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第61話 仇敵Ⅷ 今日がようやくスタートライン

 今回もミレーヌ視点です。

 それから。「治癒魔法は得意じゃないんだけどな」と言いながらも【原素】の力で魔女様はソラのことを助けてくれた。


「あの……改めてありがとうございます、あたしとソラのことを救ってくれて」


 一通り落ち着いてから。あたしは改めて魔女様に頭を下げるけれど、魔女様は手をひらひらさせただけだった。


「いいのいいの。"契約"だってミレーヌには何の責任がないんだし、それ以上に今回はわたしがミレーヌのことを助けたかっただけだから」


 魔女様があたしを助けたかっただけ。その台詞があたしの中で引っかかる。思い返してみると、『死なれたら困る』とも言っていた。確かに微々たるものとはいえ魔女様の魔力供給源であるあたしが死ねば魔女様は来年以降困るかもしれないし、その……それ以上にあたしが子作りして次の魔力供給源を生み出せなければ、それこそ魔女様はじり貧になる。そう言う意味で言えば、最初からあたしには『死なれたら困る』ある種の運命共同体なのかもしれない。でも、あの時の言葉はなんとなくそう言う意味じゃなかった気がする。


「魔女様があたしのことをそこまで気にかけてくれるのって、何か理由があるんですか? 生まれながらにして魔法が使えなかったあたしに対する同情……?」


あたしの問いに魔女様は少し恥ずかしそうな表情になる。


「確かにあなたに対する罪悪感は貴方に出会った時からあったわ。でも、今回助けたのはそれよりもずっと個人的な理由。アリエルさんに倒されてから色々と考えて、そして思ったの、アリエルさんとミレーヌって、わたしとお師匠様――うんうん、わたしとメロンの関係にそっくりだな、って」


「メロン、さん……? 」


「わたしに概念魔法【原素】を託してくれた人、わたしに魔女と言う生き方をくれた人、そして何より――これまで信じていた全ての人から棄てられたわたしを拾い、これからはもっと自分に素直に生きていいんだ、っていう『新しい自分』をくれた人。あの人が、今のわたしをくれた。メロンから『新しい自分』を貰ったはずなのに、わたしはいつの間にかそれに自分で蓋をしちゃってた。それをアリエルさんに叩き壊してもらって数十年ぶりに彼女がくれた自分を思い出せた。そこまで思い出して思ったんだ。ミレーヌも、アリエルさんに『新しい自分』を貰ったんでしょ」


 魔女様の言葉にわたしは少し躊躇いながらも、こくんと頷く。だって、『理想の貴族を演じるあたし』をくれたのはアリエル様であって、今のアリエルだとは断言はできないから。そんなあたしにお構いなく魔女様は話を続ける。


「もちろんミレーヌとわたしは違うわよ。メロンの場合はアリエルさんほど複雑じゃなかったし、わたし自身も自分に正直だったから。まあ自分に正直なわたし、っていう自分自身が、他ならないメロンがくれたわたしなんだけど。そんなわたし達でさえ、別れは唐突にやってきた。お互いに永遠に2人きりでいたいと思いながらも、別れの時はわたし達の感情と無関係に突然やってきた。


 そしてほんの少しのすれ違いでそんな大切な時間をわたし達は無為に過ごしてしまった。最終的にはお互い一応は納得した形で別れを迎えたけれど、今でも心残りがないと言ったら嘘になる。正直に言ったらもっとわたしはメロンと一緒にいたかった。だって、メロンはわたしに『新しい自分』『自分が心から肯定できる自分』をくれた、何者にも代えがたいお姉さんだったから」


 気づくと魔女様はまっすぐとあたしの目を見つめていた。


「ミレーヌたちの関係だってそうだよね? 元はと言えばわたしのせいだけど、魔法が使えないことで誰からも蔑まれていたミレーヌを救い、アリエルに進むべき方向、『なりたい自分』を指示してくれたのはアリエルさんなんでしょ。そんなアリエルさんのことを唯一無二だと思ってるんでしょ。だったら、いろいろと思う所はあるのかもしれないけれど、自分から手放したりなんてしちゃダメだよ。まだ2人きりでいることに手が届くなら、どんなに泥臭くたっていい、手を精いっぱい伸ばしてその関係を死守するべきだよ。


 そうじゃないと、わたし達みたいに気づいたら取り返しがつかなくなっている。時間は都合よく巻き戻せたりなんてしない。その時が来たら、きっと2人きりでいる時間を大切にしなかったことを後悔することになる。そんな目には、あなた達にはなって欲しくないの。大切な人と離れ離れにならなくちゃいけない辛さを、わたしは知ってるから」


 そこで魔女様はふぅーっ、と長い溜息を吐く。


「結局、わたしはミレーヌに昔の自分を重ねているだけなのよ。あなたに幸せになってもらいたい、っていうのはわたしのエゴ。でも、そのエゴをわたしはなるべく貫き通したい。だって、それがわたしの大切な人のくれた、わたしの大好きになれた『わたし』だから。――ミレーヌの貰ったミレーヌはどうなの? うじうじ考えて、遠慮ばかりするのが、本当にアリエルさんからもらったミレーヌなの?」


「それは……」


 アリエル様に出会ってあたしが思い描いた理想の領主なら、大切な人に手が届きそうなときにどうするんだろう。その人の幸せを思って諦める? 確かにそうするかもしれない。いや、違う。


「……確かに誰に対しても優しい。でも、だからと言って自分の幸せを諦めて空っぽの笑みなんて浮かべないと思う。いつも堂々としていて、諦めない、それもまた、あたしがアリエル様からもらった『あたし』」


