第81話 復讐Ⅱ 血濡れの処女たち
*6月11日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。
今回もロック視点です。
この世界の世界的宗教であるラミリルド聖教、その総本山がある神聖国家ラミリルド皇国。教皇がトップに君臨するその国では、ラミリルド聖教のもっとも根幹となる教え――「人はその手に余る力を持ってはいけない」という教えを実践するために概念魔法及びその使い手である漆国七雲客を異常なほど忌避していた。そしてその教えを最も体現する結成された教皇庁直轄の暗部組織にしてラミリルド皇国の神官の花形中の花形――それがアタシを助けてくれたシスターが属する漆国七雲客殺しとも呼ばれる血濡れの処女たちだった。
血濡れの処女たちのミッションはただ1つ。この世にはびこる漆国七雲客を見つけ出し、殲滅すること。そのために血濡れの処女たちはラミリルド皇国全体の中で選抜された戦闘能力に秀でたシスターのうち、漆国七雲客と戦うための訓練や特殊手術を乗り越えた選ばれた7人のみによって構成された。つまり、血濡れの処女たちとは漆国七雲客に頼らないラミリルド聖教が擁する最高戦力だった。
血濡れの処女たちはそんなエリート集団だから、これまで戦いなんて経験したことのないただの孤児が「なりたい」なんて言ったところでおいそれと入れるような集団ではなかった。アタシを助けてくれたシスターにラミリルド皇国に連れてこられたアタシはまず、皇都郊外にある聖教直営の孤児院に放り込まれ、そこでみっちりとラミリルド聖教の教えを叩きこまれた。元々どこかの場所に定住したことがないから無宗教だったこととアタシがまだ幼かったこともあったのだろう、アタシが人生ではじめて触れる『宗教』に心酔するのにはそうかからなかった。
ラミリルド聖教の教えを、主からの教えを知る度にアタシはその教えの確かさを噛みしめていった。誰もが等しい、自分の手の届く範囲の力さえ持てば世界が平和になる。だから、人の手に余る力は争いと不幸しか生まない。特に概念魔法や行き過ぎた科学はこの世から廃絶しなければいけない。アタシは元々あったその考えを成長していくたびに確信させていった。
アタシが連れてこられた孤児院はそれと同時に神官の中でも戦闘職に就く神官を輩出することを目的とする孤児院だったから、孤児院では主の教えだけでなく戦闘訓練も行われた。年齢関係なく実戦形式で行われる訓練。その中でたった12歳の女の子でしかなかったアタシは最初、14歳や15歳の年上の少女に毎度ボコボコにされては保健室に担ぎ込まれていた。それでもアタシは自分よりの数周り強い『強敵』に挑むことを辞めなかった。全ては血濡れの処女たちになるため、ラミリルド聖教最強の剣となり、概念魔法からこの世界の人を解放するため。その一心でアタシは我武者羅に努力を続けた。
そして。孤児院を卒業する頃にはアタシは神学・戦闘技能共に孤児院トップの成績を叩きだすまでに成長していた。孤児院の院長を務めるシスターからはアタシの信仰心の厚さから正規の神官のルートに進んで後継者になることを泣いて懇願されるくらいには成績が良かった。でも、アタシは院長の願いをきっぱりと断った。言うまでもなく、アタシがこの孤児院に入ったのはアタシの人生を狂わせた概念魔法に復讐し、二度と概念魔法の被害者を出さないようにすることだったから。
孤児院を卒業して間もなく。アタシは念願通り、血濡れの処女たちの候補生として選ばれた。ラミリルド聖教内の全ての10代のシスターのうち、戦闘能力に秀でた上位5%、数にして100人の候補生の中で、過酷な血濡れの処女たちの選抜試験は始まった。バトルロワイヤル形式の選考試験・薬品による、適応できないシスターは命を失う危険な肉体改造手術。そんな想像を絶する厳しい選考の末。
「おめでとうございます。今日からあなたは血濡れの処女たちの序列第6位です」
何もない真っ白な部屋に呼び出されたアタシを待っていたのは血濡れの処女たちの序列第2位にして教皇の代理を務めているラミリルド聖教の実質的なトップ・フウ様だった。
