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第71話 反転Ⅲ やっぱりぼくは執事のままが

*6月10日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。

*今回、全編ミレーヌ視点です。


 アリエルの前で泣き崩れちゃった次の日。朝になってもあたしはベッドで伏せっていた。それはアリエルに合わせる顔がなかったから……ってだけじゃない。


「うーん、まだ熱っぽいですね」


 恥ずかしげもなくあたしのおでことくっつけていたおでこを離してソラは言う。そう、あの後。あたしはアリエルが屋敷を出て行ってからの心労と慣れないことをした無理が重なって熱を出しちゃった。ほんとかっこ悪いな、あたし。


 そんなとことんネガティブになっていくあたしに気づいたのかな。ソラはため息をついて、手作り感満載の、長い緑髪の人形を寄越してくる。それはソラがまだうちに来てから間も無くの頃、ソラにだけ弱みを見せていたあたしのことを気遣ったソラが作ってくれた『アリエル様』を模したものだった。


 ソラはお裁縫が得意じゃないから正直、あんまり出来は良くない。でもその人形を抱いているとあたしの初恋相手と、そして誰よりも近くであたしを支え続けてくれるソラから力をもらえる気がした。あたしの心がざわついた時、何度この人形に助けられたかわからなかった。


 使いこんだその人形は薄汚れ、所々解れてる。そんなことと、リアルのアリエルに対する申し訳なさから実際に会ってからはクローゼットの奥底にしまい込んでいた。そんな思い出の品を突き出してソラは言う。


「これでも抱いて大人しく寝ててください。ボクがずっとついていてあげられたらいいんですけど、そう言うわけにもいかないので」


 それだけ言って、アリエルは部屋を後にしていった。1人きりになってから。あたしはソラから渡された人形を顔の前まで持ち上げて人形に問いかける。


「アリエル様。あたし、どうしたらいいのかな……って、本人に尋ねるようなことじゃないよね」


 自嘲が漏れ出る。。だってこの人形はあたしの初恋相手で、今あたしが悶々としている原因なのだから。


 でも、と思う。アリエル様に対する感情と今のアリエルに対する感情はやっぱり違う。今のあたしじゃやっぱり2人は同一人物には見られないし、けれどやっぱりどちらかを諦めるような気にはなれない、諦めたくない。今のアリエルを見てると手の届かない存在だったアリエル様には決して抱かなかった独占欲みたいなものが頭をもたげてくる。それでいて、誰よりも近くにいたいはずなのにアリエルの肌にふとした瞬間に触れるとドキッとしちゃう。


 ――って、今のアリエルに対する感情の方がよっぽど恋愛感情なんじゃない?


 気づいた途端、かあって頬が火照るのを感じる。でもあたしはこの気持ちをどうしたらいいって言うんだろう。いくらこっちが一方的に強い感情を持っていてもそれは相手にとって鬱陶しいだけな気もしてくる。どうしたらアリエルに好きになってもらえるんだろう、どうしたらアリエルの『特別』って胸を張って言えるようになるんだろう。


 そんなことがまた、頭の中をぐるぐると回り始めた時だった。


 部屋の扉がノックされる。きっとソラだろうな。そう思ってあたしが無防備なまま「どうぞ」と答えると……。


 冷水を張った銀色の桶を両手で抱えたアリエルが入ってきてあたしは固まる。そんなアリエルもあたしの横にある『アリエル様人形』を見て一瞬固まる。


「あ、えっ、ちょ。これは違くて! 」


 とりあえずアリエル様人形を隠したほうがいい? いや、好きな人の前だよ? こんな乱れた髪じゃ恥ずかしいじゃん。いやいや、それを言い出したらこのパジャマ姿の方がよっぽど恥ずかしいよう……。


 テンパって何からしたらいいかわからなくてベッドから鈍い音を立てて床に顔からダイブしちゃう。そんなあたしに、アリエルは桶を捨てて駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですかお嬢様……? 」


「いったぁ……だ、大丈夫よ。そんなことより、なんでアリエルはここにいるの? 」


 なるべく平静を装いながら尋ねるあたしにアリエルはぶちまけた冷水の処理をしながら答える。


「今日はミレーヌさまが来ないなぁ、と思っていたらソラ先輩から熱を出した、って聞いて。それから、ソラ先輩が『手が空いてるならご主人様の看病でもしてあげたら? 』って言ってくれたんです」


