第59話 仇敵Ⅵ 狂気に突き動かされた勇者パーティー
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でベリー視点→ソラ視点に変わります。
辺境伯の話を聞いているうちに、私は段々と耳と塞ぎたくなってきた。
アリエルさんに好意を向けられた? アリエルさんに好きって言ってもらった? その1つ1つの言葉が、アリエルさんの正妻のように振舞う態度が私には鼻について見えた。そう思うのがただの嫉妬だってことはわかっていた。私は何カ月もアリエルさんと一緒にいられたのにアリエルさんと別れる直前になし崩し的に本当の気持ちを漏らしちゃうことぐらいしかできなかった。アリエルさんに告白する勇気がなかった。そして今も、アリエルさんに会う勇気がない。『アリエルさんのことを手放したくない』なんて言う勇気は、感情をさらけ出すことが苦手な私にはとてもとても言えない。そんな自分にはできない形で、まっすぐにアリエルさんに対する気持ちを表現できるこの人が、私は羨ましいだけなんだ。でも、でもさ。
――私の方がずっとずっと前からアリエルさんのことが好きだった! アリエルさんに相応しい『勇者』になるためにアリエルさんと一緒に冒険をしていた時も、アリエルさんと離れ離れになってからも、ずっと頑張ってきた。アリエルさんの戻って来れる場所だって2人きりになりながらも必死に守ってきた。だけど、チェリーにしてもこの辺境伯にしても、なんで私の好きな人を取ろうとするの? 私にはアリエルさんしかいないのに。
そう思った次の瞬間、私の中で何かが吹っ切れた。
――そうだ。アリエルさんは優しい。それがアリエルさんの素敵なところだけど、その優しさは人を勘違いさせ、時にアリエルさんのことを汚す毒虫を生み出す原因となる。それなら――アリエルさんが優しくしなくちゃいけない人を全部消し去ってしまえばいい。目の前にいる辺境伯も、チェリーも。私と2人きりの世界になれば、アリエルさんは私だけに優しさを注いでくれる。アリエルさんが毒虫にかどわかされて変な気を起こすこともなくなる。
そう思っちゃった私は、一度地面に堕とした剣を拾い上げて詠唱を開始する。
【術式定立_物質転換_対象選択_MWS_変換先_金属_再定義開始】
◇◆◇◆◇◆◇
話は少し戻って十分前。ボク・ソラはプロム王女と2人きりで応接間に残されていた。なんでもベリーさんがご主人様と2人きりで決闘をしたいと言われたからだ。
こいつがアリエルに女性恐怖症を植え付けた張本人か……。そう思うと今すぐにでもぶっ殺したい衝動に駆られる。【対女性特効】を持っているボクなら回復術師で戦闘能力も高くないこの女を殺すことなんて、赤子の手をひねるように簡単なことだった。
でもボクはその願望を必死に抑え込む。いくら大切な後輩に酷いことをしたと言っても、相手はこの国の王女の1人。そんな王族をご主人様の臣下であるボクが殺したとなれば、その罪はご主人様にも波及する。そんなバカな真似は絶対に避けなくちゃいけなかった。だから今できることと言えば、せいぜいプロム王女が変な気を起こさないように見張ることくらいだった。
「ソラさん、でしたっけ。なんか目つきが怖くないですか? わたしが王族だから気を遣っている、と言うことならば、もっと楽にしてくれていいんですよ」
微笑を浮かべながら言ってくるプロム王女。そんな王女にボクは緊張を張りつめたまま
「元からこういう目つきなので」
とそっけなく答える。そうするとプロム王女は「そうですか……」と思った以上に呆気なく引き下がった。
「ときにソラさん。あなたは今、アリエルさんが今、どこにいるか知ってるんじゃないですか? 」
アリエルの居場所を尋ねてきた途端。ボクの中の警戒度が一気に上がる。
「そんなことを聞いてどうするつもりですか? まさかアリエルがあんなに衰弱するまで追い詰めたあなたがまさか、昔の仲間に一目会いたいから、とか言う理由でアリエルの行先を尋ねるわけがない……ですよね」
ボクが鎌をかけるとプロム王女は心底気持ち悪いようなものを見るような目つきになる。
