第60話 仇敵Ⅶ 【時】の覚醒
今回、全編ミレーヌ視点です。
それから始まったベリーさんとソラの戦いは魔女様とアリエルが戦った時と同じくらい、超常的だった。
【術式略式発動_超加速】
同時に詠唱したかと思うと。音速よりも早い速度に達した刃を撃ち合う二人の姿はすぐに常人には見えなくなる。そんな音速の応酬を続けること僅か十数秒。音速の世界から戻ってきた2人のうち、苦し気な表情をしているのはベリーさんの方で、ソラは息1つ上がってない。
「ベリー様! 」
そう悲痛な声を上げて回復魔法をかけるプロム王女。するとベリーさんの顔色は少しだけ元に戻った。
「じゃ、第2ラウンドと行こうか」
そして再び、鋭い金属音を響かせながら2人は刃をぶつけ合う。
それが何回続いただろう。最初の頃は戦いを見守るプロム王女は不安げでありつつもどこか勇者様に期待するところがあった。でもボロボロにされては回復を受けるベリーさんを見ているうちに、段々とその瞳に刺す絶望の色は強まっていった。
「な、なんなんですか、あなた達は。ま、まさか、あなた達が2人目の漆黒七雲客なんじゃ……」
回復する方も回復する方で息絶え絶えになりながらもそう言ってくるプロム王女。そんな的外れに未だに呼吸1つ乱していないソラとほぼ見てるだけのあたしは肩を竦めちゃう。どんなカウントしているのか知らないけれど、蒼弓の魔女様を知っているあたし達からすると漆国七雲客のカウントが"2人目"と言う時点で滑稽だし、そもそもソラが漆国七雲客と言っている時点で的外れもいい所。そう思ったのは同じみたいで、ソラは鼻を鳴らす。
「ボクをあんな魔女と一緒にしないでくれますかね。ボクは漆黒七雲客なんかじゃない。つまり、君達は勇者パーティーとか名乗っておきながら漆黒七雲客でもないしがない執事にすら負けるってことですね。それが分かったら、さっさと消えて、あなた達こそ金輪際ボクやアリエル達に近づかないでくれますか? そうしたら命だけは助けてあげますから。さっさと王都に帰ってママにでも慰めてもらったらどうですか? 」
相当イラついているらしくソラの口の悪さが天元突破してる……。それに苦笑しながらベリーさんの方を見ると。
「私から世界でただ一人の好きな人まで奪って、今度は私の勇者としての『強さ』のアイデンティティも奪う気ですか? 本当に私のことを苔にしてくれますね、あなた達って人は」
そう苦しげに言いながら立ち上がるベリーさん。その体はもう回復が間に合ってなくてボロボロで、とてもソラと戦えるような状況じゃない。きっと口だけだろうな、そうソラとあたしが思った次の瞬間だった。
【概念構築_停止_再定義開始】
聞き慣れない詠唱があったと思った次の瞬間。あたしには何が起こったのかわからなかった。
それまで地面に這いつくばっていたはずのベリーさんがいつの間にか起き上がってソラの背後に回り込んだかと思うと、ソラに気づかせる余裕も与えずに大きくソラの背中を切り裂いた。ほとばしる鮮血に、これまで傷1つ付けられなかったソラは驚愕の表情は一変する。そして、はじめて地面に膝をつくソラ。目の前で起きていることがあたしには理解できなかった。だって、ソラはこれまで全てのベリーさんの攻撃を読み切った上で躱してきた。そんな状況で全く悟られずにベリーさんがソラの背後に回り込めるはずがない。自分以外の時を止めたりしない限り。
その可能性にすぐにソラも気づいたみたいだった。痛みに苦渋の表情を浮かべながらも言う。
「概念魔法【時空】――。クラリゼナ王国の勇者であるあなたのことだから何かしらの概念魔法を持っているとは思ったけれど、まさかあなたが最も厄介な概念魔法の1つたる【時空】の使い手だったとはね」
そんなソラの言葉をベリーさんは無視して詠唱する。
【概念構築_回帰_対象選択_me_再定義開始】
次の瞬間、ボロボロだったベリーさんの体が、まるで戦いそのものがなかったかのように修復していく。そしてさっきの戦闘で失ったはずの魔力までもが回復しているのが目に見えてわかった。
「マジかよ、まるでゾンビじゃん」
ソラがそう毒づいた次の瞬間。今度は純粋な超スピードでベリーさんは斬りつけてくる。そのスピードにソラはついていけなかった。加速、時間概念を含むそれ自体もまた【時空】――時間と空間と言う強力すぎる2つの概念を司るベリーさんに分は今やある。
今度はソラの肩から血が迸る。
「ソラ! 」
