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第69話 反転Ⅰ お嬢様がぼく専属メイドに就任した件

*6月10日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。


 待ってくださっていた方がいましたら本当にお待たせしました。本日より4章開幕です。4章序盤の3話のみ、1日中に更新します。

 お屋敷に戻ってきた翌日の朝。


「よしっ」


 鏡に映る自分を見つめながらぼくはそう小さく呟いて気合を入れる。2週間ぶりに袖を通した燕尾服。鏡に映る執事としての自分を見るとやっぱり一番しっくりくる。でも、2週間と言うブランクがあるから、ちょっとだけうまくできるか不安だった。それに。


 ――いろいろあったばっかりだもん。ちゃんとこれまでみたいにお嬢様にお仕えすることができるかな。


 さっき気合を入れたばかりなのに、そんな不安が頭を掠めちゃう。って、ダメダメ、しっかりしなくちゃ。そう不安を振り払うようにぼくが首を横に振っていると。


「アリエル~、どこいるの? って、いたぁ! 」


 そんな声と共に控室の扉がノックもなく開かれたかと思うと、部屋にミレーヌ様が入ってきて心の準備もなにもできてないぼくはテンパっちゃう。


「み、ミレーヌ様!? は、入ってくるときはノックぐらいしてくださいよぉ。ぼくが着替えてたらどうするん……」


 消え入りそうな声で訴えるぼくだけど、その言葉は最後まで言い切ることができなかった。なぜなら、ぼくは控室に入ってきたミレーヌ様の恰好に心を奪われて言葉を失ってしまったから。


 そう、そこにいたミレーヌ様が着ていたのはいつもの貴族らしいドレス――じゃなかった。ミレーヌ様は何故か、純白に黒のアクセントが入った、クラシックなメイド服に身を包んでいた。


 ――なにこれ、今日のミレーヌ様めちゃくちゃ可愛いんですけど……!


 そう心の中で悶絶しているぼくのことを一瞥するとミレーヌ様は口を尖らせる。


「この時間だったらまだ着替え終わってないと思ったのに、もう着替え終わっちゃってるなんて」


「き、着替え終わってないところで入ってこられたらそれこそ大問題ですよぉ……」


「べつにアリエルとあたしは生物学的には同じ性別なんだから、着替えを見られたって別にいいじゃない。それとも、やっぱり着替え中の無防備なところに『女』であるあたしがいるとやっぱり不安? 」


「み、ミレーヌ様にかぎってはそんなことあるわけないじゃないですか。ないんですけど……」


 ミレーヌ様のことが大好きだからこそ、そんな大好きな人に自分の素肌を、自分では大嫌いな着替え中の女っぽい体つきを見られるのが恥ずかしくて嫌だからに決まってるじゃないですか、バカ。そう思ったけれど、口には出せなかった。口に出さなかったら、別に読心魔法が使えるわけじゃないミレーヌ様にぼくの気持ちなんて伝わる訳がない。


「あっ、何だったら今から着替えるのをあたしが手伝ってあげてもいいのよ。今日の――というか、これからのアリエルは執事なんてしてもらう必要がないわけだし。ほら、着替えた着替えた」


 なんて訳の分からないことを言いながら変質者のような手つきでぼくに近づいてくる。――って、えっ? ぼくに執事をしてもらう必要がない?


「あっ、勘違いしないでよ? 別にアリエルのことをクビにしたいとかそう言うわけじゃないから。でも、この2週間であたしはよく思い知ったの。あたしは『選ぶ側』じゃなくって、『選ばれる側』なんだ、って。だから、そのための努力を惜しまずしたいと思ったの。だからこれからはアリエルがあたしのご主人様で、あたしはアリエルのメイドさんになろうかと思って。アリエルの望むことなら、何でもしてあげるわよ」


 ミレーヌ様はそこでメイド服姿を見せびらかすかのようにくるり、と1回転して見せる。そんなミレーヌ様の突然の提案にぼくは正直困惑していた。これからはぼくがご主人様で、ミレーヌ様がぼくのメイド? ちょっと理解が追い付かない。だってぼくは朝から、執事としての仕事をする気満々だったんだから。でも。


「アリエルにあたしのことを選んでもらえるように精いっぱいご奉仕するね。それとも――あたしにお世話されるの、アリエルは嫌かな? 」


 少し不安そうに視線を揺らしながら言うミレーヌ様。それはぼくにとっては反則だった。


 ――そんな表情までされちゃ、ぼくが断れるわけないじゃん。


 そんなこんなで、半ばなし崩し的にぼくは『ミレーヌ様にお世話される側』になったのでした……。




 それから十分後。ぼくは燕尾服姿のまま自室に戻っていた。ミレーヌ様は頑なにぼくの着替えを手伝いたがってきたけれど、それは「ぼくはこの格好が一番落ち着くので! 」と全力で主張した。好きな人に裸を見られる恥ずかしさとか、ミレーヌ様には分かってもらえてないのかな……ちょっと不安になる。


