第125話 激動Ⅶ 仇敵同士の共同戦線 後編
あと2話なんだからさっさと更新しちゃえよ、と自分でも思うのですが、遅くなりました、第125話です。今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でロック視点→第三者視点に変わります。
【術式定立_雷砲_対象選択_"教会一帯"】
【術式二重定立_術式反転/術式干渉_対象選択_"【雷砲】"/【反転術式】】
詠唱開始した途端、鈍器で強く頭を殴られたような負荷が脳にのしかかる。それは当然。術式に直接干渉する魔法はただでさえ脳に対するダメージが大きい。それを、しかも併行して使っているのだから脳に対するダメージがいくら皇国ナンバーシックスのアタシと言えどキャパオーバーすることなんて最初から分かっている。それでも!
アタシは歯を食いしばってその脳が直接雑巾みたいに絞られるような痛みに耐える。ここで諦めたら全てが終わる。そんなこと、アタシが本当に憧れた聖職者の端くれとして絶対に、許せない……!
そして術式が完成されると。アリスさんの構築した【雷砲】は先ほどの数倍の眩きの魔法光を放っていた。そう、アタシがやろうとしたのは【反転】と【術式干渉】を同時発動することによる、術式強化魔法。術式を打ち消す【反転】のエネルギーを反転術式そのものに干渉することで本来の【反転】から更に【反転】させると、そのエネルギーは反転させようとしていた術式を強化させる魔法に転換される。コインの裏の裏は表、という、とてつもなく単純だけどお手軽な理屈。
でも、反転術式は元々注ぎ込んだ魔力以上の真価を発揮するようにもともとの設計ができている。なぜなら、何かの術式を反射させて打ち消すには、その魔法よりも上位の魔法じゃないとできないから。そんな斥力が全て術式を中和・浄化する方向でなく強化する方向に転換させたら――それは、対象術式に注ぎ込まれる魔力量が同じでも、遥かに強力な魔法へと進化する。術者ではなく、術式そのものに対する強化。神話級魔法をさらに超えた、世界最強の攻撃術式の完成だ。
「シスターさん!」
アリスさんの言葉にアタシは頷き、ナナミに標準を定めるアリスさんの右手にアタシも自分の右手を重ねる。そして。
「【リスターツ】」
声を重ねながらアタシ達が詠唱した瞬間。眩いほどの超高圧の雷撃がナナミと彼女の浮かぶ小海に向かって放射される。そんな目と鼻の先にいるアリスのことがアタシの中で一瞬、アタシの推しの姿に重なって見えた。それだけ、アリスの手から放たれる魔法は規格外で、美しかった。
その雷撃は決死のナナミが海水で創り出した高水圧の触手で軌道を揺蕩う海水面に変えられる。しかし、それは結論から言うと彼女達にとって悪手だった。
海水と言う塩水に高電圧の電流が叩き込まれて暫くして。黄緑色の気体がもくもくと充満する。そして次の瞬間、アタシ達よりも下にいたナナミがバタッと倒れる。
それを見て一先ず安堵のため息を吐き出す。その一方でサツキの表情は驚愕に染まる。
「い、一体何が起こっているんです?」
「わたしも詳しいことはよくわかりませんが、海水に電気を流すと有害な塩素ガス? が発生するんだってケインが言ってまし」
アリスさんは最後まで解説をさせてもらえなかった。なぜなら彼女の答えを待たずに無詠唱で放たれたサツキの光撃魔法でアタシとアリスさんの体は仲良く串刺しにされたから。浮遊魔法をコントロールする力を喪ったアタシ達の体からはどんどんと魔法光が消えていき、血を垂れ流しながら地球の摂理に従って眼下の水面へ落ちていく。それと反比例するようにサツキは水面に倒れ込んでぐったりとしたナナミを回収し担ぎ上げて月光に照らされた空に舞う。
「まさかあなた達にここまで追い詰められるとは思わなかったのです。ランベンドルト領は、クラリゼナ王国の脅威度を再設定する必要があるのです。でも……これで脅威は2人、始末することができたのです」
ぞっとするような冷たい声で言うサツキ。
「今回はこれで勘弁してやるのです。でも……あなた達愚か者2人の死はすぐに無駄死にとなるのです。この邪教徒に溢れた汚れた大地は、サツキたちの手で徹底的に洗い流すのです、近いうちに」
それだけ言い残すと、サツキは夜の空に去っていった。
そして。アタシ達はナナミが戦闘不能になったことですっかり水の干上がった元の荒廃した教会の冷たい床の上で2人、体を重ね合っていた。そんなアタシ達の意識は少しずつ薄れていく。
「ははは、まさかお母さんを殺した男の仲間と一緒に息を引き取ることになるなんて、思ってもいなかったわ」
「それはその……ごめんなさい」
「いいのよ。寧ろ謝るのはアタシの方よ。あなた、せっかく家族ができたのにアタシなんかを助けたせいであなたの人生にここでピリオドを打つことになっちゃった」
