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第80話 復讐Ⅰ 【強化】の娘

*6月11日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。


 今回からロックの過去編です。

概念構築(アライズ)_空間切断(オージャリバー)_対象選択(ロックオン)_50cm³|_再定義開始(リスターツ)


概念構築(アライズ)_材質強化(ビルドアップ)_対象選択(ロックオン)_片手剣(レイピア)_比較選択(セレクト)_"【時空】"_再定義開始(リスターツ)


 次の瞬間。眩い魔法の光の刃がぶつかり合い、周囲に爆風が起こる。そして爆風が収まった後。


「ぐふっ」


 吐血して地面に膝をついたのはアタシのお母さんの方だった。そんなお母さんを見下ろして『勇者』は口元を歪める。


「もう終わりかぁ、魔王軍の女幹部」


 そう言って勝ち誇って見せる彼の姿は、寧ろ魔王の方が近かった。


「お母さん! 」


 瀕死のお母さんにそう言ってアタシが駆け寄ろうとした時だった。


「来るな! 」


 鋭い声でお母さんに言われ、物陰から飛び出そうとしたアタシの足は竦んじゃう。


「わ、私の命に代えても、この子には手を出させない……」


 レイピアを杖代わりにしてアタシのことを庇うように再び立ち上がるお母さん。その体は度重なる【空間切断】と【停止】によってボロボロで、とても戦えるような状況じゃない。そんなお母さんを見て、勇者はまた気持ち悪い高笑いを漏らす。


「はっはっは、美しい親子愛だなぁ。でもそれはできない。だって俺はクラリゼナ王国の『勇者』だからな。魔王軍幹部はもちろん、その家族も皆殺しにしなくてはいけないんだ。概念魔法【強化】をその小娘が受け継いだら困るからな」


 そう言って勇者はぎろり、とアタシの方を見てくる。その瞬間、アタシはあまりの恐怖で金縛りにあったように体が固まってしまった。


「こ、この人でなし! 」


「人でなしの魔族にそんなことを言われてもなぁ」


 そう答える勇者はこの状況を楽しんでいるかのようだった。この男は何もかもが狂っている。どう見ても同じ人間であるアタシ達のことを『魔族』と呼び、同じ人間を傷つけることに快楽を抱いているようだった。そんな理不尽に、何の力も持たないアタシは物陰で傷ついていくお母さんのことを見つめることしかできなかった。


「これでも喰らいなさい! 」


 最後の力を振り絞ったお母さんが繰り出した一撃、それはこの世に存在するいかなる物質よりも【強化】された、概念さえ切り裂く刃だった。でも、【時空】の力を持つ勇者は理不尽にもその刃を【時間加速】によって刃の時間の経過を跳躍させ、一瞬のうちに消滅させる。


「お前、もう流石に鬱陶しいわ。死ね」


概念構築(アライズ)_心肺停止(ハートブレイク)_対象選択(ロックオン)_【強化】_再定義開始(リスターツ)


 詠唱の次の瞬間。お母さんは白目になったかと思うと地面に倒れ、それからピクリとも動かなくなった。


「おかあ、さん……? お母さん! お母さん! しっかりしてよ、ねえ、ねえ! アタシのことを1人にしないでよ! 」


 恐怖心を一瞬忘れ、地面に倒れ込んだお母さんの下に走り寄るアタシ。震える手で恐る恐るお母さんの脈を確認するけれど、お母さんの心臓は動きを完全に止めていた。それが分かった途端、アタシの心が絶望に染まる。そんなアタシと対照的に勇者は


「キャハハハハ! これでまた魔王軍幹部・漆黒七雲客が1人消えたな! これで世界はまた一歩、平和に近づいた! 」


遂に壊れたかのように爆笑し出す。そんな勇者の声に、アタシの心に沸々と怒りが湧いてきた。


 ――絶対に許さない。


 勇者のことをきつく睨みつけるアタシ。すると流石に気づいたようで勇者は笑うのを辞めてアタシの方を見てくる。


「なんだその目は? 母親を殺した俺のことが許せないか? 許せないよなぁ。でも、概念魔法を持たないお前に何ができる? 」


「……! 」


 悔しいけれど勇者が言っていることは事実だ。概念魔法【強化】を持つお母さんだって勝てなかったんだ、そんな相手にアタシが勝てるわけがない。


「でもいいなぁ、お前のその目。何の力も持たないくせに、態度だけは一丁前だ。よく見るとお前、割とかわいいな。殺す前に、俺がしっかりと可愛がってやろうか」


 そう言って勇者が気持ち悪い手つきでアタシのことを犯そうとしてきた、まさにその時だった。


術式略式定立(リアライズ)_呪縛(マジカルバインド)_再定義開始(リスターツ)


