第68話 幻想Ⅶ 家族みんなが帰って来れる場所
*6月10日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。
翌日からの1週間。わたしはギルマスからギルド職員としての仕事をみっちりと叩きこまれました。今はギルマス1人で回している仕事をすべて引き継ぐわけですから、覚えなくてはいけない仕事の量は膨大でした。それでいて、わざわざランベンドルト領の冒険者ギルドに残っている人はこの冒険者ギルド、特にギルドマスターに愛着がある人も多く、ぽっと出のわたしにいい顔をしない冒険者も何人もいました。
そんな相手に好かれるために【幻想】を使ってしまえば楽だということはわかっていました。でも、わたしは意地でもそれはしたくなかったのです。そうしてしまったら最後、ここはわたしの居場所じゃなくなってしまうから。そんな風に我武者羅に働いているうちに、段々と仕事も覚え、ギルマスから仕事を1人で任されることも増えてきました。
働き始める際、わたしはこのギルドを家族として考えた時にわたしはどんな役割何だろうということをわたしは考えていました。ギルドマスターはお父さん、ならわたしはお姉さんかお母さん? いやいや、と私はかぶりを振ります。わたしは身長も低ければ胸もそこまでありません。何より多くの冒険者よりもわたしは新入りです。だとしたらこの『家族』みんなの妹ないしマスコットキャラクターになろう、そう思ったのです。話し方もちょっと甘ったるくして、誰からも愛されるギルドの受付嬢を目指したのです。わたしのことを認めてくれる冒険者が増える、と言うことは、そんな一生懸命に考えて出したわたしの答えが正解だったと言ってもらえているようで、わたしは無性に嬉しかったのです。
そしてわたしは順当に試用期間を終えてこの冒険者ギルドでたった1人の平正規職員へと昇格しました。それと反比例するようにギルマスがギルドの表に顔を出す頻度は段々と減っていきました。それは顔を出す必要が無かったからと言うのではなく、年齢的に難しくなった、と言うのが大きな理由でした。これまでがおかしかったのです。もう70歳なのに1人で朝から晩まで根を詰めていたのです。老体にムチ打ったそのツケが回ってきたところもあるのでしょう。ギルマスは日に日にやつれていくことが、ギルマスと一緒にギルドの2階にある職員寮で暮らすわたしにはわかっていました。
それでも毎日、寮室から出てきてギルマスの執務室までやってくる。それがギルマスの、このギルド全員の『お父さん』の最後の意地でした。
そして。ギルマスが息を引き取るその日も、ギルマスはギルドマスターの執務机に向かっていました。
その日の営業を終え、書類を整理していると。ギルマスがわたしのことを呼んできます。
「遂に天の迎が来たようじゃ。――レム、君に1つだけ願い事がある。儂が死んだことは誰にも言わないでいてくれるか? 今の冒険者ギルドは脆弱じゃ。儂が死んだと知ったら動揺する冒険者も多いじゃろ。せっかく若いレムが入ってきて少しは活気は戻ったというのに、それじゃ勿体ない。だから、なるべく儂の死は隠して、ギルドマスターは出てこないけれどまだいる、と言うことを装ってくれないかの。そして、儂たちのこの『家庭』を、守ってくれ……」
それだけ言って。執務机に向かったままギルマスは息を引き取ったのでした。
ギルマスが息を引き取った途端、わたしの瞼からはずっと我慢していた涙が溢れ落ちます。
――ギルマスがまだいる、と思えなければやっていけないのはわたしの方だよ。この冒険者ギルドで誰よりも脆いのはわたし。このままじゃ、せっかくギルマスが託してくれたものをわたしは守れない。だから――ごめん、今回だけは魔法を使わせてもらうね。
ギルマスの遺体を抱き締めながら、わたしは数年ぶりに詠唱を開始します。
【概念構築_【虚像投影】_対象選択_全世界_虚像選択_"ギルドマスター"_再定義開始】
