恥ずかしくなって、あたしは帰るまでの道中キーウィの顔を直視できなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。と、言うことで少し短めではありますが第4章でした。今回のラストシーンも含めてラブコメパートが目立つ章でしたが、楽しんでいただけたら幸いです。
そして今回は皆様に1つ謝辞が。連載開始から4ヶ月ちょっと、ついに総合評価500を達成することができました! 1つの目標としていたものだったのでめちゃくちゃ嬉しいです。これも皆様がいつも読んでくださり、応援してくださるおかげです。続く5章はこれまでと一風変わったエピソードになりますが、面白さで恩返しできるような作品を目指しつつ、紡いでいきたいと思います。