第63話 幻想Ⅱ はじめまして、お母さん
引き続きレモン視点です。どちらがいいのかわからないまま現在のキャラ名は伏せてますが、本編に既に登場している彼女の物語だったりします。
"お父さん"を一瞬にして消し炭にした後。"お父さん"のことを殺した魔女は何を思ったのか、心配そうな表情で地面に倒れ込んできたわたしに駆け寄ってきます。
「あなた、大丈夫? 」
そういってわたしの心配してくる人殺しの魔女に、わたしは沸々と怒りの感情が湧き上がっていました。
――なんでこいつはわたしの大切な"お父さん"を殺しておいて、そんなにすぐに切り替えられるの? わたしにとって、たった1人しかいない"家族"を殺しておいて平気でいられるの?
そう思うとわたしは叫んでました。
「近寄らないでよ、この人殺し! 」
いきなり大きな声を上げたわたしに人殺しの魔女はぎょっとした表情になります。
「人殺しって……自分で言うのも烏滸がましいとは思うけれど、私はあなたのことを助け」
「助けた? ふざけないでよ、わたしのお父さんのことを殺しておいて! わたし、まだお父さんから褒めてもらってない。お父さんから本当の家族の愛を貰ったことなかったのに……」
怒りだったはずの言葉は段々と涙交じりの言葉へと変わっていってしまいます。あー、かっこ悪いな、わたし。こんなところを"お父さん"に見られたら、また殴られてしつけられちゃうでしょうか。でも、そんな"お父さん"はもういない。そう思うと余計に辛くなってきます。
「なんで"お父さん"を殺しちゃったの? わたしの"お父さん"を帰してよ! いっつもわたしをボロボロになるまで酷使してはわたしのことをサンドバックみたいに殴りつけ、蹴りつけた、でもそうやってわたしに期待し続けてくれたお父さんのことを帰してよぉ……」
泣きじゃくりながらわたしは人殺しの魔女の体をたたきます。それに対して魔女はされるがままで抵抗してきませんでした。そんな魔女の表情は驚きと何とも言えない同情の色が入り混じっていました。
――なんでわたしの大切な人を殺した相手にそんな目で見られなくちゃいけないの? やめてよ……。
そう思っていると次の瞬間。魔女は意を決したような表情になったかと思うと突然、わたしの両肩に手を置き、まっすぐに見つめてきます。
「……あなた、あの男が本当に自分の"お父さん"・"家族"だと思ってるの? 」
「な、何を言ってるんですか? そうに決まって」
「いいや違うわね。精神干渉系の魔法に秀でていたあなたは、物心つく前にこの『教会』に連れ去られたのよ。あなたが"お父さん"だと思い込まされていた男はあなたの心をつなぎとめるためだけに、既に本当の父親は自分の手で殺してこの世にいないのに、面の皮が熱いことに自分が今度は"父親"を名乗っていただけ。そうすればあなたに言うことを聞かせ易いからね」
魔女のその言葉に、わたしは一瞬涙が引いちゃいました。
――"お父さん"が本当の"お父さん"じゃないなんて、なんでそんな酷いことが言えるの……?
