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第76話 再会Ⅴ 迷子の迷子のナナミちゃん

*6月11日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。


 今回はアリエル視点です。

 勇気を出して望んだチェリーちゃんとの再会。それは最終的にぼくが身構えていたのとは違う形でぼくの心に大きな爪痕を残した。最後にチェリーちゃんが見せた涙。チェリーちゃんを泣かせたのはぼくが変わっちゃったからだったんだ。過去の自分に戻るなんて考えただけで吐き気がするけれど、ぼくが変わっちゃったことで他の人を傷つけちゃったことに、さすがに心痛まずにはいられなかった。


 全くの見ず知らずの人だったらもっと違ったかもしれない。でもチェリーちゃんは女性恐怖症のせいで苦手意識はどうしても出ちゃうけれど、彼女に泣いて欲しいなんて思ったことはなかった。ずっと戦うことを運命づけられてきたチェリーちゃんだもん。これからは少しでも幸せに生きてほしい。それは彼女の前から逃げ出しちゃった今でもそう願ってる。そんな相手がぼくのせいであんなに悲しそうな顔をさせちゃった。


 考えてみるとミレーヌ様だって、そしてロックさんだってそう。ぼくが変わっちゃったことで『過去のわたし』を愛してくれた人の気持ちをぼくは知らず知らずのうちに裏切っていたんだ。そう思うと、どうしたらいいのか分からなくなる。


「チェリーさんとはうまくお話ができた? チェリーさん、泣きながら出て言ったけれど」


 チェリーちゃんが居なくなってから数分後。入れ替わるかのようにミレーヌ様が部屋に戻って来た途端。ぼくはミレーヌ様に泣きついちゃう。


「ど、どうしたのアリエル」


「ぼく、どうしたらよかったんでしょう。ぼくはどうしても『過去の自分』を好きになれなくて、でもぼくの大切な人は『過去のわたし』を今でも求めていて。これまではそれでも自分を貫けばいい、って思ってました。お嬢様がそう言ってくれた、舞踏会のあの日の言葉を信じて疑わなかったから。でもこうして、ぼくの我が儘で泣いて欲しくない人を泣かせちゃうと、心が揺らいじゃって」


「そんなこと、アリエルが気にすることじゃないのよ。自分の人生なんだから、アリエルのおもう通りにしたらいい。それに、今のアリエルの素敵な所、あたしはいっぱい知ってるわ」


 ぼくの背中を優しくさすりながら言うミレーヌ様。


「……だったら、アリエル様は『今のぼく』の方が『過去のわたし』よりもいいって断言してくれますか」


 昨日も口にした問いを、期待で目を潤ませながら口にするぼく。でもミレーヌ様はぼくをさする手を止めて沈黙しちゃった。


「……ごめん、今のあたしじゃその問いにまだ、答えられないよ。優柔不断で申し訳ないんだけど、やっぱりどちらかなんて選べない。でも、だから今のアリエルにだっていなくなってほしくないの。自分でも我が儘だって分かってる。だけどさ……これが、今のあたしに出来る精一杯の答えなの」


 目を伏せてそう呟くミレーヌ様の答えに絶望感はさしてなかった。そうなんじゃないかな、って予想はしていたから。そう納得しつつも、ぼくの心にぽっかりと空いた穴は広がっていく一方だった。




 それから。その日はそのままぼくとミレーヌ様の関係はぎこちないままだった。そのまま帰ってしまっても良かったんだけど、「せっかく来たんだし、予定通り滞在しましょ」というミレーヌ様の言葉で結局、ぼく達は予定を繰り越すこともなく温泉宿に滞在することになった。でもその後2時間くらい、ぼくとミレーヌ様は部屋の対角線上の隅に座ったまま一言も話さなかった。ぼくもミレーヌ様も、一体どんなことを話したらいいのかお互いに分からなかった。


「せっかくだから外の空気でも吸いましょうか。ソラ達へのお土産も買わないといけないし」


 気まずい雰囲気を変えるかのようにミレーヌ様がそう切り出したのは昇天しきった太陽が少し傾き始めたくらいの時間になってからだった。下町に繰り出したぼくとミレーヌ様は昨日と同じように隣り合って街を歩いていく。その、肩がぶつからないくらいのぼく達の物理的な距離感は変わらない。変わらないはずなのに、今のぼくにはミレーヌ様が昨日よりも遥か遠くにいるように感じちゃった。