「それこそ、シスターさんが謝ることじゃなりませんよ。最初に襲われた時は何事かと思って抵抗しちゃいましたけれど、あなたに恨まれるだけのことをわたしは、わたし達はしてしまったのですから。そんなわたし達のせいで人生が狂っちゃった人がいることはわかっていながら、これまでは自分のこと・目の前のことに必死で、贖罪しようなんて発想にすら至らなかった。
でも、あなたに出会えて、少しは罪を償ってから死ぬことができたのかな、なんて思うんです。だから、やり残したことはたくさんありますけど、案外満足してるんですよ? 最後にあんなに嬉しそうに好きな人のことを話すアリエルちゃんも見れましたし。ミレーヌさんともっと仲良くなりたかったけれど、わたしがいなくなっても、もうアリエルちゃんは大丈夫なことが分かったから」
しみじみと話すアリスさんの表情は死ぬ間際だというのになぜか穏やかだった。
「それで言うとアタシだって……ようやく、アタシがいつからかなりたいと思っていた迷える人々を教え導くシスターになれた。正義を守るシスターになれた。心から大事だと思える同志に、友達に会えた。最後に憧れの人の幻影まで見れた」
「えっ?」
「最後の魔法を放つアリスのことがアタシには一瞬、アリエル様に見えたの。クラリゼナの勇者パーティーメンバーなはずなのに、あの人には何故か惹かれた。あの人ならこの国を、世界を本当の意味で平和にしてくれるんじゃないかって思えた。そんなアタシの永遠の『英雄』の姿に、あなたが見えたの。緑髪ロングのせいかな?」
アタシがそんなことを言うと。アリスは驚いたように目を丸くして、それからまた、小さく微笑む。
「それはちょっと嬉しい、です。わたしだって最初はみんなを守れる『勇者』に憧れて、勇者パーティーに入ったんですから。まあ結局わたしはまがい物で、『本物』になれたかもしれない。アリエルちゃんの足元にも及ばなかったんですけどね。わたしはアリエルちゃんがわたしと同じ道を歩むことに反対だったけれど、あの子はそんなわたしの心配をはねのけて、多分、多くの人にとって真の勇者になってくれた。そんなアリエルちゃんを支えてくれる素敵な彼女まで見つけられた。ほんと、アリエルちゃんはわたしの、自慢の娘の1人です。わたしには勿体ないくらいの」
そこまで言われてアタシは初めて気づく。アタシ、最初からアリエル様に会ってたんだ。……って、ミレーヌってまさかアタシ達の推しと付き合ってるってこと? それはアリエル様ファンの風上にも置けないなぁ。
そんなどうでもいいことを考えていると。そろそろ本当に天の迎えが来たようだった。いい加減に意識が薄れていく。
――振り返ってみたらどうしようもない人生だったけれど、知らぬ間に推しに会えていたり、最後に復讐から解き放たれて本当に自分のしたいことを成し遂げられたり、案外悪くない人生だったのかもね。大体、アタシの人生って本当なら17年前に終わっていたはずだし。――ミレーヌ、アタシの分まで推しと、せいぜい幸せに爆発しやがれ、よ……。
そこで。アタシの意識は完全に途切れた。
◇◆◇◆◇◆◇
アリス達が散華してから十数分後。
「ここら辺で異常な魔力反応があった気がしたんだけれど……って、アリエルさんのお母さん……と、神聖ラミリルドのシスター?」
宙を舞っている途中、アリス達の遺体に気付いた蒼弓の魔女――キャロは小さく声を上げる。驚きながらも彼女はその場に横たわった2人の首元に指を押し当て脈をとる。残念ながら彼女達は完全に絶命していた。
「なんでこの2人が一緒に倒れているかわからないけれど……別にこの2人が殺し合った、ってことではないわよね。だって2人とも、こんなに穏やかな顔つきをしているんだもの」
キャロの視線の先には身体を重ね合って手を繋いだまま静かに眠る、2人の女性の姿があった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。と、いうことで125話、6章ラストバトルでした。今回の章、もしかしたらやたら話を詰め込んだな、と感じられた方もいるかと思いますが、最初からアリスはここで退場させるつもりだったので、アリスに関わる話は全てこの章で解決させようと駆け足で進んできました。そして宿敵と最後は共闘して、という展開も書きたいなぁ、と思ってたのでそれも入れ込みました。
そして魔女使いが相変わらず荒いですが、2人の遺体の第一発見者はキャロに任せました。こういう立ち位置でキャロってやっぱり使いやすいんですよね。そして次回で本当に6章完結です。エピローグ、もしくは7章のプロローグのような話ですが、楽しんでいただけましたら幸いです。