第74話 再会Ⅲ 待ち望んでいた瞬間
*6月11日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でアリエル→チェリーに視点が変わります。『再会』のタイトル回収回です。
それから夕闇の街をどのように走っていったかはよく覚えてない。俯いたままずっと走ってたから誰かに勢いよくぶつかってぼくはその場に転んじゃう。
「いたたた……ご、ごめんなさい」
「気にしないで。こっちこそ前を見て無くてごめんなさい」
そう言って相手の人はぼくのことを起こそうと手を差し伸ばしてくれる。こっちからぶつかっていて申し訳ないな、そんなことを思いながら相手の手を取ろうとした瞬間、街頭に照らし出された彼女の横顔を認識してぼくは心臓が止まりそうになる。
「アリエル、ちゃん? 」
聞き覚えのある声。その声の主をぼくが間違えるはずがない。それは今やぼくにとって最大のトラウマに最も近い人の1人――勇者パーティーのメンバーの1人・チェリーちゃんだった。
――え? チェリーちゃんがここにいるってことはプロムもここにいるってこと? ってことはぼく、また殺されるの……?
そう思うと頭の中が真っ白になる。そうだ、きっとプロムさんはぼくが死んでないことに気付いて、勇者パーティー総出でぼくのことを殺しに来てるんだ。そう思うと呼吸が苦しくなって、うまく息が吸い込めなくなる。
地面にへたり込んだままじりじりと後ずさるぼく。そんなぼくにチェリーさんは何か話しかけているけれど、恐怖で頭が真っ白になって、音声が言葉に変換されない。
――もう、ダメ……。
そこで、ぼくは恐怖のせいで失神しちゃった。
◇◆◇◆◇◆◇
話は数分前に遡る。
観光地特有の活気で満ち溢れた街。少し街を歩いただけでイカ焼きやりんご飴など露店で売られている食べ物の香りが漂ってくる。そんな中であたし・チェリーはキーウィから押し付けられた綿あめと焼きとうもろこしを持ったままその場に立ち尽くしていた。
「……こんなことしてていいのかな。アリエルちゃんはまだ見つかってないのに」
「ほらそこ、遊ぶときはちゃんと遊ぶ! 」
そう言ってりんご飴であたしのことを差してくる少女は、あたしの同行者であるキーウィだった。腕にはヨーヨーと金魚の入った小袋を下げ、頭にはお面を被り、どこからどう見ても遊んでいるようにしか見えなかった。
あたしがキーウィに拾われ、キーウィと一緒に旅をするようになってから2ヶ月が経った。その間、あたし達は国中を旅をしてきた。時々その場所の冒険者ギルドに立ち寄って路銀を稼いでは人探しをする日々。これまでも勇者として国中を駆け回ってきたけれど、この2ヶ月間の旅はそんな生活が嘘のような、のんびりとした旅だった。
あたし達の肩に何百、何千、何万という人の命が乗っているわけじゃなくって、ミスをしてもせいぜい今日のご飯代がなくなるだけ。何かに追い立てられることもない、スローペースな旅。そんな旅はアリエルちゃんと一緒に過ごした1年間とはまた違った意味であたしにとって新鮮で、楽しかった。この2ヶ月間でキーウィはあたしが知らなかった景色を沢山見させてくれた。荘厳な滝、街を一望できる丘からの夕日、漁村の営み、冒険者たちがひしめく夜の愉快な酒場。その1つ1つの経験がこれまでのあたしからは想像がつかない未知の世界で、そんな知らないことを新しく知っていくことがあたしには何よりも嬉しかった。でも。
新しい景色に出会う度に、あたしはやっぱりアリエルちゃんのことが頭を過らずにはいられなかった。ずっと戦いずくめだったあたしに、最初に新しい景色を見せてくれようとしたのはアリエルちゃんだった。アリエルちゃんとベリーとの、最初で最後になってしまったあの3人きりのデートの日だってそう。アリエルちゃんは一杯悩んで、あたしの知らない世界を見せてくれようとしていた。そんなアリエルちゃんの行方が分からないのにあたしがこんなに幸せにしてていいのかな。どうしてもそう思ってしまっては、美しい景色も美味しいはずの料理も、どこかくすんだ、味気ないものに見えてしまった。
そして、行く先々で行ったアリエルちゃんに関する聞き込み調査はこれまでことごとく失敗に終ってきた。今回、キーウィがこの観光都市に寄ってくれたのだってどんなに楽しい景色を見ても楽しめないあたしがこんを詰めすぎていて、そんなあたしを気遣ってくれてのことだ、ってわかってた。キーウィがはっちゃけすぎるくらいはっちゃけてるのだって、まずは自分から、とかそう言う考えがあることぐらい、わかってる。キーウィはそんな気の使い方をする女の子だから。それでも。
