【2024百合の日特別編Ⅱ】この先、あるかもしれないお話 後編
引き続き全編チェリー視点です。
それから。あたしはアリエルちゃんに連れられるまま、彼女おすすめの喫茶店に入って、向かい合わせに座る。と、その時。
――これ、考えてみたらアリエルちゃんとはじめての2人きりのデートじゃない⁉︎ 勇者パーティーにいた時は絶対ベリーかプロムが邪魔して、2人きりになれなかったし。
そんなことに気づいて、余計に脈拍が速まる。
そんなあたしの緊張を知ってか知らずか、アリエルちゃんは「ここのパンケーキが美味しいんだよね~」と目を輝かせながらメニューに視線を走らせる。
まったく、この子は人の気も知らないで。でも、こんな風に無邪気にはしゃいでいるところが実に「アリエルちゃん」らしくて、愛おしい。それが惚れた側の辛いところだね。
そんな思いを抱きつつ、あたしはうっとりとした表情でアリエルちゃんのことを見つめていると。
「ん、ぼくの顔になんか付いてる?」
ときょとんとした表情でアリエルちゃんに尋ねられ、あたしは大慌てで「あ、いや」と誤魔化しかけてから……途中で言葉を切って、深く深呼吸をする。
思ったことは今言わなくても、今後いつでも伝えられる。そんなのは大間違いだって学んだじゃん。だから、思ったこと・伝えたいことは伝えられるときに伝えなくちゃ。そう自分を奮い立たせて、あたしは
「なんでもないよ。ただ、アリエルちゃんが可愛いな、って見つめちゃっただけ」
と正直な思いを口にする。口にした瞬間。耳の先まで赤くなっていることに自分で気づいた。
――今の科白、流石に恥ずかしすぎたかな。というか、アリエルちゃんに引かれちゃったかな……。
そう怖くなってぱっと目を伏せて、でもアリエルちゃんの表情を確かめないのも怖くて、恐る恐る顔を上げると、アリエルちゃんもあたしに負けず劣らず、顔を林檎みたいに真っ赤にしていた。
「か、かわいいって、チェリーちゃんみたいな美少女に言われても説得力ないって」
口を尖らせて言うアリエルちゃん。そんなアリエルちゃんの表情も最高にかわいい。けれど、今の科白はアリエルちゃんに惚れた女の1人として、聞き捨てならなかった。
「そんなことないよ」
あたしはそう穏やかな声で答えると。そっとアリエルちゃんの手を取って、ゆっくりとあたしの胸に押し当てる。そんなあたしの大胆な行動にアリエルちゃんはトギマギしていたけれど、すぐにあたしが別にえっちなことをしたいわけじゃない、ってことに気づいたみたい(いや、今すぐ襲いたいくらいアリエルちゃんがかわいいのは事実だけど、さすがにそこはまだ自制ができる。好きな人を無理やり犯したくなんてないもん)。
「チェリーちゃんの心臓、すごくドキドキしてる……そういえばチェリーちゃん、昔のぼくのことが好き、だったんだよね」
アリエルちゃんの言葉にあたしは頷く。
「うん。そしてアリエルちゃんに再会して、今のあたし、すっごくドキドキしてる。心臓がはちきれそうなくらい苦しい。けれど、それと同じくらい嬉しいの。それもこれも、全部アリエルちゃんの可愛いから。今のあたしが、アリエルちゃんの可愛さの虜になっちゃってるから。少なくともあたしにとっては、世界の誰よりもアリエルちゃんはかわいいよ」
と、その時。
不意にアリエルちゃんは燕尾服の内ポケットをごそごそやって何かを取り出す。それは、あたしが温泉街・ラインベルトでアリエルちゃんに無理やり握らせたネックレスだった。
ずっと持っていてくれてたんだ。そういう喜びよりも先に、なぜこのタイミングでアリエルちゃんがネックレスを出したんだろう、という不安の方が先に出てきちゃう。
「……でも、チェリーちゃんは今の『ぼく』のことは嫌いだったんじゃないの? だって、チェリーちゃんが好きになったのは、魔法騎士で、チェリーちゃんの隣で戦っていた魔法騎士だった『わたし』なんでしょ。そしてチェリーちゃんは『ぼく』が『わたし』にいつか戻る日まで待ってるって言ってくれた。でもぼく、チェリーちゃんが好きになった『わたし』に戻ったりしてないし、戻る気もないよ?」
ネックレスに視線を落としながら、アリエルちゃんは尋ねてくる。その声はあたしを問い詰めている、という風ではなかった。穏やかで、純粋な疑問から聞いているように、あたしの耳には聞こえた。
ぼくが好きになったアリエルちゃんに戻る気はない。そうはっきりと言われて、1年前のあたしならショックを受けていたんだと思う。
