第23話 衝突Ⅵ ソラの秘密②
更新時間が安定しなくて本当に申し訳ありませんが、本日の更新分です。
「……ごめん。アリエルが女性恐怖症なの知ってるのに、よりによってこのボクがこんな姿を晒しちゃって」
「い、いえ。ぼ、ぼくの方こそごめんなさい。誰よりも傷ついているのはそ、ソラ先輩なのに、先輩の力になってあげられないどころか、先輩のことをまっすぐ見つめることすらできなくて……」
静かになった路地裏。そこで体育座りするぼくと燕尾服を着直したソラ先輩の間には気まずい空気が流れていた。
「だ、だいたい、ソラ先輩は悪くないです! ソラ先輩に乱暴した、そこの人達がいけないんです」
ぼくの言葉にソラ先輩はあはははは、と乾いた笑みを漏らす。
「そう言ってくれてありがとう。でも、それは半分は本当だけれど、半分はそうじゃない。そこの冒険者たちがボクのことを襲っちゃったのはボクにかけられている【呪詛】のせいで性欲が掻き立てられ、抑えられなくなっちゃったのが大きいと思う。だから、あんまり彼らのことを責めないであげて」
「【呪詛】? 」
聞きなれない言葉に聞き返すぼくに、ソラ先輩はうなずく。
「そう、ボクには生まれながらにして男性を魅了し、男性から犯されやすいっていう【呪詛】がかけられていてね。普通にしているだけでも男性を惹きつけ、その人の性欲を掻き立て、ボクのことを凌辱したいと思わせてしまう。その上、ボクは男性という属性に弱点があるとでも言うのかな。男の人に襲われると力が入らなくなっちゃって、なす術もなく犯されちゃうんだ。女の人に対してなら普通に抵抗とかできるんだけどね」
そんなバカな話が、と思ってソラ先輩の顔を思わず見つめちゃうと、ソラ先輩のことを女の子だと意識したばかりだからか、緊張して慌てて視線を逸らすぼく。そんなぼくに対して再びソラ先輩は乾いた笑みを漏らす。そんなソラ先輩が嘘をついているようには思えなかった。
「ボクがもともと孤児だ、っていう話はしたでしょ。それ、正確に言うともう少し複雑でさ。ボクは両親の顔をちゃんと覚えてるんだ。そんなはっきり覚えている両親に、ボクは捨てられた。なんでだかわかる? 」
ソラ先輩の質問に、ぼくは答えを持ち合わせていない。
「簡単に言うと【呪詛】のせい。12歳の誕生日の時、お父さんはまだ12歳でしかなかった、しかも自分の実の娘のことを性的に犯そうとしてきたんだ。その時はお母さんが必死に止めてくれて何とか実の親に犯されるなんてバカなことにはならなかったけど、お母さんからしたらボクに対して嫉妬するや気持ち悪いやらで怒り狂うのは当然だよね。『お父さんはボクのせいでおかしくなった』、そう決定づけられたボクは国境付近の森に棄てられた。
そして森に棄てられたボクのことを冒険者のお兄さん達が助けてくれたんだけど……そのうちの何人かもまた、ボクの【呪詛】にやられた。その冒険者パーティーはやっとのことでボクをギルドまで送り届けてくれたけれど、ボクを拾ったせいでそのパーティーの人間関係はぐちゃぐちゃになり、パーティーは解散。
それから孤児院にボクは入れられたけれど、そこでは同年代の男子を惑わして、すぐにボクは孤児院においておけないと言われた。そんなボクを拾ってくれたのが、ミレーヌ様――ボク達のご主人様だよ」
ミレーヌ様の名前を口にした途端、ソラ先輩の顔色が少しだけ明るくなる。
「ミレーヌ様はこれまで大人達から気味悪がられ、嫉妬され続けてきたボクに心から寄り添ってくれた。なんでボクにこんな【呪詛】がかけられているのかはっきりさせるために近隣の領主に頼み込んで偉大な鑑定士に診てもらうことを提案してくれたのもミレーヌ様。そして鑑定士に診てもらった結果。ボクは前世の記憶を思い出すことになった」