フウ様からその言葉を掛けられた時。アタシは口から安堵のため息が出てしまう。アタシ達の代で入れ替わるのは血濡れの処女たちのうち序列第4位から第6位までの3席のみ。3席の内だとギリギリ合格、ってことになる。それでも、ずっと目指してきていた血濡れの処女たちになれたことには変わりないそのことにほっと胸をなでおろしていた。
「それに伴って、あなたにはこれまで名乗ってきた名前を棄ててもらいます。血濡れの処女たちは代々受け継いでいる、自分の序列に対応した名前を名乗ることになっているです。序列第1位はヒトミ・序列第2位のわたしはフウ・序列第3位はミサ・序列第4位はシキ・序列第5位はサツキ・序列第7位はナナミ、といった具合に」
名前を棄てる。その言葉にどうしても一瞬躊躇してしまう。アタシの名前。それは大好きだったお母さんが付けてくれた名前だったから。でも。
「……わかりました。アタシはこれから、なんて名乗ればいいですか? 」
迷わずにアタシはそう聞いていた。主に仕えるってことはそう言うことだと思っていた。それに、代々引き継いできた名前を名乗れるのは誇りでもある。
「序列第6位である君の名前は、今日からロックです」
「ロック……」
嚙みしめるようにその名前を反復する。これが、血濡れの処女たちになったということ。それがアタシには無性に嬉しかった。
「で、これからロックが血濡れの処女たちの一員として働いてもらう上での留意事項なんですけど。教皇庁直轄部隊、といっても基本的にあなた達に固定の業務はありません。強いて言うならば各国を回り、漆国七雲客を見つけては武力制圧する。それ以外はよっぽどの本国の緊急事態でない限り、教皇庁からあなた達を縛ることはありません。
でも、血濡れの処女たちは漆国七雲客を確実に仕留めるために強大な力を持っています。その力を一人だと暴走させないとも限らないんですよね。それに、あなた達には過酷な戦いをこれから強いることになる。そこで、血濡れの処女たちでは相互監視と心の拠り所を作る、という理由から、わたしが決めた2人組で常に動いてもらうことになっています」
フウ様の言葉にアタシは頷く。確かにフウ様の言っていることはもっともだ。
「ってことは、アタシも誰かとペアを組むってことですか? 」
「その通り。そしてそのペアはもう決まっている――序列第7位のナナミちゃん、入っていらっしゃい」
フウ様が呼びかけたその時だった。入り口のドアが開き、まだ7、8歳くらいの幼女が部屋に入ってくる。彼女を見た途端、アタシは絶句してしまった。
――こ、こんなのがアタシのペアの血濡れの処女たち? 確かに第7位は既に埋まっていたけれど、こんな頼りない幼女が血濡れの処女たちってわけ? ふざけるのも大概にして!
考えれば考えるほど怒りが沸々と湧いてきた。アタシは血濡れの処女たちに救われたあの日から図う数年間、必死に努力して、特に選考試験では何度も死にかけながらようやく血濡れの処女たちの座を手にした。なのにこの幼女は十数年間も努力したように見えなければ、そんな厳しい先行訓練を経て入ってきたとはとても思えなかった。そんな幼女が、アタシと同じ血濡れの処女たち……? 選考の過程で命を落としていった同期のことを考えても、こんな理不尽に納得できるわけがなかった。
それが顔に出ていたのだろう。フウ様が口を開く。
「今、『この子が血濡れの処女たち? 』って思ってますね。でも、見た目で舐めない方がいいですよ。彼女はまだ覚醒していないから貴方よりも低い序列第7位にしていますけれど、彼女が覚醒したら概念魔法を持たない皇国にとって最高戦力となりうるポテンシャルを秘めた子なんですから。舐めてると、すぐに足元をすくわれますよ。それに――皇国の実質的なトップであるわたしが決めたペア組に何か不満でもありますか? 」
「……ありません」
そう答えるしかなかったアタシにフウ様は満足げに頷く。そしてフウ様に背中を押され、ナナミが一歩前に出てくる。
「ナナミはね、ナナミって言うの。……お姉さんが、ナナミの新しいお姉さん? 」
そう言って目を潤ませてこちらを見つめてくるナナミは、年相応の幼女にしか見えなかった。
――絶対こいつには頼ることはないだろうな。
そう、アタシは内心で毒づいた。