「ソラァ! 」


 あたしは悲痛な声をあげる。なんなの、ソラはあたしのことを羞恥で殺す気なの? そんな風に両手で顔を覆っていると。


 ――えっ……。


 ふわっとした感覚があった。そして気づいたらあたしはごく自然にアリエルにお姫様抱っこされたかと思うと、ベッドの上に戻されていた。


 ――アリエルの腕ってあんなに細いのに、あたしのこと持ち上げられるの? って、アリエルは剣士だったんだから、あたしのことを持ち上げられるのは当然か。


 心臓の鼓動がうるさい。今、顔がめちゃくちゃ熱くなっていて、気を逸らすために必死でどうでもいいことを考える。それでも、あたしの表情の変化はアリエルにも気づいちゃうくらい極端だったんだうな。アリエルは顔を曇らせる。


「ミレーヌ様、顔が真っ赤です。それに心臓の鼓動もものすごく早い」


 だ、誰のせいだと思ってるのよばかぁ……。そう言いたかったけどかっこ悪すぎて口にできなかった。無言のままのあたしを心配したアリエルは掌をあたしのおでこに乗せて体温を測ってくる。そんなアリエルの掌は冷たくて、ものすごく気持ち良かった。


「熱も高いですね。待っていてください、今冷水で冷やしたタオルを準備しますから」


 そう言ってアリエルは空っぽになった桶を抱えて一瞬部屋を飛び出したかと思うと、すぐにまた冷水を張った桶を持って戻ってくる。そして手際よく冷却タオルの準備を始めててくれた。


 沈黙の中、桶の水が揺れ動く微かな音が耳触り良く響く。そして冷えたタオルを額に乗せられた頃には、あたしはだいぶ落ち着いていた。


「……ごめんね、今はあたしの方がアリエルのメイドなのに看病してもらっちゃって」


 ぽつり、とあたしがつぶやくとアリエルは穏やかな表情で首をゆっくりと横に振る。


「それは違いますよ。――ぼく、少し不謹慎ですけどミレーヌ様が倒れちゃって、否応なくぼくがお世話させてもらうことになって、ちょっと嬉しかったんです。あー、ようやくミレーヌ様のために働ける、って」


「そんなに働きたがるなんて、アリエルって実はドM? 」


「そんなことないですよぉ。そんな風に思えていたらプロムにあんなことされたことがトラウマになったりしてませんって」


「それもそうか」


 アリエルの言葉にあたしは納得しちゃう。


「ぼくが心の底から尽くしたいと思うのはミレーヌ様しかいないんです。そして、ミレーヌ様のためにお仕えできたら何かしっくりくる。やっぱりぼくって、お世話されなれてないんですよね。だから、ぼくはやっぱりミレーヌ様にご主人様でいて欲しい」


「それは、あなたが好きになってくれたかっこいい辺境伯としてのあたしじゃなくても……? 弱くて、脆いあたしでも……? 」


 正直否定されるのが怖くて仕方なかった。でも、声を震わせながらもあたしは聞かずにはいられなかった。そこがわかっていないまま、なあなあでアリエルとこれから向かい合っていくのが怖かったから。そんなあたしの前でアリエルは少し考え込む。そして。


「……断言はできないですけど、多分そうなんだと思います。きっかけは確かにそうだったかもしれない。でも、どんなミレーヌ様だってミレーヌ様っていう1人の女の子であることに変わりはないじゃないですか」


 アリエルの言葉にあたしははっとする。


「確かに好きになったきっかけは辺境伯としてのミレーヌ様でした。物足りないと感じることは今後もあるかもしれない。けど、それからぼくの思いも成長して、最初の頃とは違ってきてるんです。それは、最終的にはミレーヌ様と、こ、恋人同士になれたらな、って思います。でも、それ以上にミレーヌ様って1人の女の子に仕えることが、今のぼくにとって一番安心できる居場所なんです」


 そこでアリエルは深く深呼吸してから、あたしの方をまっすぐに見つめていう。


「だかはらぼくが他の誰よりも尽くしたい相手がミレーヌ様、そういう『特別』の形じゃダメですか? それじゃ、まだ安心してもらえませんか?」


 ほんと、この子には敵わないなあ、って思う。そこまで言われたら臆病なあたしでもアリエルとあたしの間に『特別』があるんだって気がしてくる。でも、欲張りなあたしはもっと確実な『特別』を求めちゃう。


「そこまで言ってくれてありがとう。でもやっぱりあたしは小心者で、怖がりだからもう1つだけ『特別』をくれないかな」


 そうあたしはアリエルに持ちかけた。

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