いても経ってもいられなくなってソラのもとに駆け寄っちゃうあたし。でも、駆け寄ったところで魔法が使えないあたしにはプロム王女のようにソラを癒してあげられない。そうしているうちにソラの体からはどんどん血が流れていき、生気が失われていく。
「ご主人様……に、げ、て……」
「嫌だよ! ソラはずっとあたしのことを好きな人として見ていてくれるんじゃなかったの? こんなところでお別れだなんて嫌だよ! 」
ソラの手をとって泣きじゃくるあたし。そんなことをしたところでソラが回復するわけでもなければベリーさんが追撃の手を止めてくれるわけもない。むしろあたしの涙は完全に暴走したベリーさんを更に喜ばせるだけだった。
「これでアリエルさんに近づく虫けらを2人処理できる。私は強くなって、アリエルさんに好きになってもらえる人間に一歩近づけるんだ」
誤作動を起こしたからくり人形みたいな不自然な高笑いをしながらベリーさんが真剣をあたしに向かって振り下ろした、まさにその瞬間だった。
「だーかーら! 時間停止できるのはあなただけじゃないって何十年も前から言ってるでしょ」
【概念構築_臨界招来_種別選択_絶対零度_対象選択_"勇者"_再定義開始】
聞き覚えのある声に聞き覚えのある詠唱があったかと思った瞬間。ベリーさんのいる半径1メートルが凍り付き、一瞬にして砕け散る。
そう、戦いに乱入してきた彼女は……。
「……蒼弓の魔女様? なんでここに……」
「なんでって、あなた達のことを助けに来たに決まってるじゃない。あなた達から魔力供給を受ける代わりにこの領地を、そしてあなた達のことを命がけで守る、契約だしね」
「で、でも! アリエルがあんなにこてんぱんにしちゃったのに……」
あたしがそう口にした途端、魔女様は苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「まああれはね……。気にしていないと言ったら嘘になるけれど、真正面から叩き潰されてむしろすっきりしたというかなんというか」
「えっ、魔女様って実はドMだったんですか? 魔女のMはマゾのMだったんですか? 」
「ちがーう! それにそこの転生者が死にかけてるのにそんなくだらないネタ言わないの。大体、あなたのおじいさんと交わした"契約"がなくっても、あなた達には死なれたら困るなって思っちゃったのよ。あなた達には幸せになってもらわなくちゃいけない、って思っちゃったのよ。だから、ミレーヌが不幸になるような結末になって絶対しない。そこの転生者も、もちろんミレーヌも、わたしが絶対に救って見せる」
そう言う魔女様の背中は、これまでに見た中で一番頼もしかった。と、その時。
【術式略式発動_回帰】
詠唱と共に氷結して砕け散ったはずのベリーさんが再生する。
「ほんと次から次へとしぶとく邪魔してくるね」
「しぶといのは君達の方じゃないの? 全く、どれだけ私とアリエルさんの仲を邪魔すれば気が済むのさ! もう放っておいてよ! 私の邪魔をしないでよ! 」
【概念構築_停止_再定義開始】
【概念構築_臨界招来_種別選択_絶対零度_再定義開始】
時間概念として時を『止める』魔法と全ての物質を『止める』魔法。同時に展開された同一効果を持つ魔法は対消滅によってそれだけでは決定打にならない。戦いの勝敗は次の一手で決まる。それは、他ならない戦っている当人が一番わかっていた。
【術式略式発動_神速】
次の術式を展開したのはベリーさんの方だった。瞬間移動と言っても差し支えない速度で魔女様に切りかかるベリーさん。でも、その刃は魔女様に届くことはなかった。魔女様に届くギリギリのところでベリーさんの体は止まり、見えない何かに絡めとられるように身動きが取れなくなる。
「……あなた、王国最強を名乗るくらいなら魔法の勉強を少しはしたら? どっかの脳筋執事とかのイレギュラーじゃない限り【臨界招来】を使われたら負け確だなんて、魔法学園の卒業生だったら誰だって知ってるわよ? と、言ってもあなた達の場合は誰もそんなことを教えてくれなかったんだっけ。魔術師じゃないあなたは特に」
そう言いながら動けなくなったベリーさんに照準を定めて魔女様は蒼い弓をゆっくりと引く。弓には複合魔法【神鳴】で生成された矢が据えられていた。そしてそれがベリーさんに命中した途端。辺りがまばゆい光に包まれ、それが晴れたかと思ったら。
「……逃げられたみたいね」
ベリーさんとプロム王女は忽然と姿を消していた。
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