第67話 幻想Ⅵ ギルドマスター
*6月10日、話数カウントを間違えていたためそこだけ修正しました。
その日からソラちゃんとわたしは何をするにも一緒にいました。わたし達が2人きりでいると【魅了】の効果も弱くなるのか、今までよりも人が寄ってくることは格段に減りました。
――と、いうかもうわたしとソラちゃんって既に彼女同士に見えてるんじゃ? だと嬉しいな。
そんなことさえ思っていた時期がわたしにはありました。でも、本ッ当に運命の女神と言うのはわたしの邪魔をしなければ気が済まないようで。ソラちゃんと仲良く経ってから1ヶ月もしないうちにソラちゃんは辺境伯令嬢のところに行くことになりました。なんでもソラちゃんの男性を魅了する不思議な力があると孤児院にいられないだろうから、と言うことで。
その時、わたしは辺境伯のことを恨みました。この泥棒猫が、と本気で怒りました。でも、孤児であるわたしがいくら抵抗しようとしたところで領主様の娘の決定は覆りません。結局ソラちゃんは辺境伯令嬢の下に行き、わたしはまた独りぼっちになってしまったのでした。
それから1年経ち、2年経ち、その時になってもわたしは孤児院で孤立していました。その時にはある程度自分で【幻想】をコントロールできるようになっており、自動的に魔法が発動して自分の意思に関わらず相手を【魅了】させてしまうようなことは殆どなくなっていました。でも、だからと言って今更孤児院の他の子を『家族』とみなすことなんてわたしにはできませんでした。この孤児院では15歳になると就職し、孤児院を出る決まりになっていました。そんな孤児院を出る日を、いつしかわたしは心待ちにするようになりました。入る前はあれだけ孤児院に入るのが楽しみだったのに。
そしていよいよ15歳が近づいてきた頃。わたしには1つの試練が訪れました。それは、就職先をどうするか、ということ。産業が斜陽に差し掛かっているランベンドルト領ではそこまで働き口の選択肢が多いわけじゃありません。女子だと商店の店員になる人か領主のお屋敷で使用人となる人が多い、というのでそこら辺を中心に見ていましたが、どこを見ても「何かが違う」と思って辞めてしまいました。
働き先が決まらないと孤児院を出ることができない。でも、どこを見ても「ここだ」と思うような働き口は見つからない。どうしたらいいんだろう、やっぱりわたしは普通に生きていくことすらできないのかな。孤児院を出る日がいよいよ1ヶ月に迫ったある日。わたしはその日も夜遅くまで就職活動をしては失意のまま真夜中の路上を歩いている時でした。
夜遅くなのに明かりがついている店が視界に飛び込んできます。この地域でこんな夜遅くまでやってるなんて何のお店なんだろう。気づくとわたしは吸い込まれるようにその店に入っていきました。
鉄製の重い扉を何とか開くと、そこは場末のバー、と言った雰囲気を醸し出していました。カウンター席に1人、テーブル席に1人、それぞれ手前にジョッキのようなものを置いています。客入りはそんなに良くなさそうな様子ですが、まあこの時間に加えてランベンドルト領のお店ですから、当たり前と言えば当たり前ですけれど。でも、がらんとしている薄暗い雰囲気に何故か、今のわたしは落ち着くことができました。
そしてカウンターの奥には燕尾服に身を包んだ白髪の老紳士が年齢に合わない鋭い眼の光でわたしのことを射るように見つめてきます。
「ここはそなたのようなか弱い女子の来るような場所じゃない。――何の用じゃ? 」
一方的な決めつけに、わたしはちょっとむっとしちゃいます。
「どうしてそんなこと決めつけられなくちゃいけないんですぅ? 大体ここは何なんですぅ? 」
わたしの疑問に白髪の老人は長い溜息を吐く。
「ここは冒険者ギルドじゃ」
その言葉にはっとします。孤児院に来る前、何度かだけ足を踏み入れたことがあるはずの冒険者ギルド。その場所の記憶があるはずなのに、なぜわたしは今まで気づかなかったんでしょう。そう思って改めて見回してみると、当時よりも大分さびれていることに気付きました。
「ここが冒険者ギルド、って顔をしているのぉ。まあそれも無理もない、か。魔法が使えないミレーヌ様が領主になってからこの領地からは冒険者だけでなく、ギルド職員もどんどん流出していった。今となっては残っているギルドの職員はギルドマスターの儂だけ。そして儂も、いつ天に召されてもおかしくない老いぼれじゃ。1人でできることに限りはあるし、もういっそのこと店じまいしようかとも思って居ったから、そう思われるのもむりのないことじゃの」
「そんなこと言わないでくださいよ、ギルマス。ギルマスは頑張ってきたじゃないですか。ギルドだけじゃ稼げないから昼間は飲食店、夜はこんな風にバーを併設してなんとかギルドを残そうとして。孤児だったところを冒険者のお兄さんに救われて以来、俺、ここが帰って来れる場所みたいなものなんです! だからそんな、ここを畳むとか言わないでくださいよ……」
唐突にカウンターに座っていた人が話に入ってくる。それを聞きつけて、さっきまでテーブル席に座っていた男性もカウンターの近くまでやってくる。
「僕もここがなくなるのは反対です。ここは俺達冒険者にとってホームなんです。ギルマスはみんなのお父さんみたいなものなんです。だから……」
「わかっとるわかっとる。そんなここ2、3日ですぐ畳むとか、そう言う気は儂も毛頭ない。だからそこは安心しておくれ」
老紳士の声にほっと胸をなでおろす2人の男性。そんな3人のやり取りを見ているとなんだかこっちまで心が温かくなってきた。
「随分と冒険者から慕われているんですね」
「ん? ま、まあな。先代のギルマスからこのギルドを引き継いだ時から、この冒険者ギルドは他地域に比べて規模が小さいからこそ、全員にとって帰って来れるホームのような存在であろうとしてきたからの。まあそのみんなにとっての家も、いつまで続けられるかどうかはわからないが……」
「――それなら、わたしをギルドの受付嬢として雇ってみる気はないです? 」
ぽろっと口から出てしまった言葉。わたしの予想だにしなかったであろう言葉に老紳士は当然、驚いたように目を見開く。
「ギルドの受付嬢って……そなた、儂をからかっておるのか? 」
「からかってなんかないのです。わたしは本気です。――わたし、ずっと『家族』とか『家庭』っていうのに憧れてたんです。でも、これまでの人生でそれがいよいよ手に入りそう、っていう時にうまくいかなくってずっと手放してばっかりで。『家族』だとか『家庭』だとか『帰ってくる場所』を失う怖さはわかっているつもりです。だから――もし叶うのならば、誰かの『家族』だとか『家庭』を守るような仕事がしたい。そしてゆくゆくは、ここはわたしにとっても『帰ってくるべき家』だと思えるようになりたい。ここではそんな、わたしの夢がかなえられる気がするんです。だから――わたしのことを雇ってくれませんか? 」
就職活動を続けている中で常に感じていた『何かが違う』と言う違和感。それが、今口にしたことでようやく氷解しました。これまでに見てきた就職先候補は何処も、わたしが欲しかった『家族』とはみなせなかったんだと思います。でも、冒険者ギルドなら、何かが違う気がする。そう思えたのでした。
わたしの真剣な表情を、しばしギルマスはぽかんとした表情で見つめていました。それからふっと表情を和らげて言いました。
「1ヶ月。1ヶ月間、試用期間を設ける。その上でそなたの気持ちが本気だと儂が判断したら、お主を雇ってやろう」
「はいっ! 」
その日。わたしは3回目の運命の出会いをしたのでした。