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第72話 再会Ⅰ アリエルとミレーヌの温泉デート

*6月10日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。


 今回、百合糖度高めです。


「アリエルの髪って短くて洗いやすくていいよね」


 石鹸を泡立てる音がミレーヌ様とぼくの2人きりしかいない、だたっ広い浴場に響く。この歳にもなって他の人に頭を洗われるなんて不思議な気持ち。恥ずかしいような、それでいてものすごい気持ちいような。実際、優しくぼくの頭を撫でる何も考えないと気持ちよさに流されて理性を失っちゃいそうなので


「ぼ、ぼくはお嬢様のピンク色の長い髪の方が素敵だと思います」


と、もう何十回も繰り返した科白を照れ隠しで言ってみる。まあそう言っても、髪をロングにするのはミレーヌ様を見ている分には至福なんであって、自分が髪を伸ばすのはまだまだ死んでもごめんだけど。そんなぼくのお世辞に対するミレーヌ様の受け答えも慣れたもので「ありがと」と短く答えただけだった。


「流すから目瞑っててね」


 ばしゃぁ、と頭の上から温かいお湯が降り注ぐ。頭が洗い流された後、鑑に映るぼくの緑髪は水が滴っていて、顔はゆでだこみたいに真っ赤になっていた。頭を洗われただけでこんなに恥ずかしい。もう自分で洗うって言うことにしよ。そう考えて立ち上がろうとした瞬間だった。


「次は背中を洗ってあげるわね」


 そう言ったミレーヌ様が絶妙な指つきがぼくの背中を滑る。それがくすぐったくて、ぼくは「ひゃいっ」と変な声を出して身を捩らせちゃう。そんなぼくの反応にミレーヌ様は楽しそうに頬を緩める。


「アリエルの反応、可愛い」


「か、可愛くなんて無いです。大体、自分の体くらい自分で洗えますからっ! 」


「それはダメって言ったでしょ。あたしを安心させてくれるために『特別』をくれるって言ってくれたのは、どの可愛いお口かなぁ? 」


「うぐっ……」


 それを持ち出されると何も言えない……。で、でも!


「それだったら女の子じゃないのに女湯に入ってきてる時点で十分ぼくは頑張ってると思うんですけど。何より、その……好きな人に自分のはしたない体つきを見られるのも、ミレーヌ様の見目麗しい素肌の全てが目に入ってしまいそうなのも、凄く緊張するんです。だって、ぼくはお嬢様のことを女の子として好きだから。――ミレーヌ様はぼくのことをそんな風に見てないから、緊張なんてしてないかもしれませんけれど」


 不貞腐れたように伏し目がちで言ってみるぼく。すると、ミレーヌ様はいきなりぼくの手を取ったかと思うとミレーヌ様の胸元……ではなく、それよりも少し上の首筋に手を添える。


「な、何をするんです……って、あ」


 言いかけた言葉はすぐに途切れちゃう。だってミレーヌ様の鼓動はこれ以上ないってくらい高鳴ってるのが、首筋に手をあてただけで伝わってきたから。


「あたしだって緊張してるよ。確かにあたしが今のアリエルに対して抱いてる『好き』はアリエルの『好き』と同じだって、確証は持てないよ? でも、そうだとしても、好きな人の裸を見るのは緊張するし、自分の裸を見られるのもいろいろ恥ずかしくなって緊張しちゃう。だから、こう見えてるのも精いっぱい気丈に振舞ってるだけなのよ? そうまでして、あなたの『はじめて』を1つでも多くあたしが貰えないと、脆いあたしは不安で不安で仕方なくなっちゃうから」


 ミレーヌ様の顔が近い。その頬は上気していて、それは絶対にお湯のせいだけじゃなかった。気まずくなって視線を逸らしちゃうぼく達。それからどれだけの間そのようにしてたかな。


