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第50話 来訪Ⅱ ギルド嬢の初クエスト

「改めまして。わたしはヘンリエッタ。ビスガリーナ男爵家の元第1令嬢にして、今はもう家督を継いでいて男爵やってます。この地方の領地のミレーヌとは貴族令嬢友達で、ミレーヌからアリエルちゃんのことを聞いててね」


 お嬢様のお友達……じゃあ、お嬢様からの迎えがようやく来たってこと? そんなぼくの淡い期待は、次のヘンリエッタ様の言葉で呆気なく崩れ去る。


「あ、でもわたしがここに来たのはミレーヌに頼まれたとかそういうことじゃなくって、単純にわたしが気になったからだから。それにしても、アリエルちゃんは噂に聞いてたように可愛いね。お持ち帰りしたくなっちゃうくらい」


 お持ち帰りしたくなっちゃうくらいかわいい……女の子で在りたくないぼくにとっては微妙な言葉だな。というか、お持ち帰り自体命の危険を感じざるを得ないし……。


「そんな与太話はいいのですぅ。ギルドに依頼があるならさっさと用件を済ませてほしいのですぅ」


 痺れを切らしたようにカウンターから言ってくるレムさん。本当、レムさんは相手が貴族でも物怖じとかしないなあ。

 レムさんの言葉にヘンリエッタ様も「おお、怖……」と大袈裟に震えて見せていた。


「本当はもっとアリエルちゃんとなかよし度を上げてから以来の話に移りたいんだけど、怖いギルドの受付嬢のお姉さんもいることだし、本題に入ろうか。今回、この冒険者ギルドに依頼したいことは1つ――それは、わたし達が自分の領地まで帰るのを、この冒険者ギルドが擁する最強の冒険者に護衛して欲しいの」


 要人や商人の護衛。それは冒険者にはありがちなクエストの1つ。だけど……。


「ここまで来るまでの護衛はどうしたんですぅ?復路だってその人達に頼ればいいと思うのですぅ」


 レムさんのもっともらしい意見にヘンリエッタ様は首を横に振る。


「それが行きは状況が変わる前だったから追加の護衛とか連れてきてないの。あなた達も『魔王』復活の話は聞いたでしょ」


 魔王。その単語の登場にぼく達はごくり、と唾を飲み込んじゃう。


「実際に魔王と遭遇した時、それが伝承にあるような300年前の封印から蘇った本物であるならば、当然BランクとかAランクの冒険者なんかで太刀打ちできるわけがない。そうだとしても、ある程度の優秀な戦闘要員が力を合わせることで生存確率が高まると思うの」


「転移魔法で帰るとかはできないのですぅ? 」


「難しいわね。転移魔法で帰りきるには人数も荷物も多すぎる。まあ実際はそんな大したこと起きないと思うし、危険報酬もつけるから報酬は弾むわ。だから――あなた達の中で最強の、ヒュドラを単騎討伐したアリエルちゃんをしばらくの間だけ、貸してくれないかしら」


 えっ、ぼく……?


 次の瞬間、レムさんとトニーさんがぼくを庇うように前に出てくる。


「あ、アリエルちゃんは冒険者じゃなくてギルドの受付嬢なのですぅ。貸す貸さない以前の問題なのですぅ」


「そうだ。ヒュドラ単騎討伐は知らないし魔王に遭遇した時に何ができるかはわからないが……このギルド最強の冒険者を指名するなら、俺達『黄昏の宝具』が引き受けるっていうのが道理だろ」


 2人は『戦えなくなったぼく』の存在意義を見出せなくて悩んでいるのを知ってるから庇ってくれてるんだろう。それは嬉しい。でも、ぼくの代わりに『黄昏の宝具』にまた無理をさせるなんて……漆黒七雲客の恐ろしさを知っているだけに、それは気が引けた。


「確かに最近のトニーくん達の戦果は目覚ましいものがあるね。正直、s -ランクモンスターを単騎討伐した冒険者の力を頼ってきたところが大きかったんだけど……戦いたくない女の子を無理に戦わせる趣味は自分の領民以外に対してでもないし、そもそも依頼主が女の子であるわたしの時点で無茶を言っちゃってたか。本当、変なこと言っちゃってごめんね。


 そして、無理やり戦わせたくないのはトニーくん達も同じ。もしかしたら危険になるかもしれないこの依頼を、本当に受けていいの? 」


「ああ、冒険者が死を恐れてられるかって言うんだ」


 トニーさんは気丈に振る舞うけど、ぼくとレムさんはつい不安げな瞳でトニーさんのことを見つめちゃう。それにトニーさんもすぐに気づいたようで、ぼく達を安心させようとウインクしてくる。そのウインクがぎこちなくて余計に不安に思っちゃう。


