第2話 追放Ⅱ_百合の間に挟まる女
そして。その場にはわたしとプロムだけが残る。焚火に照らされるプロムの横顔は国母のように穏やかだった。そんなプロムの美貌に少しだけ見惚れちゃう。
国母のよう、っていうのは考えてみると間違ってないんだよね。普段はプロムが「わたし達、仲間だし年齢もそう変わらないじゃないですか。タメ口でいきましょう」って言ってくれてるからくだけた調子で話しているけれど、プロムは本来、この国の第二王女だったりする。それが、勇者様が大好き、っていう本人の希望と魔術師、特に回復支援魔法の才能を評価されて勇者パーティーに参加したような人。つい見惚れちゃうような美貌と王族としての貫禄があるのは当たり前っちゃ当たり前。
「……ありがとうね、プロム。わたしも、やっぱり2人が言い争っているのなんて見たくなかったから。これで少しは休めそう」
「いいんですよ。自分も丁度、あなたと2人きりになりたいと思っていたところですし」
双翼の2人の大ファンであるプロムがわたしと2人きりになりたいなんて、珍しいこともあるものだな。そう思ったけれど、わたしはそれ以上は深くつっこまなかった。
「それにしても最後の2人の台詞……あれって、チェリーちゃんとベリーさんがわたしのことを好き……ってことなのかな」
わたしの言葉にプロムがわかりやすくこめかみに手を当てる。
「あなた以外の人はみんな気づいてましたよ。あなたがパーティーに加わってすぐの時から、お2人の様子は明らかにおかしくなってましたし」
「そ、そっか。でも、さっきの2人、ちょっと怖かったな。人に好きになられるって……怖いね」
わたしの感想に対する返事は無かった。
「ところでアリエルさん。お体の調子はどうですか」
体調を聞いて来るプロム。そっか、回復術師としてわたしと2人きりになりたかったのか。そう思ってわたしは正直に今の体調を伝える。
「え? あ、うーん。少し動くとすぐ痛みは感じるけど、じっとしている分にはもう痛まない、かな」
「それは良かった。それなら――戦闘能力が殆どないわたしでも、永遠にあなたにお休みしていただけそうですね」
そう言ったかと思うと。プロムは腰から注射器を抜く。焚火に照らされた注射器の中身は妖しい紫色をしていた。
「えっ、なにそれ……」
わたしの疑問にプロムは答えずにその注射器を容赦なくわたしのむき出しになった腕に突き刺す。次の瞬間。
「うっ、うわぁぁぁ! 」
全身が燃えるように熱くなる。その熱さに耐え切れなくなって身をよじると戦いで受けた傷口が開き、別種の激痛が重ねてわたしを襲ってくる。感覚器官の許容量を超えた熱さと痛みで、違う種類の刺激が混ざり合い、その境界線が不明瞭になる。
そんな悶え苦しむわたしのことを、さっきの穏やかな表情が嘘のようにプロムは冷たい目でわたしのことを見下ろしていた。
「アリエルさん。わたし、あなたのことが最初から嫌いだったんですよ。ぽっと出のくせに神聖な勇者様二人の間に土足で踏み入り、お2人のことを拐かした! あなたのせいであんなに仲が良かったお2人が喧嘩してしまった! このこと、どうやってオトシマエつけてくれるんですか」
そ、そんなことわたしに言われても困るよ。わたしだって2人に喧嘩してほしくないし。
そう思った瞬間。プロムは舌打ちをして面倒くさそうに詠唱を開始する。
【術式定立_感覚鋭敏化_対象選択_PKG_再現開始】
詠唱と同時に容赦なくわたしのことを踏みつけてくるプロム。そんなに体重の重くない女の子に踏みにじられたって普通はそこまで痛みを感じるわけがない。でも極限以上に鋭敏化された今のわたしの痛覚にはその一踏み一踏みが、まるでアフリカゾウに踏みつぶされて内臓が潰れるんじゃないかってほど重いものに感じられた。
限度量を遥かに超えた激痛の重ね掛けで意識が飛びそうになる。死後の世界の女神が手招きする幻覚が見えたその時。
「百合の間に挟まる罪人が! そう簡単に死ねると思ったら大間違いですよ」
プロムはわたしの胸ぐらをつかんで乱雑に引き上げたかと思うと。
【術式定立_強制覚醒_対象選択_PKG_再現開始】
魔法で無理矢理意識を引き戻されたわたしの精神は再び激痛に襲われたことを確認すると、プロムは掴んでいた手を離したのでわたしの身体は重力に従って地面に叩きつけられる。
それからはこの繰り返し。元々の傷と薬の作用で悶え苦しむわたしをプロムが踏みつぶし、蹴り、意識が飛びかけては魔法で無理矢理たたき起こされては痛覚を鋭敏にされて、の繰り返し。最初は痛みを堪えてなんとかプロムを説得しようと試みたけど、数回目の強制覚醒の時にはもうそんな気概は失われていた。