「あ、洗うの再開するね」


「お、お願いします」


 お見合いしたてのカップルみたいな会話をした後。ぼくは結局、ミレーヌ様にされるがままに体を洗われたのでした。



 ここはクラリゼナ王国の中でもどの王侯貴族にも支配されていない自由都市・ラインベルトにある一軒の温泉旅館。そのほぼ貸し切り状態の温泉宿の浴室に、よりによってぼくとお嬢様がなぜ2人きりでいるのか。その理由は、今から1日前に遡る……。




 ミレーヌ様が風邪をひいて寝込んじゃったあの日。体調を崩していつも以上に繊細になっていたミレーヌ様はぼくのことを安心できるように『特別』が欲しいって言ってきた。でも、ミレーヌ様だって何をしたら『特別』になるのかのプランがあったわけじゃないみたい。2人でどんなことをしたら特別になるのかをうんうん悩みながら考えた末。話はぼく達が別々に動いていた2週間に話が及んだ。ある意味で沢山の『はじめて』と『特別』が満ち溢れていたあの2週間。その思い出を一通り話し終えた後。


「へぇ。アリエルはレムと同棲して、その後にヘンリエッタとデートしたんだ。――あたしという思い人がいながら」


 満面の笑みを浮かべながら言うミレーヌ様。でもその目は笑ってなかった。


「ど、同棲はしてないですよぉ! レムさんとぼくの部屋は別々です。それに、ヘンリエッタ様とのお出かけはデートなんかじゃないです。最後に告白されるなんてぼくだって知りませんでしたし……」


「でもヘンリエッタとイチャイチャはしたんでしょ」


「イチャイチャって……それは、その……」


 答えに窮するぼく。そんなぼくにお嬢様は微笑を浮かべたまま、ぽんとぼくの肩に手を置く。


「別に気にすることじゃないのよ。アリエルとあたしはまだお付き合いをしてるわけじゃないし。でも知らなかったなぁ。アリエルは女の人のことを怖い怖い言いながら、可愛い女の子に優しくされたら同棲もデートもすぐついて行っちゃう尻軽女だったなんて。――あたしという主人がありながら」


 あまりに理不尽……。でもそんなことを主張できる勇気なんてぼくにある訳がなかった。


 もうミレーヌ様に突き放されたくない! その一心で、泣きそうになりながらぼくはお嬢様に縋る。



「ぼ、ぼくにとってはお嬢様が一番なんです! 何でも、何でもしますからっ! だから、どうかぼくのことを棄てないでください」


「……今、『何でもする』って言ったわね」


「へっ? 」


 その時になってぼくはようやく気付いた。これは、ミレーヌ様がぼくから『何でもする』って言う言葉を引き出す策略だったんだ、って。 


「じゃあ、他の人とはしてないようなこと――『はじめて』をあたしのために捧げてよ」


「はじめてって……え、えええ! 」


 ミレーヌ様の思いもよらない発言にぼくは大声を出しちゃう。『はじめて』ってその……キスとか、キスとか、キスくらいしか知らないけれど、もっと大人な何かとかだよね。それを、ミレーヌ様に捧げる……。


 ごくり、と唾を飲み込んじゃうぼく。緊張はする。でも、そんなことができたらぼくは嬉しい……かも。むしろ、ミレーヌ様の『はじめて』をぼくが貰いたい。そんなピンク色の妄想を広げるぼく。でもそれが誤りであることは次の瞬間に明らかになる。


「だからアリエルが他の子と絶対にしたことがないこと――例えば温泉旅館にあたしと2人きりで泊まりに行くとかはどうかしら。それなら、あたしがアリエルとしてないのにアリエルが他の女の子と経験してることを経験できて、尚且つ他の女の子としてない『はじめて』をもらえるよね。その『はじめて』をあたしに捧げてよ」


「あ、えっと、はい」


 妄想をこれでもかと広げていたぼくはミレーヌ様の提案を聞いて出鼻をくじかれたような気持ちになった。


 いや、実際にやってきたら自分の裸をミレーヌ様に見られるわ、必死で目を背けないとミレーヌ様の露になった素肌が視界に飛び込んできちゃいそうとか、ぼくが想像できた『はじめて』よりもよっぽど危険だったんだけどねっ!


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