 突然現れた、魔法で構築された金色の鎖が勇者のことを捕縛する。



概念構築(アライズ)_空間切断(オージャリバー)_対象選択(ロックオン)_"鎖"_再定義開始(リスターツ)


術式定立(リアライズ)_概念干渉(ジャミングアウト)_対象選択(ロックオン)_【空間切断】|_再定義開始(リスターツ)


 すぐさま概念魔法【時空】で捕縛を逃れようと詠唱を開始する勇者。でもその詠唱を追うように唱えられたもう1つの詠唱に勇者の周りに発せられた魔法光はその結果を結実させることなく霧散する。そのことに驚愕した表情を見せる勇者。でも、その襲撃者は勇者に微塵も容赦しなかった。


「主を冒涜する力を持ちし咎人よ。この世から消え失せなさい」


 ぞっとするほど冷たい声がしたかと思うと。鳴り響く銃撃音。そして――魔法で構築された鎖が消滅し鈍い音を立てて勇者の体が地面に落ちた時には、既に勇者は息絶えていた。


 ――い、一体何が起きたの?


 そうアタシがパニックに陥っていると。銀色に光る小拳銃を手にした金髪のシスターが姿を現す。彼女は地面に転がった勇者とお母さんの死体を一瞥した後。2人の死体をまるで『モノ』であるかのように魔法で作り出したアイテムボックスに放り込む。アタシはお母さんの亡骸がモノ同然に扱われたのが許せなくてシスターの足元に縋りつく


「な、何するの……! お母さんに酷いことしないで! 」


 そこでシスターはようやくアタシのことに気付いたらしかった。


「【強化】の娘、か。概念魔法の使い手に罪はあっても、その子には罪はない」


 その時、まだ12歳だったアタシには彼女の言っていることがよくわからなかった。でも、なんとなくお母さんが侮辱されていることは雰囲気でわかった。


「お、お母さんは何も悪くない! お母さんのことを悪く言わないでよ! 」


 シスターに抗議するアタシ。でもシスターは冷たい目のままだった。


「面白いことをいう小娘だな。概念魔法はもともと人が持ってはならない力だ。その力を手にした時点で問答無用で神に対する冒涜。死刑に値するに決まってるだろう」


「か、神様とか知らないよ。それに、お母さんだって好きで【強化】なんて力を手にしたんじゃない! お母さんは何も悪くない」


「じゃあ聞くが、お前の母親が概念魔法【強化】を持っていて不都合だったこと、逆に良かったことはあるか? お前の母親が概念魔法を持つ漆国七雲客だったからお前達親子は何処であっても虐げられ、各地を転々とすることになっただろう? お前の母親が漆国七雲客だったから、他の漆国七雲客との戦いに巻き込まれ、何度もお前は命の危険にさらされ、あろうことかクラリゼナ王国の『勇者』に殺されかけただろう? 現にお前は概念魔法のせいで人生を大きく狂わされている。その力が罪以外の何物だというんだ? 」


「それは……」


 アタシは何も言い返せなかった。このシスターの言っていることは全て正しい。物心ついた時からアタシとお母さんは、どこに行っても厄介者扱いされた。酷い時は村に入ろうとした時に石を投げつけられ、森で野宿することになったことも一度や二度じゃない。そして各国を遍歴する度に怖い人たちに襲われ、その度にお母さんは必死になって戦ってきた。そんなお母さんはふとした瞬間にアタシに向かって「ごめんね、ごめんね」と泣いて謝ってきた。そんなお母さんに、アタシはどう返したらいいのかいつもわからなかった……。


「確かにお前の母親は好きで概念魔法を手にしたのではないかもしれない。でも、漆国七雲客は生きているだけで争いを産み、誰かを苦しめる。そんな魔術師は生まれてこない方が幸せだったんだよ。他ならない【強化】に人生を狂わされた君ならわかるだろう? 」


 そうだ。このシスターの言うことは正しい。アタシのことはどうでも良かった。この世の全てから『要らない子』と蔑まれ、仲間外れにされて、いくら死にかけても、お母さんさえいれば。でもお母さんはその力のせいでずっと苦しんでいた。苦しみながらも、アタシがいたせいで苦しみを長引かせちゃった。そしてそんなお母さんは、狂った概念魔法の使い手によって苦しみながら殺された――。


 そこまで思いが至った途端。さっきまで消えていた心の復讐の炎が再び灯る。


 ――漆国七雲客は生かしておいちゃいけない。概念魔法はこの世に存在してはいけない。それらがあるとこの世界は不幸になっちゃう。


 そこでアタシは尋ねる。


「あなた達は、一体何者なの? なんで漆国七雲客を殺せるの? ――アタシにも漆国七雲客を殺す方法を教えて」


 復讐に燃える目でアタシに見つめられたシスターは困ったような表情を浮かべていた。

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