「当たり前です。あのゴキブリ、神聖な『双翼』のお2人の間に入り込んで滅茶苦茶にしたのでは飽き足らず、永遠を誓い合ったお2人を決裂させてしまった。あんなゴキブリがまだ生きているなんて、許されないことだと思いませんか? チェリー様とベリー様の尊い関係が、あのゴキブリのせいで滅茶苦茶にされたんですよ? そんなゴキブリにこれ以上ない苦しみを与えて殺すことこそが、この世界にとって良いことだとあなたも思いませんか? 」
「あなたがアリエルを手にかけたことをベリーさんは……」
「もちろん知りませんよ。だから、あなたから言ったりもしないでくださいね。ああ見えてベリー様は繊細な方なんです。勇者様にはパートナーであるチェリー様との仲と、勇者としてのお勤めのことだけを考えていてほしい。余計な害虫駆除のことなんて耳に入れて勇者様のお気持ちを乱させるわけには行きません」
今すぐにでもこいつの脳みそを勝ち割りたくなってくる。でも、それをぐっと抑え込んでもう一つだけボクは尋ねる。
「知ったところでどうするって言うんですか? 決闘って言ってもせいぜいあと数十分もすれば終わる。そんな僅かな時間では、戦闘向きの能力をあまり持たない王女殿下ではアリエルの居場所を知ったところでアリエルに手を出せるとは思いませんけれど」
「それは御心配なく。座標さえわかれば遠隔魔法でたっぷりと苦しみを与えた後で、今度は空間転移魔法で自らわたしが赴いて、今度は自分の眼であのゴキブリが息絶えるところを見届けますから」
そこでボクは理解した。あー、こいつは生かしておいたらヤバいやつだ、って。
「あなた、本当に人の心がないの? 見逃してあげるつもりだったけれど、やっぱりあなたを生かしておくのは危険すぎるわね」
そう吐き捨てるように言って、あたしは詠唱を開始した。
【術式略式発動_疾風】
王女なんてすぐにひねり潰せる。最初はそう思っていたけれど、プロム王女は戦闘能力が殆どない代わりに逃げ足だけは速かった。単純な脚力って言うよりも幻惑系統でボクの追撃を邪魔してくる魔法の引き出しが豊富過ぎた。ちょっと厄介だな、とは思う。ボクには【対女性特効】があるから相手が女子でさえあれば真正面から突っ込んでくる脳筋が一番やりやすい。まあ蒼弓の魔女みたいに【臨界招来】を使われると単純な力比べでも厄介なこと極まりないんだけれど。
と、内心で毒づきながらもボクには焦り1つ無かった。魔力量・体力共に転生者であるボクの方が上。じわじわと相手の体力と魔力を削りながらならすぐにへばるでしょう。そう思いながらもう一度【疾風】でプロム王女のことを吹き飛ばすと。
プロム王女は中庭を囲う生け垣を通り越してしまう。それまではまだ良かったんだけれど、そこで対峙していたベリーさんとご主人様を見て、ボクのうなじに汗が浮かぶ。
――まさか、誘導された?
ちょっと混乱しかける。そんなボクを尻目にベリーさんの近くまで吹き飛ばされたプロムは怯えたような目でベリーさんに縋る。そんなプロムの体には複数の打撲痕があった。
「ベリー様助けてください。あの青髪執事が何の理由もないのに、いきなり私のことを攻撃してきたんです」
その事実誤認を招く言い方にボクは我慢できなくて口を挟んじゃう。
「嘘を吐くのはやめてくれませんか。あなたにはアリエルが世話になったからいろいろ言いたいことはあったけれど、この屋敷の中で変なことをしない限り見逃して上げるつもりでした。でも、あなたはボクの後輩に多大な精神的外傷を負わせただけでは飽き足らずに転移魔法で殺しに行こうとした。そんなの、流石に見過ごせるわけがないでしょう」
――まあご主人様も明らかにピンチだったし、これは案外結果オーライ、か。
そう思うことにして、ボクはご主人様を庇うようにして立って狂気じみた目の光を放つベリーさんと覚えた風に見せるプロム王女のことを睨みつける。
「プロムさん、いつものように回復と強化魔法でのサポートをよろしく」
「ご主人様は絶対に前に出ないでください。ここはボクが引き受けます」
そして次の瞬間。ボクの常備している果物ナイフとベリーさんの真剣がぶつかり、火花が散った。