 ――依頼主のヘンリエッタ様と一緒にいるのは怖いよ? 想像しただけで気分が悪くなる。でも、だからと言ってせっかく助けたトニーさん達をまた見殺しにするなんてそんなの、なんで助けたんだかわからなくなる。


 結局、その気持ちが女性恐怖症に勝った。ぼくはレムさんの方に向き直って尋ねる。


「レムさん、ギルド嬢のお仕事って1週間くらい休んでも大丈夫ですか? 」


 ぼくの言葉にレムさんははっとする。でも、すぐにふっと表情を和らげる。


「それがアリエルちゃんの選んだことなら、レムはアリエルちゃんの家族としてその選択を尊重するのですぅ。そして、みんながいつ帰って来てもいいようにこのギルドはレムが守るのですぅ。だから安心して、たんまりと稼いできやがれ、なのですぅ」


「ってことは、アリエルちゃんも来てくれるの? 」


「はい。『黄昏の宝具』の皆さんと一緒に、なるべくぼくに近づかないでいただけるなら、という条件付きですけど」


 ぼくのその答えに、ヘンリエッタさんの表情はぱっと明るくなる。


 そうして、ぼくのCランク冒険者として初めてのクエストが決まったのでした。




 翌日の早朝。ぼくは迎えに来たヘンリエッタ様御一行の馬車に乗り込んだ。馬車は全部で3つ。一番前の馬車にヘンリエッタ様直轄の騎士が乗り込み、真ん中がヘンリエッタ様。そして一番後ろがぼく達ランベンドルトの冒険者5人が乗り込むことになった。


 お世辞にも広いとはいえない馬車の中に男性4人と放り込まれる。ぼくは別に男性恐怖症とかは無いから別に男の人の近くにいること自体で動悸が早くなったり息が苦しくなったりすることはない。でも、男性のことはどうしてもどこか『異性』と認識しちゃう自分がいるもので。


 『黄昏の宝具』のうち、トニーさんとジャックくん以外の2人はほぼほぼ初対面。ヒュドラから幼いジャックくんだけ逃がそうとしたりと悪い人じゃないことはわかってる。それでもふと体が触れるとちょっと気まずい雰囲気になったり、馬車の中でどういう女の子がタイプだとかどこどこの風俗店の誰誰が可愛いとかって言う男の子っぽい話題になると1人だけ隅によって聞かないようにするしかなかった。別に今のぼくは女の子のつもりはないけど、その手の話題は楽しいと思えないし、なるべく耳にしたくない。


 そしてランベンドルトを出てから3時間後。最初の休憩地点に着いた時には既にぼくは精神的にぐったりと疲れちゃっていた。


「アリエルの姉……じゃない、兄ちゃんはランベンドルト領の外に出たことあるか? 俺、これがランベンドルト領の外に出るのははじめてだから、来たことのない街に来るなんてワクワクしちゃって! 」


 そう目を輝かせるジャックくんの元気が羨ましい。少しでも元気を分けてくれないかな……なんて思っているうちに、ジャックくんはどこかへと消えていった。着いて来るって決めたのはぼくだし、1人でどうにかするしかない、か。噴水を取り囲む淵に1人で腰かけ、そう諦めて溜息をつくと。


「今、ちょっといい? 」


「うわっ! 」


 ぬるっとヘンリエッタ様が出てきて、ぼくは大袈裟にリアクションをしちゃった。


「ちょっと、人のことを妖怪が出たみたいに言わないでよ」


 そう頬を膨らませて言うヘンリエッタ様。そんな彼女には近くの喫茶店で買ったのか瓶入りの飲み物がなぜか2つあった。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。気づいたらもう50話ですか。プロローグもあるので部分としては第51部分なのですが、節目なので少し小ネタを。


 3章で初登場したヘンリエッタは『GUNSLINGER GIRL』の主人公の名前が耳に残っていたから、という理由で元々はイタリアの男の子によくある名前を女の子の名前として使いました。そういう男女のどちらかに多くある名前を特別な意図なく男女逆転して付ける、というのは本作では珍しいことだったりします。例えば特殊事情のあるアリエルとソラが特に顕著ですが、どちらの名前もどのような性別でもあり得る名前にしたんですよね。あと1つ名前ネタはあったりしますが、それはまた機会があれば。

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