そう思うと、さっきよりも多くの涙が零れ落ちてきます。
「う、嘘だっ! "お父さん"は確かにわたしのたった1人の家族だったし、愛されてはいなくてもわたしは"お父さん"に期待されていた! わたしから"お父さん"を奪っただけじゃなくって、"お父さん"の悪口まで言うなんてやめてよ……」
「いいえ、これが真実よ。だってあなたの本当の出身地である隣国の村で聞いた情報から、わたしは今回、ここの『教会』を潰すことを決意したのだもの。それに、殴ったり蹴ったりするのは愛でも期待の裏返しでも何でもない。そんなものを間とか期待だとか思うなんて、あなたは相当歪んでいるわよ……」
頭を抱えてぶるぶると震えながら、必死にそう訴えるわたし。でも魔女は追撃するかのように言葉を重ねてきます。その口調がまるで私のことを憐れんでいるようで癪に障りました。
「……ゆ、歪んでたって、なんだっていいよ! だってわたしに"家族の愛"をくれることができたのは"お父さん"だけだもん! だから、"お父さん"のことを返してよぉ……」
そう言いながらも段々と自信がなくなってきます。
――これまでわたしは幸せだと思っていたけれど、それは全て間違いだったのかな。これまでずっと"お父さん"のことを本物の家族だと思ってきたけれど、わたしの信じてきた世界は全て偽りだったのかな。
そう思うと、これまで信じていたものが音を立てて崩れ立てていくような気分になります。わたしは独りぼっち。家族なんて最初から、誰もいない。そうわかってしまった途端、得も言えない恐怖でわたしはぶるぶると体を震わせちゃいます。と、その時。
わたしは自分を包み込むような温かくて柔らかい感触に気付きます。見ると、魔女様がわたしのことをぎゅっと抱き締めていました。
「な、なんで……」
「自分でもわからないわよ! ただ――あなたのことを見ていると放っておけなくて、ついこうしてあげたくなっちゃったの」
「離して、離して! "お父さん"を殺した人殺しの魔女なんかに抱き締められるなんて……」
そう言ってじたばたと暴れながらも温かくて柔らかい魔女の腕の中が気持ちいと感じてしまっているわたしがいました。そんなわたしの本心を見透かしたかのように魔女はわたしの抵抗を起こることもなく、穏やかな表情をしていました。
「確かに私の手は血で濡れている、とても綺麗と呼べたものじゃないわ。でも――もしあなたが望むのなら、あなたが"お父さん"だと思い込まされていたクソ神父よりも遥かに本物らしい『家族の愛』をあなたに注いであげる。わたしが、あなたの"お母さん"になってあげる。だから、もし良ければこの愛を素直に受け取ってくれていいのよ」
その言葉を聞いた途端、わたしの中からこの人に抵抗しようという気持ちはしゅわっと、炭酸のように消えてしまいます。それだけその言葉は"家族の愛"に飢えていたわたしの心に、じんわりと沁みました。
「……なんであなたは、こんなわたしにそこまで言ってくれるの? だってわたし、あなたに対してものすごく失礼なことを……」
自分を卑下しだしたわたしはそれを最後まで言わせてもらえませんでした。魔女がわたしの唇にひとさしゆびを押し当てて黙らせてきたからです。
「子供がそんなこと言わない。子供なんだから、大人に、『親』に、多少の迷惑をかけるのが仕事のようなものでしょ
そう言われると私は口を噤まざるをえません。それから。魔女は首を傾げて考えるようなポーズをとります。
「でもなんでそこまで優しくしてくれるのか、か。そう改めて聞かれると答えに困るけれど……やっぱり結局は『何となく』かな。これまでいっぱいいっぱい傷ついて、歪んだ愛情すら抱かざるを得なかったあなたに幸せになって欲しかった。そんなあなたが幸せになれるお手伝いをしたかった。わたしはなんだかんだでハッピーエンドが好きなんだよ。とことん苦しんだ人にはやっぱり幸せになって欲しい。そうじゃないとこの世界は理不尽すぎてやりきれなさすぎる。だからわたしに、君が幸せになるお手伝いをさせてくれないかな」
そう言って魔女は手を差し伸べてきます。そんな彼女が浮かべた笑顔は、いつか"聖書"で読んだ聖母のように慈愛に満ち溢れていました。
「そういえば。あなたはなんていう名前なの?」
ふと魔女が聞いてきます。
「わたしは……レモン」
「レモン、か」
魔女はわたしの名前を咀嚼するように繰り返した後。満面の笑みを浮かべてこちらを振り向きます。
「へえっ。可愛らしい名前だね。――私はキャロ。これからよろしくね」
いつもお読みいただきありがとうございます。本連載を開始したのが3月の13日、ということで今日で連載から2ヶ月を迎えることができました。それまでの間毎日投稿を続けられてきたのは偏に皆さんが毎日読んでくださったり応援してくださったお陰です。本当にありがとうございます。
振り返るとこの2ヶ月間、本当に多くの「はじめて」を経験させていただくことができました。そろそろストックが心もとなくなってきて、いつまで毎日更新を続けられるかわかりませんが、これからもこの世界全体にまつわるファンタジーと各キャラの個別のラブコメを自分なりに綴っていく予定ですので、これからもご愛顧いただけたら嬉しいです。