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第46話 転職Ⅰ 行き場を失った元魔法騎士

 めちゃくちゃ遅刻しちゃいましたが更新です。

 泣きじゃくって行く宛てもなく森を走り回ったぼくは直に体力が尽きて、大きな樟の根元にへたり込んじゃう。空を仰ぐと雲一つない月夜だった夜空はどんよりと曇っていて、そこには星の光が一筋も見いだせない。


 ――失恋して希望の光を見失ったぼくの心みたいだな。


 そう思うと口から自嘲が漏れ出す。それから。夜明け前からしとしとと降りだした雨の一部は時々樟の枝葉を通り抜けてぼくの体を濡らし、徐々に体温を奪っていく。大好きな人に嫌われちゃったんだ、もう生きてる意味なんてないよね。なら、ここで死んじゃうのも悪くないかな。そんなことを思いながら、どれほどの時間をそのまま過ごしていただろう。


「こんなところにいたぁ! なのですぅ! 」


 瞼を閉じかけたぼくに、レムさんが開いた傘を差しだしてきた。




 レムさんに助けられたぼくは一先ず冒険者ギルドの二階にある個室に案内された。


 1人きりになり、タオルを貸してもらったぼくはそこでびっしょりと濡れて重くなった燕尾服を脱ぎ捨てて、冷え切った女の子の身体から水気を拭きとっていく。いつもだったら凹凸のはっきりした女の子らしい自分の身体を見るのが嫌でぱぱっと拭いちゃうところ。でも今は、そんなことが比較的どうでもよくなっていた。ゆっくりと素肌に押し当てる純白のタオルはふんわりとしていて、微かに花の香りがして、心まで冷え切ったぼくの心には染みた。


 と、その時。ノックもなくドアが勢いよく開け放たれる。


「アリエルの兄ちゃん! 着替え持ってきたぞ。なんか男物と女物どっちも渡されたけど、なんで女物持って行くように言われたんだろうな。……って、うぎゃぁ! 」


 ぼくの身体を見た瞬間。悲鳴を上げてノック無しに入ってきた人物――ジャック君はのけぞる。そんなジャック君に裸を見られてぼくも赤面しちゃう。


 ……悲鳴を上げたいのはこっちだよぉ……。




 それから。ジャック君には一旦部屋から出てもらって着替えを済ませたぼくはジャック君と共にレムさんが待っている1階の応接室へと向かった。結局、ぼくは下着だけ女の子のを付けてそれ以外は男性冒険者用らしき衣服に袖を通していた。


 レムさんの所に向かう間。ぼくとジャック君の間には気まずい空気が流れる。


「……アリエルの兄ちゃん……いや、『姉ちゃん』か……って、女の人だったんだな」


 胸に巻き付けるものまでは着替えに入っていなかったからせいぜい女物の下着でしか包まれていないぼくの胸の贅肉から目を逸らしつつ、ジャック君がそう聞いて来る。その問いに、ぼくは答えに迷う。


「お姉ちゃん、よりお兄ちゃん、の方がまだいいかな。ぼく、女の子だとは思われるのは嫌いだから」


 そう答えながら、ぼくの心は少し揺れていた。さっきだって男の子に素肌を見られたの、年頃の子らしく恥ずかしかったし。そう思っていると。


「そっか。でも、男子に着替えを見られるのはその……嫌なんだろ」


 ピンポイントで追撃してくりゅぅ!


「そ、そうだね。今までそう言うシチュエーションになったことが無かったから意識したことがなかったけれど」


 魔法学園は男女別が徹底されていたし、勇者パーティーにいた頃はそもそも女の子しかいなかった。そしてお屋敷ではせいぜい着替え中に入ってくるのは同類のソラ先輩くらい。思春期になってから男の子にお着換えを見られるなんて言うシチュエーションはそもそもありえなかった。


「でも……着替えている時に女子に見られるのもイヤなんだろ。多分自分が行くとアリエルの姉……兄ちゃんがパニックになっちゃうから、って言われて、俺が着替えを届けることになったんだ」


 なるほどね。確かにまだ恐怖心の抜けきっていないレムさんに素肌で無防備なところにいきなり入り込まれたら失神していたかもしれない。そう言うところ、やっぱりレムさんはいろいろ気が回る。