「前世の……記憶? 」
「うん。鑑定士の魔法で無理矢理脳に焼き付けられるような形で、ね。脳が引きちぎれるんじゃないかってくらい痛かったけれど、それ以上にその内容がショックすぎて、その後1週間は現実を受け入れられずに寝込んでいたことを今でもよく覚えてる。前世のボクは――端的に言うとサイテーな男で、女好きで、何十人と言う女性に無理やり孕ませた強姦魔だった。そしてそんな前世の記憶と【呪詛】を総合考慮すると、なんでボクがこんな【呪詛】を背負うことになったのかわかるよね。そう、ボクの呪詛は自分の前世での行いに対する罰だった、ってこと」
ソラ先輩の話に、ぼくは胸が締め付けられるような苦しみを感じる。それは女性恐怖症の影響じゃない。純粋に、ソラ先輩のこれまで歩んできた人生が理不尽すぎて、心が痛かった。
「って、いきなりそんな記憶を思い出さされたところで正直困るんだよね。今のボクは別に自分のことを男だと思ったこともなければ、同性のことを可愛いなと思うことはあってもそれは恋愛感情や性欲とは明らかに別に分類されるもの。そんな一切共感できない、むしろ思い出しただけで反吐が出るようなサイテーな記憶を思い出さされて、その責任を現世でとれ? ふざけんな、っつーの! 」
感情が昂ったのか語気を荒くするソラ先輩。そんなソラ先輩に再び女性恐怖症が頭をもたげてきてぼくは身を縮こめちゃう。そんなぼくにソラ先輩はすぐに気づいて、「ごめん」と小さく謝ってきた。
「そこでミレーヌ様は今の男装執事と言う立場を提案してくれたんだ。女の子っぽい恰好をしないようにして、男の子の振りをすれば少しでも【呪詛】の発動を押さえられるんじゃないか、って。あと、わざわざお屋敷の中の"執事"と言う仕事をあっせんしてくれたのはあまり男と関わらないで仕事ができるように、っていうミレーヌ様の配慮もあったんだ。女性恐怖症のアリエルと違って、ね。
でも、アリエルがミレーヌ様から新しい自分を貰ったように、ミレーヌ様はボクにも新しい自分をくれたんだ。それ以来、ボクは女の子であることを諦めた。男のことは今でも好きじゃないし、心まで男になりたいとは絶対に思わないけど、別に女の子でなくてもいいかな、とは思うようになっていった。そして実際、男装するようになって、追加で魔法で認識阻害を常時かけるようになってからは男性の欲情を掻き立ててトラブルになるようなことも殆どなくなった。そんな時期だったからかな、ちょっと油断してたわ。ほんと、先輩なのにこんなみっともない所を見せちゃってごめん」
そこまで言うとソラ先輩は立ち上がって、お尻に着いた砂を軽くはたいて落とす。
「でも、さすがにちょっと疲れちゃったな。だからごめんアリエル、ボク、ちょっと先に帰ってるわ」
先に行かないでください、そう言おうと口を開きかけてぼくは固まる。今は……少なくとも今この瞬間は、まだソラ先輩と隣り合って歩くのはちょっと怖い。だとしたらどうせ一緒に帰るにせよ一緒に領地の税制立て直しについて考えるにしろ、今のぼくがまともにできるわけがない。ここは距離をとるのがどう考えても得策。自分の女性恐怖症の面倒くささに歯噛みしたくなる。でも、怖いものは怖くて、理屈じゃないから仕方ない。
だからぼくがせいぜいできることは……。
ぼくは無理に笑顔を作って言う。
「わかりました。先輩、早く帰ってゆっくりと休んでくださいね」
その時、ぼくはうまく笑えていたかな。笑えていたといいな。