メイド服姿のミレーヌ様はぴたっとぼくの背後に控えていた。正直、根っからの庶民であるぼくは誰かに『仕えられる』というシチュエーションに慣れてない。だから、何もしてなくても心がざわついちゃう。しかもそれが辺境伯様で、自分が恋愛感情を抱いている相手だとしたら猶更。好きな人にお世話してもらう喜び、っていうよりも気まずさの方が先立つ。


「えっと、ミレーヌ様は執務とかしにいかなくていいんですか」


 ミレーヌ様のメイドごっこが終わったりしないかな、そうちょっと期待してそんなことを言ってみたけれどお嬢様は澄ました顔で


「別にそんなことどうでもいいよ。今はアリエルにちゃんと好きになってもらうことの方が大事だから」


と言われちゃった。


「ぼく、ミレーヌ様のこと何もしてくれなくても大好きですよ……? 」


「アリエルがずっとそう言ってくれてることは勿論わかってる。でも、あたしが不安なの。不安で、アリエルにちゃんと好きでいてもらうためになにかせずにはいられないの。だからさ、なにかあたしにしてほしいこととかない? あたしにできることだったらなんでもするよ? 体を張るようなことでもあたし、アリエルのためなら頑張りたいの」


「な。何でも……? 」


 ミレーヌ様の言葉にぼくの頭の中にピンク色の妄想が広がる。ぼくとミレーヌ様がき、キスをしていたり、もっと大人っぽいことをしたり。ぼくだって思春期の女の子、好きな人とそう言った方面のことをしたいって言う欲望は勿論ある。


 ――今ならミレーヌ様にあんなことやこんなことをしてほしい、って言えばやってくれそうだな。


 そう思った。でも。


「い、今のところはない、です……」


 結局出てきたのはそんな言葉だった。ミレーヌ様とやりたいことはたくさんある。でもそれを口にする意気地はぼくにはなかった。それを口にしてミレーヌ様に引かれて、もう修復できないほどぼく達の関係にヒビが入るのが怖い。また一昨日みたいな関係に戻るのは絶対に嫌だ。そんなぼくの内心なんて知る由もないミレーヌ様は「そう。ちょっとつまんない」と不満げに頬を膨らませた。


「じゃあ、あたしがアリエルにしてほしいことをしてあげようかな」


 そう言ったかと思うと、ミレーヌ様はソファに腰かけたかと思うとぽんぽん、と柔らかそうな太ももを軽く叩いてくる。


「おいでアリエル。膝枕してあげる」


 み、ミレーヌ様の膝枕――!


 その甘美な響きの言葉にぼくの理性はトビかける。


「い、いいんですか、ぼくみたいな矮小な人間がそんなことしてもらっ」


 つい自虐しちゃまたぼくは最後まで言い切れなかった。だってミレーヌ様のほっそりとした人差し指がぼくを黙らせるかのように添えられていたから。


「はい、自分を卑下する言葉は禁止。あたしがいいって言うんだからいいのよ。アリエルにそんなに自分を卑下されたら、あなたのことが好きなあたしが悲しくなっちゃう。それとも、あたしの膝枕はご不満? 」


「そ、そんなことありましぇんっ! 」


 慌てて言っちゃって思いっきり噛んだ……。顔を赤くするぼくにミレーヌ様は小さく笑う。


「じゃあおいで。――アリエルに喜んでもらえるといいな」


 愛しむような表情で言われるままミレーヌ様の太ももに頭を乗せる。後頭部に柔らかい感触が伝わり、心臓の鼓動が速くなる。


「これって、思ってたより恥ずかしいね。ごまかしに子守の御伽噺でも話してあげる」


 そう言ってミレーヌ様が語り出したのは300年前の勇者さまのお話。まだ自分が勇者パーティーになるなんて夢にも思ってなかった時に大好きで、よくお母さんにしてもらった話。


 ――懐かしいな。なんだか聞いてると、うとうとしてきちゃう。


 そして。ミレーヌ様の温もりの中、ぼくは眠りへと落ちていった。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 久しぶりなので一応いつもの挨拶を。よろしければ↓の⭐︎評価やブックマーク、いいねやコメントで応援してくださると嬉しいです。

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