「やっぱりアリエルちゃんのことを考えると遊んでいる気になんてなれないよ。あたしはもう大丈夫だから、早く次の街を探そう? 」
そう言ってりんご飴を食べ終わったキーウィに綿あめと焼きとうもろこしを押し付けた、その時。
前を見てなかったこともあって勢いよく誰かからぶつかられた。
いきなりぶつかってくるなんてほんと誰……? そう、ちょっとむっとしながらも、ぶつかった衝撃でその場に倒れ込んでいる浴衣の少女……少年? に手を差し伸べる。
「いたたた……ご、ごめんなさい」
「気にしないで。こっちこそ前を見て無くてごめんなさい……って、えっ? 」
その声を聴いた途端。あたしは心臓が止まるかと思った。もしやと思ってあたしは注意深く地面にうずくまる彼女のことを観察する。若竹色の髪、檸檬色の瞳。髪の長さはだいぶ短くなっているけれど、このあたしが見間違えるはずがない。
「アリエル、ちゃん? 」
その声に目の前の少女……アリエルちゃんはぴくん、と可愛らしく震える。
――アリエルちゃん、本当に生きていてくれてたんだ。
そう実感した瞬間、あたしの胸に熱いものがこみあげてくる。
「ほ、本当にいきなり居なくなって心配してたんだよ! でも良かったぁ、ちゃんと生きていてくれたんだね。それなら他のことはもう何だっていいや。――わかるよね? あたしだよ、勇者パーティーで一緒だったチェリー! 」
涙をぽろぽろと流しながら言うあたし。でもアリエルちゃんの顔色は優れなくて、段々と青白くなっていく。
「アリエルちゃん? ちょっと、具合でも悪いの、ねぇ、ねぇ! しっかりしてよ! 」
せっかく見つけたのにこんなところで死んじゃうなんてイヤだよ! そう怖くなってあたしがアリエルちゃんを勢いよくゆすったその時だった。
「ちょっとあなた、アリエルに何やってるの! 今すぐアリエルから離れて」
ぞっとするような低い声がした。誰よ、今アリエルが大変なことになってるのに。そうイラつきながら振り向くと、そこにはアリエルちゃんとお揃いの浴衣を着たピンク髪の少女がここまで走ってきたのか、肩で息をしながらあたしのことを睨みつけてくる。見覚えのない初対面の相手にそんな表情をされるのは普通に不愉快。しかもアリエルちゃんのことを呼び捨てにするなんて何様のつもり? そうむっとしたけれど、その感情はあくまでぐっと抑え込む。
「あなたこそ何言ってるの? アリエルちゃんはいきなり気を失っちゃったんだよ? 介抱してあげなくちゃいけないでしょ? 」
「あなたがやったら逆効果よ。だってその子は女性恐怖症なんだから。あんまりこんなこと言いたくないんだけど、貴方が無理に迫りでもしたからアリエルは怯えて、失神しちゃったんじゃないの? 」
ピンク髪の人が言っていることが、あたしにはすぐには理解できなかった。
――アリエルちゃんが女性恐怖症? あたしのせいでアリエルが失神しちゃった? そんなわけないじゃん、だってあたしは、アリエルちゃんの仲間だったんだよ? 勇者としてのお役目も何もかも投げ出してアリエルちゃんのことを思ってるんだよ? そんなあたしのことを、あの優しいアリエルちゃんが怯えるわけ……。
そう反論しようとしたあたしは誰かに制止された。見るとそこにはキーウィが立っていた。
「これは失礼しました、ランベンドルト辺境伯」
そう言って恭しく礼をするキーウィにあたしはぎょっとする。えっ、辺境伯ってことはこの人、貴族ってこと……? そんなことをあたしが考えてると、ピンク髪の少女は面倒くさそうに手をひらひらと振る。
「別にそんな形式ばった挨拶なんてこの際どうでもいいから、早くアリエルを宿まで運んであげなくちゃ」
「失礼ながら、辺境伯とアリエルさんはどういったご関係で? 」
「あたしは……勇者パーティーから追い出されて女性恐怖症になっちゃったあの子を拾った、彼女に絶賛片思い中のしがない田舎貴族よ。あなた達こそ何者? 」
「申し遅れました。私は隣国のブルーンウルド王国の冒険者のキーウィ。そしてこっちは私の旅の連れのチェリー。彼女も悪気がある訳じゃないんです。思い人のアリエルさんが蒸発して、彼女を追うように自信も勇者パーティーを抜けて、これまで必死にアリエルさんのことを探してきたんですから」
キーウィの説明にピンク髪の少女――ミレーヌ辺境伯は同情するような目をあたしに向けてきた。