第79話 再会Ⅷ 遠回りの果ての告白
*6月11日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でミレーヌ視点→アリエル視点に入れ替わります。
そんなちょっとした迷子騒動もすぐに解決して。あの後、ロックとナナミちゃんは暫くしたら帰って、再びあたし達は2人きりになった。2人きりになるとまた無言の時間が続く。それでもなんとかソラ達に対するお土産を選び終えて、宿の自分達の部屋に帰ってきた直後。
「――ごめん、ずっと我慢してたけどもう我慢できない」
「うむっ! 」
アリエルの発しようとした声は言葉にならなかった。なぜなら、アリエルの唇はあたしの強引なキスによって塞がれたから。強引なキスはいけないことだってわかってる。でも、ずっとわからなかった自分の本当の気持ちに気付いたあたしは、もう情動を我慢することができなかった。
思えばずっと、あたしはアリエルの唇を求めていたような気がしてくる。そんな待ちに待ったアリエルの唇は柔らかくて、脳がとろけそうなほど気持ちよかった。これが、本当に心から好きな人とするキスなんだ。そう思うと、恍惚とした感覚に襲われる。
それからどれくらいの間あたし達はキスをし続けていただろう。たった一瞬のことにも、何十分も続いたようにも思えるそんな時間はアリエルに無理やり引きはがされたことで終わりを告げる。
「ど、どうしちゃったんですかいきなり……! 」
そう抗議してくるアリエルの頬はこれまで見たことがないくらい上気していた。そしてきっと、アタシもアリエルのことを言えないくらい真っ赤になってる。
「ごめんね、無理矢理キスなんてしちゃって。やっぱ、強引なキスは嫌だったよね……」
「べ、別に嫌じゃないです! 寧ろものすごく気持ちよかったです! で、でも! ミレーヌ様はぼくのことが『恋愛対象』としては見てくれてなかったんじゃないんですか? やっぱりあの女――昔の『わたし』のことが忘れられないんじゃないんですか……」
そう言うアリエルの言葉はどんどんと自信無さげに小さくなっていく。それに対してあたしは落ち着いた調子で答える。
「そうだよ。あたしはやっぱり、初恋を今でも忘れられない。でも、初恋を諦める必要は何処にもなかったんだよ。だって、あたしが初恋した相手は変わらずに、ずっとそこにいてくれたんだから」
「? 」
訳が分からない、と言う表情になるアリエルにあたしは無言でうなずく。
「そうだよね。確かに今のアリエルは魔法騎士なんかじゃないし、あたしだってアリエルに魔法騎士に戻って欲しいなんて思わない。ポジティブと言うよりもいつも後ろ向きで、おどおどしてることが多いよね。でも――どんなにアリエルが変わっても、アリエルの本質的なところは変わらないんだよ。そして、思い返すと本当に最初にあたしがアリエル様――アリエルに恋をした理由はその本質だった。それは、今でもアリエルの中にある」
そう言ってあたしはアリエルの胸元をポン、と軽く叩く。
「あたしの、本質……? 」
「そう。あたしがアリエルに初恋に落ちた理由。それは、自分のことを犠牲にしてでも目の前の人に手を差し伸べたい、っていう底なしの優しさだったんだよ。そんなアリエルを見てると危なっかしい時もあるよ? でも優しいアリエルがあたしのことを救ってくれるような気がしたし、そんな生きざまに憧れたのもまた事実。アリエルが貴族ばかりの魔法学園に入った動機がそうだ、って聞いて、あたしはあなたに恋に落ちたの」
思い出すとついうっとりとした表情になっちゃう。
「それは、アリエルは素直に認めてくれないかもしれないけどアリエルがあたしの寮長に来てからだってそうだよ。大嫌いな女の子の恰好までしてあたしを助けに来てくれた舞踏会の夜のこと。傷つくこと覚悟であたしの過労を心配してくれた夜のこと。本当は怖くて仕方ない魔女様にあたしのために立ち向かってくれた夜のこと。
それだけじゃない。アリエルは優しいからあたし以外にもたくさんの身近な人のことを見捨てられなくて、自分を顧みずに手を差し伸べ続けてきたよね。ヒュドラ退治も、レムのギルド経営を立て直したことも、今日のナナミちゃんのことだってそう。今のアリエルにあたしが心惹かれたのも、それがきっかけだったんだよ」
「……」
「それに、今日のナナミちゃんに手を差し伸べたアリエルを見ていてようやく気付けた。最初っから、あたしが好きな人はアリエルしかいなかったんだよ。あたしはアリエルに過去の自分に戻って欲しいなんて言う気はない。今のままのアリエルを、あたしは愛してる。これからも愛し続ける。だからフライングしちゃったけれど……アリエルさん。あたしと付き合ってください。あたしのたった1人しかいない、恋人になってください」
そう言ってアリエルの前に右手を差し出すあたし。その手は我ながららしくもなく震えていた。差し出された手に、アリエルも小刻みに震えながら逡巡していた。
「……その言葉を、本当に信じてもいいんですか。『過去のわたし』じゃない、今のぼくのことを愛してくれるって、本当に信じてもいいんですか? 」