「答えはもう出てるじゃん」


「で、でも! どうしたらいいっっていうんですか? やっぱりあたしはアリエル様のことが忘れられなくて、今のアリエルをアリエル様として見ることはできなくて、でもどっちも自分の元からいなくなっちゃうのは嫌で……」


 自分で言っていて欲張りな自分にうんざりしてくる。でも。


「欲張りでいいじゃん。キープしておく、みたいな感じだっていいじゃん。だってミレーヌは、貴族――辺境伯様なわけでしょ」


「は?」


あたしの良識とかけ離れた返事にあたしはつい、そんな声を漏らしちゃう。でも魔女様にふざけている様子はなかった。


「大切なものを失って二度と手に入れられなくくらいなら、それぐらいしたっていいと思う。そんなことをしても許されるくらい、今のミレーヌは立派な領主様になったでしょ。そして、『あなたのことをキープさせて』って言って、アリエルさんから断られたら断られたでその時はその時でしょ」


 いや、『あなたの子とキープさせて!』って、さすがにストレートすぎるでしょ。それで「うん」って頷いちゃう女の子はちょっと将来が心配になる。でも。


「悔しいけれど、言ってしまえばキープしておきたい、って言うことになっちゃうんですかね。少なくとも、今のあたしはアリエル抜きじゃ生きていけそうもないですし」


 これまでの魔女様との会話で、ベリーさんと対峙していた時でも最後まで残っていた心の迷いが完全に消え去った気がした。それが顔に出ていたのかな、嬉しそうに魔女様が目を細める。


「そうと決まれば善は急げ。早速ヘンリエッタ嬢とアリエルさんの所に乱入してこよう。そうじゃないと、アリエルさんはヘンリエッタさんに堕とされるのも時間の問題よ?」


「そ、そうでした……でも、乱入するって言っても」


「座標はもう設定済み。ミレーヌの気持ちが決まりさえすれば、今すぐにでもあなたのことをビスガリーナ男爵邸まで空間転移魔法で飛ばしてあげるわ。だから――わたし達が成れなかった分まで、幸せになる努力をしなさい」


 その言葉にあたしが大きくうなずいたのを確認すると、魔女様は早速詠唱を開始する。


術式定立(リアライズ)_転移(トランスポート)_対象選択(ロックオン)_PMG_到達点(ゴールサイト)_"ビスガリーナ男爵邸"_再現開始(リスターツ)


 詠唱を開始した途端、あたしの体はまばゆい光に包まれる。そして光が飛び散った瞬間、あたしは深刻な表情をして向かい合うヘンリエッタとアリエルの間に挟まるような形で転移に成功した。


 ――って、待ってこれ。今のあたし、思いっきり百合告白の間に挟まる女じゃん! ――って、そんなことはどうでもいい。


 あたしは驚愕の表情を浮かべるヘンリエッタのことを全力で無視してアリエルだけを見つめて、告げる。


「今のあたしには今のアリエルが必要なの! 女の子が苦手で、男装して、いつも不安げに檸檬色の瞳を揺らしていて。そんなアリエルがいないと寂しくて、何か物足りなくて、もう生きていけない体になっちゃったの! だから……あたしのことを棄てないで。あたしのことを選んでよ……」


 もっと堂々と、理想とした女領主として言うはずなのに、最後はアリエル様に出会う前のあたしらしい、泣き落としみたいになっちゃったな。でもこんなあたしも、領主としてのあたしも、全部あたし。それは、ソラがそうだって肯定してくれた。だから、アリエルも肯定してくれるといいな。


 そう、祈るように目をぎゅっと瞑って、涙をぼろぼろ流しながら待っていると。アリエルの優しい声が聞こえてくる。


「……お嬢様が求めてくださるのなら、ぼくはお嬢様の傍に居続けさせてもらいますよ。だって、ぼくにとっての初恋相手はお嬢様だけなんですから。それは、他の人がどんなにぼくに愛情を注いでくれても、絶対に揺らがない」


 あー、これが、この1週間、あたしがずっと欲していた人の子で、ずっと欲していた言葉なんだな。言葉が、体の奥底へとじんわりとしみこんでいく。


 ――でも、ちょっとだけ物足りないな。


 そう思って、あたしは口を尖らせて見せる。


「その呼び方、なんか嫌だ。あたしのことも名前で呼んで」


 あたしの我が儘にアリエルは一瞬困ったような表情を見せて、でもすぐにふっと表情を緩めて、やっぱりあたしの欲しかった答えをくれる。


「はい、ミレーヌ様!」


 この日。アリエルと出会ってずっと後ろ向きに進んでいたあたしはようやく前を向けた気がした。


 前言撤回。これはあたしが初恋を諦める物語じゃない。あたしが、本当に好きなものを手に入れに行くまでの物語。


 それがどんなものなのか、今でも憧れとしてある『アリエル様』と今のあたしにとっての必需品たる『アリエル』という本当に欲しいもの2つが両立しうる存在なのかすら、自分でもよくわかってない。それでも、あたしは手に入れてみせる。そうやって自分のしたいと思うことをできるのもまた、あたしがアリエル様からもらった、『理想の領主様』の生き様だから。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。と、言うことで3章でした。読んでいただければわかると思いますが、今回はアリエルはレムとヘンリエッタに、ミレーヌはレムとキャロにそれぞれ背中を押してもらって、2人の関係が近づく、という構図になってます。1章と対比させたラストになってますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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[良い点] シンプルにおもしろい!!
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