「ごめんね。あたしがどっちつかずなせいでアリエルに不安な思いをさせちゃって」


 温泉街の街並みを歩きながら。ぽつり、とミレーヌ様が言う。


「でも、どっちの『好き』もあたしにとって本物で、どっちも偽りだなんて言いたくないの。これまでみたいに目を背けたり、諦めたくないの。どっちに対して恋するあたしも、他ならない『あたし』だから。今回アリエルを温泉宿にまで連れてきたのはね、『今のアリエル』に対するあたしの気持ちを明確にするためだったの。一緒のお風呂に入って、一緒に見慣れないものを見て、一緒に特別な時間を刻んで。そうすれば、もっとアリエルに対する気持ちが明確になるんじゃないか、ってそう思ったの。


 でも、結果は余計頭の中がぐちゃぐちゃするだけだった。そして、アリエルのことを傷つけ、不安にさせちゃうだけだった。ほんと、せっかく好きになってもらってるのにごめん……」


頭を下げてくるミレーヌ様。


「べ、別に気にしてませんから」


「嘘。絶対気にしてるよ。そうじゃなかったら今だってそんな寂しそうな表情をしているはずがない」


「だから本当に気にしてませんって」


「アリエルが気にしてなくてもあたしが気にするの! 」


 そうやって、またへんなことで口論になりかけた時だった。


「けんかはだめぇっ! 」


 泣きながら発せられる幼女のの金切り声に、ぼく達は飛び上がりそうになる。見るとそこには、涙目になったまだ7,8歳くらいの女の子が1人で立っていた。


 子供と言っても女の子は女の子。彼女に気付いた途端、ぼくの呼吸は苦しくなる。。でも。


 ――こんな小さな女の子が繁華街にいるなんて危なすぎるよ。放っておくわけにはいかない。


 そう思うと、声を掛けずにはいられなかった。怯える心を抑え込んでぼくは彼女と同じ視線の高さになるように屈む。


「べ、べつにぼく達は喧嘩してるわけじゃないよ。君、名前は? こんなところで1人でいるなんて、お母さんとはぐれでもしちゃったの? 」


「私はね、ナナミっていうの。さっきまでお姉ちゃんと一緒にいたのに、はぐれちゃって……」


 不安そうに視線を揺らすナナミちゃん。ミレーヌ様の方をちらっと見ると「まあこの人塵じゃ迷子になっても仕方ない、か」と言って周囲を見回していた。


「あ、あの! ミレーヌ様。この子のお姉ちゃんを探すと手伝いをしてもいいですか」


 ぼくの言葉にミレーヌ様は驚いたような表情になる。


「あたしは別に構わないけれど……でもアリエルは大丈夫なの? その、既に汗びっしょりじゃない。本当は彼女の傍に居るだけできついんじゃない? 確かに迷子の女の子を放っておくわけには行かないわ。でも、それは必ずしもアリエルがやるべきことじゃない。なんだったら、あたしが1人で彼女を送り届けてくるから、アリエルはどこかで待っていてもらっていいのよ? 何より、あたしがあなたが無理をするのは見ていてこっちが耐えられない」


 ミレーヌ様の言うことはもっともだと思う。正直、今でもすっごく無理してる。でも。


 ぼくはゆっくりと首を横に振り、それからナナミちゃんの小さな手を取る。強く握りしめたら潰れてしまいそうなほど小さな手はほんのりと温かった。


「ミレーヌ様の言うことは正しいと思います。でも、乗り掛かった船なら見捨てたくないんです。ここで迷子の子を見棄てちゃったりしたらぼくがぼくでなくなっちゃう、そんな気がするんです」


 決意の籠ったぼくの言葉にミレーヌ様は逡巡する。でも暫く経ってから。ミレーヌ様は表情を和らげ、ナナミちゃんのもう一方の手と自分の手をつなぐ。


「わかったわ。じゃああたし達2人で、この子のお姉ちゃんをサクッと見つけましょうか」


 ここまでお読みいただきありがとうございます。祝! 累計3万pv達成! ということで昨日で遂に3万pv達成できました。話数も今回で75話、目標の100話まで実に3/4まで来ました。ここまで続けてこれたのもここまで読んでくださり、☆評価やコメントで応援してくださった読者の皆様のおかげです。 


 どんな物語を書けば恩返しになるんだろう、その答えは持ち合わせていませんが、これからも自分の納得できるものをお届けすること、そして読者の皆様にも楽しんでいただければ嬉しい、を第一信条に書き続けていきたいと思います。


 重ね重ねとはなりますがこれまでありがとうございました。これからも引き続きアリエルとミレーヌ達の物語を見守っていただけますと幸いです。

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