「ご、ごめんなさい、ゆ、許してください……」
そんなわたしの必死の命乞いはプロムには届かない。
それから更に蹴られ、殴られ続けた後。その時にはわたしは殆ど虫の息になっていた。
「まだまだ気が収まりきってませんけど、もうあなたの肉体も限界みたいですね。このまま放っておけば数分としないで肉塊と化すでしょう。……安心してください。勇者様たちにはあなたは魔族との戦いが怖くなって逃げ出したとか説明しておきます」
プロムの声がものすごく遠い。
「と、言ってもここに肉塊が残るのは不愉快ですし、勇者様たちにとっても目障りですね。わたし、お掃除は苦手なんですけどさすがに今日は自分でやりますか」
【術式定立_転移_対象選択_mmm_到達点_"未指定"_再現開始】
身体がふわっと浮いたのが気のせいなのかどうかすら、もうわたしにはわからない。
「――百合の間に挟まる女騎士は要らないんだよ」
そこで、わたしの意識は完全に途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇
目を覚ますとそこには見覚えのない高い天井があった。ここは……貴族のお屋敷? そんなところで、なんでわたしは寝てるんだっけ。
「ようやく目を覚ましましたか」
ベッドに寝かされていたわたしを覗き込んでいたらしい、燕尾服に身を包んだ中性っぽい顔立ちの男の子と目が合う。水色の髪に日没直前の太陽のように真っ赤で、透き通った瞳。そんな彼の容姿を、わたしは一瞬だけ、美しいと思っちゃった。
「ここは……」
「ここはラベンドルト辺境伯のお屋敷の一室です。領内で瀕死の状態だったあなたのことをボク達のご主人様が屋敷まで運び込み、治療したんですよ。申し遅れました、ボクはソラ。ランベンドルト辺境伯の側近の執事です」
瀕死の……まだ記憶が混沌としていてうまく思い出せないけど、まあ助けてもらったことは間違いないみたい。
「……見ず知らずのわたしのことを助けてくれてありがとうございます。そのご主人様にもお礼を言いたいのですけれど、お会いすることできますか? 」
わたしの申し出にソラは肩を竦める。
「そんな改まらなくてもうちの主人だったら自分から飛び込んでくると思いますよ。あなたが目覚めるのをずっとお待ちでしたから」
ソラがそう言い終わるか言い終わらないかと言う時だった。
勢いよく部屋の扉が開け放たれて誰かが中に飛び込んでくる。
「騎士様が目を覚ましたってほんと? 」
腰まで伸ばしたピンク色の髪、空のような透き通った蒼い瞳。淡い水色のドレスが髪色とよく似あっている。そんな彼女が視界に入った瞬間。
ガタっ
鈍い音をたててわたしはベッドから転げ落ちちゃう。そして全身の毛は恐怖で逆立っていた。
そんなわたしの奇怪な行動にピンク髪の少女は心配そうな表情で走って近寄ってくる。
「ど、どうしたの勇者様? 」
でもわたしは……。
「そ、それ以上近づかないでください! 」
気づいたらヒステリックに叫んでいた。
「えっ? 」
訳がわからない、という表情になるピンク髪の少女。自分でも勝手に怯えて、相手に対する申し訳なさがなくはない。でも、恐怖は理屈じゃないから仕方ない。だって……。
「わ、わたし、お、女の人が、怖いんです……だ、だから、それ以上近づかないで……」
恐怖を必死に押し殺してなんとか絞り出したわたしの説明。それにピンク髪の少女は絶句する。
それから暫くして。
「えっ、でも……あなただって女の子じゃん」
ピンク髪の少女の言葉にわたしははっとする。
恐る恐る窓ガラスの方を見る。そこに映っていたのは腰まで届きそうなくらいの若竹色の長い髪、檸檬色の瞳、そして極めつけは――これでもかと女性性を強調する豊満な胸を持った、どこからどう見ても女の子。
――わたしも、わたしを痛めつけ、犯し、殺したあの人達と同じ、女の子……。
そこのことに気付いた瞬間。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
部屋に、わたしの絶叫が響き渡った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。次のエピソードに片足突っ込んでますが、追放編はこれで一段落、次回から邂逅編になります。
1章までは毎日投稿する予定なので、続きが読みたくなったら是非また遊びにきてくださいね。
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