【概念構築_記憶忘却_対象選択_me_忘却対象選択_"【幻想】"_再定義開始】
魔法によって自分も含めた世界全体に、ギルマスがまだいるかのように思い込ませる。それと同時に、自分の記憶から【幻想】にまつわる一切の記憶を消去。これはギルマスのため、と言うよりも自分を保つための後始末でした。こうしないと、ギルマスがいなくなったことを受け入れられなくてわたしはダメになってしまうから。
記憶から何かがごそっと音を立てて消え堕ちました。それと同時に、わたしの……レムの前に幻想で創り出した虚像が現れました。そして、それが虚像だと知らない、完全に『レモン』ではなく【幻想】から切り離された人格としての『レム』は無邪気にその虚像に話しかけます。
「あー、お父さん! 何処に行ってたのですぅ? いきなり幽霊みたいに消えてびっくり知っちゃったのですぅ。それに、お父さんはもういい歳なんだから、こんなに夜更かししちゃめっ、なのですぅ! 」
話しかけられる虚像は当然、何も答えません。そしてそんな彼に笑いかけるレムを見ているうちに【幻想】を、全てを知った『レモン』の人格はゆっくりと闇に飲み込まれていきます――。
◇◆◇◆◇◆◇
アリエルちゃん達がビスガリーナ男爵領に向かった日の夜。
「さすがに久しぶりのワンオペは疲れたのですぅ」
お風呂に入り終わったレムはうーん、と伸びをして、それからちょっとお絵描きがしたくなってスケッチブックと取り出します。
バックには冒険者ギルド。真ん中には紫髪の女の子、その右隣には青髪のソラちゃんにソラちゃんよりももっと深い髪色をしたお母さん。そして左隣には緑色の髪をショートカットにまとめたアリエルちゃんに、白髪のお父さん。
「レム一家の家族図のかんせーい、なのですぅ! 」
誰に言うともなくそう大声を出してしまって、レムは少し恥ずかしくなります。でも。描いた絵自体は恥ずかしいとは思えなくて、レムはその絵を優しく撫でてしまいます。
「魔女様はお母さん、ギルマスはお父さん、ソラちゃんはレムの彼女として……アリエルちゃんは何でしょう? 妹? それともレムとソラちゃんの娘? 娘だったら、あんなに可愛くて優秀な娘に、レムはママとして鼻が高いのですぅ。――いつか、こんな風に家族全員で集合できる日があればいいな、と思うのですぅ」
そう思いながらもレムだってそんなことが難しいことはわかっています。レムにこれまでの人生で一番優しくしてくれた人たちを、レムが勝手に『家族』と思っているだけで、この5人それぞれには何の欠点もないのですから。それぞれ別々の帰るべき場所があり、思い人がいるのです。だけど。
「いつか、ほんの一時でもいいから、家族全員でこの冒険者ギルドに集まれたらいいと思うのですぅ。ね、お父さんっ! 」
レムが満面の笑みで振り返ると、そこに立っていたお父さん――ギルマスも穏やかな表情で頷いてくれます。
「そう言えばこの前レムちゃんが久しぶりに夜這いに来た時――じゃないですぅ。夜にうちに遊びに来た時、なんでレムは概念魔法【幻想】の話なんかしちゃったのですぅ? レムはそんなもの、見たこともなければ一切関わったことがないのにですぅ」
独り言のようにそう呟いた疑問に、お父さんも首を傾げるばかりで何も答えてくれませんでした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。幻想編をお送りさせていただきました。◇◆◇◆◇◆◇の後のレムは一見凶器ですが、個人的にはお気に入りだったりします。
さて、ここでいつも読んでいただいているみなさんに謝罪を。この度、なかなか自分で面白いと思えるものが書けなくなってしまい、書けるようになるまでしばらくお休みをいただきます。まだ何も解決してないのでなるべく早く帰ってきたいとは思ってますが、またふと思いついた時にお立ち寄りいただけると嬉しいです。
それでは。またお会いできる日を願って。