「って、そもそも論、なんでジャック君がレムさんのお手伝い……みたいなことをしてるの? 」


「あーそれはな。アリエルの兄ちゃんも知っての通り、今、俺達『黄昏の宝具』は前衛メンバーが負傷していてまともに動けないだろ。だから一時冒険者稼業休業中なんだけど、そんな時にレムの姉ちゃんが『黄昏の宝具』の動けるメンバーに人探しクエストを斡旋してくれたんだ。それが、アリエルの兄ちゃんを見つけ出す、ってクエストだったってわけ。そしてアリエルの兄ちゃんが無事に見つかった後も、別にやることがある訳じゃないから姉ちゃんを手伝ってるんだ」


「そうなんだ。ありがとね」


 ぼくのことをジャック君も探してくれた。そう聞いた瞬間、嬉しさでボクの心はいっぱいになって、素肌を見られたことも忘れてぼくはジャック君の頭を撫でちゃう。


「こ、子ども扱いすんなよ! 」


 そう口では抵抗しながらもまんざらでもなさそうな表情をするジャック君が少し可愛くて、つい微笑んじゃう。そんなことをしているうちに

ぼく達はレムさんが待つ応接室に着いた。



 レムさんから一定程度距離をとった斜め向かいにぼくが座り、その隣にジャック君が座ったのを確認すると、レムさんは話を始める。


「アリエルちゃん、大体の話はソラちゃんから聞いていて、ソラちゃんからアリエルちゃんのフォローをするようにレムは任されているのですぅ。今回の一件、客観的に見るとミレーヌ様が100%悪いと思うのですぅ。アリエルちゃんは何も悪くないし、自分にできることを頑張った。そして心が落ち着いたミレーヌ様だって、きっとそのことはわかってるのですぅ。だから、アリエルちゃんが気にすることは何もない。もう一度面と向かって話せば、すぐに仲直りできるはずなのですぅ」


 優しい口調で言ってくれるレムさん。でも今のぼくは、そんな優しい言葉を素直に受け取れなかった。


「……違うんです。お嬢様は何も悪くない。悪いのは全部ぼくなんです。過去の自分を続ける責任なんてとれないのに中途半端に過去の自分に縋って、それでいて一方的に自分の愛を押し付けて、お嬢様の純情を滅茶苦茶にした。ぼくには、もうお嬢様に合わせる顔なんてない……」


『あたしの前から、今すぐ消え失せてよ』


 あの時の台詞が脳裏を過った瞬間に、ぼくは泣きそうになっちゃう。でもその気持ちのやり場は何処にもなかった。今のぼくでお嬢様を好きにさせて見せてよって言ってくれたのも、ぼくが領主としての執務を手伝うようになって見せてくれた笑顔も、ぼくの手料理を美味しいと言ってくれたのも、全部あれはお嬢様が優しすぎた故の嘘。ぼくが鈍感で、弱いせいで吐かせてしまった嘘。もう二度とぼくの顔なんか見たくない、あの夜に吐露した感情が、ぼくが大嫌いな昔の自分に今も恋し続けるお嬢様の、本心なんだ。そう思うと、ぼくにできることなんて何もなかった。


 それでも、涙がこらえきれなくなって俯いたぼくは、ふるふると手を震わせる。だけど、その手は誰かに優しく握りしめられる。はっと顔を上げると、ジャック君の小さな、でも温かい手がぼくの右手を包み込んでいてくれた。それを見て、レムさんも優しげな表情のままうなずく。


「まあソラちゃんから何がなんでもアリエルちゃんをお屋敷に連れ帰れ、なんて言われてないので、アリエルちゃんが帰りたくないんだったらいつまでもここにいればいいのですぅ。1人分の衣食住や仕事ぐらい、レムがなんとか斡旋してあげるのですぅ。そして、ミレーヌ様に会いたくなったら会いに行けばいいし、ミレーヌ様のことを諦めたいなら、諦められるまでここにいればいいと思うのですぅ」


 レムさんのその言葉に再び涙がこみ上げてきちゃう。でもその涙の意味は、さっきまでと全く違うものだった。

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