でも今は、アリエルちゃんの断言に、自分でも驚くくらいに冷静な自分がいた。変わらずアリエルちゃんを前にして心臓の鼓動は早まっていて、ドキドキは薄れない。そこであたしは自分の気持ちを改めて再認識する。
――うん、やっぱりあたし、アリエルちゃんがどうなっても忘れられないし、アリエルちゃんのことを好きでいることをやめられないんだ。
確かめるようにそう心の中で呟いてから。あたしは再びアリエルちゃんの檸檬色の双眸をまっすぐ見据える。
「あたし自身の気持ちなはずなのに、正直よくわからないところはある。でも、あたしが初恋に落ちたアリエルちゃんと今のアリエルちゃんは確かに少し違うはずなのに今、この瞬間、あたしはアリエルちゃんに夢中になってる。その気持ちをあたしは大切にしたい。だから言うね」
そこで深く息を吸い込んでから。あたしは3年間、ずっと口にしたかったのに口にできなかった科白を口にする。
「アリエルちゃん。あたしは、あなたのことが女の子として好きです。だからあたしと、付き合ってください」
ずっと言いたくて、でも面と向かっては言えなかった秘めていた思い。それを今、ようやくちゃんと口にできた。
あたしのその言葉にアリエルちゃんは最初はっと驚いたような表情になって、それから申し訳なさそうな表情になる。
「……チェリーちゃんからそう思ってもらえること自体ははすっごく嬉しいよ。いろいろあったけれど、チェリーちゃんはぼくにとって大切な人の1人だけから。でも、ぼくはその気持ちには答えてあげられない。だって今のぼくにはミレーヌちゃん――彼女がいるから」
彼女がいる。その言葉に軽く頭を殴られたような衝撃を感じる。
――あー、やっぱミレーヌさんとは、もうお付き合いしてるんだ。
でも、思っていたよりはショックは小さかった。
「……そっか」
あたしの呟きにアリエルちゃんはほっと胸をなでおろしたような表情になる。
そこであたしは自問自答してみる。アリエルちゃんにはもう彼女さんがいる。それで、あたしはこの気持ちを諦められるのかな、って。
普通に考えたら諦めるしかないんだと思う。でも、簡単に諦められたらこの1年間、こんなに苦しんだりしなかった。諦められないからあたしは今、ここにいる。きっとあたしは間違ってる。でも、そんなことはどうでもいいよ。あたし、勇者じゃなくて悪い娘だから。
「でも」
「へっ?」
予想してなかっただろうあたしの言葉に、アリエルちゃんは目を丸くする。そんなアリエルちゃんの飯能をあまり意識しないようにして、あたしは言い切る。
「でもあたし、アリエルちゃんに恋人がいても、アリエルちゃんのことをもう諦めたりなんてできないから。たとえ時間はかかっても、いつかはアリエルちゃんに振り向いて見せる」
客観的に見たらすごく迷惑だと思う。けれど。
アリエルちゃんは暫くぽかんとしていて、それから悪戯っぽく笑う。
「今のチェリーちゃん、すっごくワガママだね。たぶん、ぼくの答えはいつまでも変わらない。だけどね、チェリーちゃんにそう言ってもらえて、内心すごく嬉しいぼくがいる。チェリーちゃんとはまた、友達になりたいと思ってだから。……あはは、ぼくもチェリーちゃんに負けないくらい、欲張りで、ワガママだね」
その言葉はあたしがほしかった答えとは違った。でも、今はこれで十分だった。少なくともアリエルちゃんに『友達』だと思ってもらえたんだから。
アリエルちゃんにつられて、あたしも相好を崩す。
「ありがとう、アリエルちゃん。でも覚悟しててね! あたしはいつでも全力だから。いつかアリエルちゃんに自分のことを『友達』以上の女の子として意識させてみせるから」
「それはちょっとは自重してほしいけど……でも、ちょっと何をされるのか楽しみに思っちゃってるぼくもいる」
そう言って見つめ合っていると。あたし達はどちらともなく吹き出しちゃう。
こうして。何周も周回遅れした末に。あたしの恋の物語はようやくスタートしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。今年は百合の日特別編と言いながら、最近本編が更新できずに歯がゆい思いをしている反動もあり、割と本編的な内容となりました。
すっとばしてしまったところは現在鋭意執筆中ですが、今回スタートラインに立ったアリエル・ミレーヌ・チェリーの三角関係も書きたいな、とも思ってます。連載再開がいつになるかはわかりませんが、再会できた時はまた遊びに来ていただけると嬉しいです。ではでは。