「これまでさんざん不安がらせておいてあれだけど……信じてほしい。結局今のあたしには言葉しかないけれど、これからアリエルに信じてもらえるように精いっぱい頑張るから。だから、あたしの思いを受け入れてください……」
縋るような言葉。その時にはもう怖くて、あたしはアリエルの顔を見れずにいた。と、その時。あたしの右手に温もりと、柔らかい感触が伝わってくる。顔を上げると、一筋の涙で頬を濡らしたアリエルが、あたしの右手を包み込んでくれていた。
「不安が全くないと言ったら嘘になります。今のぼくは、昔の『わたし』と違って怖がりだから。でも、やっぱりミレーヌ様から告白されて我慢なんてしてられません。だって、ぼくもミレーヌ様のことがずっとずっと、大機好きだったんですから」
そう言ったかと思うと。
あたしの頬に一瞬柔らかいものが押し当てられる。あたしは一瞬、何が起こったのかわからずに頭がフリーズした。それから暫く遅れて、アリエルがあたしの頬に接吻をしてくれたんだと気づく。あたしから唇を離したアリエルは少し恥ずかしそうにはにかむ。
「ちょっと恥ずかしいですけど……これが、今のぼくにできる精いっぱいのお返事です。だからミレーヌ様。不束者ですが、これからよろしくお願いします」
いっぱい遠回りして、何回もすれ違って。
けれどもそんな道を経てようやく。ずっと片思いを続けてきたあたしとアリエルは正式に両想いになり、お付き合いすることになったのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
ミレーヌ様に突然お口同士のキスをされた時。ぼくはその心地よさに意識が飛びそうになっちゃった。でも暫くして落ち着いて来ると弱いぼくは怖くなってきた。
――ミレーヌ様は今のぼくに『昔のわたし』を重ね合わせてキスしてくれただけなんじゃないか。
本当はぼくだって好きな人の気持ちを信じたい。でも、一方的に信じて自分だけバカみたいに両想いだと思い込むのは怖い。どうしてもそう言う思いが出てきちゃう。それはきっと、ここ最近に起きた出来事のせい。それに。
『でも、あたしはずっと待ってるから。いつしかアリエルちゃんが過去と向き合って、あたしが好きになったアリエルちゃんに戻ってきてくれる日が来る、って』
チェリーちゃんの言葉が脳裏に反復する。今でもミレーヌ様は『過去のわたし』のことを忘れられない。だったら、このミレーヌ様の告白も『過去のわたし』に戻ってきてほしい、そんな意味合いを込めた告白なんじゃないかな。だとしたらぼくはどうしたらいいんだろう……。そう胸が押し潰されそうな気持になっている時だった。
「あたしはアリエルに過去の自分に戻って欲しいなんて言う気はない。今のままのアリエルを、あたしは愛してる」
ミレーヌ様のその二言に、これまで暗雲が立ち込めていたぼくの心に光が差し込んだ。
――ミレーヌ様は本当にいまのぼくを見て、好きになってくれてるんだ。この言葉を信じていいのかな、信じたいよ……。
心が傾く。見るとミレーヌ様は瞼に涙をいっぱい溜めて、それをぼくに見せないようにするかのように俯いていた。そんなミレーヌ様は何処からどう見ても必死で、数週間前までのミレーヌ様に必死に好きになろうとしてもらっていたぼくの姿と重なった。
――ミレーヌ様も本気なんだ。少なくとも、ぼくはそう信じたい。その結果、後悔することになっても。
それが最後の後押しになった。ぼくの本気を伝えるためにぼくもミレーヌ様の唇を奪おうかと一瞬迷う。でも、結局その勇気が出なくてぼくは申し訳ばかりにミレーヌ様のほっぺたに軽く口づけをする。それだけでも顔から火が出すぎて火傷するんじゃないかって言うくらい恥ずかしかった。
「ちょっと恥ずかしいですけど……これが、今のぼくにできる精いっぱいのお返事です。だからミレーヌ様。不束者ですが、これからよろしくお願いします」
恥ずかしさを誤魔化すように無理矢理はにかんで、ぼくはそう言う。
最初にミレーヌ様に対する恋愛感情を抱いてから1ヵ月ちょっと。いろいろな人に相談に乗ってもらって、背中を押されながら必死に藻掻いてきて。最終的にぼくは、ミレーヌ様から最初に提示された期限より11ヶ月も早く、ぼくは大好きな人との恋人としての一歩をようやく歩き始められたのでした。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。お読みいただいた通り、今回はラブコメパートの第1部完、と言ったエピソードでした。再会編の再会は、ミレーヌが初恋相手に再開したこともまた、含意してました。
当初の予定よりもかなり走った、でも連載から4ヶ月目、80話近くまで来てるのでついに辿り着いたな、という感慨が大きいです。
と、まあ最終回感が少しするあとがきとなりましたがまだまだ本作は終わりません。ファンタジーパートはまだまだ何も解決してませんし、ラブコメパートはチェリーとベリーの四角関係はまだまだ始まったばかり。どこまで書き続けられるかわかりませんが、これからも温かく見守って頂けますと嬉しいです。
また、節目ということで久しぶりに。これまでのラブコメパートがどうだったか、どんなシーンが印象に残ってるかなどなどありましたら、感想で教えてくださると励みになります。