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第121話 激動Ⅲ  鍵となるのは最弱の領主さま

 今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後で第三者視点→ミレーヌ視点に移り変わります。

 それからはもう、一方的な暴行だった。


 術式を組み上げる脳に直接干渉され、殆ど意識を失ったアリスの襟首をロックは掴み、炉端に放り投げ、馬乗りになって殴り続ける。


「キャハ、キャハハハ……」


 壊れた機械のような笑みを漏らしながらアリスのことを殴り続けるロックもロックで、魔術師にとって毒でしかないこの臨界招来内ではとっくに理性のタガが外れ、気分がハイになっていた。しかしそれでも体に覚えこまされた戦闘技量は的確で、常人の数倍の身体能力で繰り出される体術は確実にアリスの内臓をぐちゃぐちゃにし、彼女を刻一刻と死に追いやって行く。


 なんとか反撃をしようと、痺れる脳に表情を歪めながら腰にある銀色の拳銃に手を伸ばすアリス。その拳銃に込められている弾で術者を貫けば、この【臨界招来】は解除される。そう踏んだアリスだったが、アリスが拳銃を掴んだ途端、その掌はロックに踏みにじられる。


「うぐっ……」


「それ、勇者パーティー時代から愛用していた魔導兵器だよね? その力で17年前も君1人を逃がしちゃったってフウ様からは聞いてるわ。地獄のような適応手術も受けないで術式干渉能力を使えるとか……そう言う所も含めて、本ッ当に許せない」


 と、その時。


「ここなのですぅ!」


「……って、ロック? そんなところで何やってるのよ!」


 臨界招来の外からレムとミレーヌの声が聞こえたかと思うと。魔術師でないミレーヌが対魔術師特効の擬似臨界に触れた瞬間。パチン、という鋭い音と共にオレンジ色の臨界は消え失せた。



◇◆◇◆◇◆◇



 あたし達がアリスさんとロックの喧嘩――と言う言葉で片付けるには聊か度が過ぎた諍いに気づいたのは、レムが血相を変えて飛び込んできたからだった。ロックがアリスさんのことを街で殺しかけてる。それを聞いた時、最初あたしは何が何だか訳がわからなかった。でも兎にも角にも2人の争いを止めなくちゃ。まあ戦闘能力皆無のあたしには何かできることはなくて、結局ソラに頼むことになるんだろうけど。その一心であたしが現場に赴こうとすると。


 何を考えたのかいきなりレムがあたしの手を握ってきた。


 ――なに? 足手纏いになるあたしには来るな、ってこと?


 そう思ったけど、レムが次に口にした言葉は真逆だった。


「自分でもよくわからないのですぅ。でも、ミレーヌ様こそがこの喧嘩を止める鍵になる、そんな気がするのですぅ。だから、ミレーヌ様にもきて欲しいのですぅ」


 何の根拠もないレムの言葉に、あたしは笑みを返す。


「言われなくたって!」



 そうしてあたしはソラ、レムと一緒に現場に駆けつけ、そしてなぜかロックの展開していた対魔術師特攻の擬似臨界は普通は魔法が使えない平民以上に魔力を持たない(、、、、、、、)あたしが触れた途端、弾け飛んだ。そしてあたし達が駆けつけた途端。2人ともいい加減電池切れだったのか、バタッと倒れた。




 それから1時間後。アリスさんとロックをお屋敷まで連れてきて、ベッドで寝かしていた時だった。


「ん、んんん……」


 そう声を漏らして目を覚ましたロックは自分が見知らぬ場所で寝かされていることに気づいて、少し戸惑っているみたいだった。因みにアリスさんは別室に運んでアリエルに看病してもらってる。同じ部屋に寝かせて、部屋の中でさっきの続き・第2ラウンド開始とかされても困るから。

「目が覚めた?」


「一体ここは……って、ミレーヌ? どうしてこんなところに……」


「どうしても何も、あなたが知り合いとトラブルになったって聞きつけたから止めに入ったのよ。そうしたら、止めに入った途端、あなたもアリスさんもぶっ倒れちゃうんだもの。仕方がないからあたしの屋敷――ランベンドルト辺境伯領まで連れてきたのよ。ロックこそ、なんでこんなところにいたのか、なんでアリスさんを襲ってたのか、教えてくれない?」


 あたしがアリスさんの名前を口にすると、急にロックの顔つきが険しくなる。


「勇者の国の女の子とはいえ、ミレーヌとなら仲良くなれると思ってたのに、やっぱミレーヌも勇者信仰に振り回されたクラリゼナの愚民の域を出ないんだね。――ミレーヌも、あんな元勇者パーティーの罪深い女の肩を持つんだ」


 その言い方に少しカチンと来なかったといえば嘘になる。でも、あたしはその感情を深く深呼吸をして押さえつけた。きっとロックとの間には誤解がある。それを丁寧に解いていかなくちゃいけないのに、激情をぶつけ合うだけだと余計に拗れるだけなことはわかりきっていたから。


「……別にアリスさんのことは元勇者パーティーメンバーだから方を持ってる、ってわけじゃないわよ。あたし自身は勇者なんて信奉してないし。勇者は『造られた』存在で、勇者が倒すべきとされる魔族なんてどこにもいないことがわかってるから。同情することがあっても、信奉することなんてない」


「じゃあなんで!」


「色々理由はあるけど、一言で言うと、今のあたしはあの人のことを勇者パーティーも何も関係ない『1人の女性』として大切に思っているからよ」


 興奮して突っかかってきたロックはあたしの一言に一瞬押し黙る。そんなロックを確認しながら、あたしはゆっくりと言葉を重ねる。


「ロックと『勇者』の間に何があったかは知らないけど、あの人だってクラリゼナの偽りの勇者に騙され、人生を滅茶苦茶にされた被害者の1人よ。そんなアリスさんに、あたしは幸せになって欲しいと思っている」


 一言一言、慎重に言葉を選びながら告げるあたし。その言葉にロックは目を丸くし、それから小さくため息をつく。


「……確かにミレーヌの言っている通り、勇者パーティーメンバー、もっと言うと勇者だって、騙されているだけで、本当に悪いのは今でも概念魔法【時空】を軍事利用し、他国に侵攻しようとするクラリゼナ中枢だ、って頭ではわかってる。でも――やっぱり一度殺されかけて、実際にお母さんを殺した相手が目の前にいると殺意を抑えられないの。あの人を殺したところで何にもならないことくらいわかってる、わかってるけど、この殺意のやり場がどこにもないの!」


 気づくとロックの目元には涙が溜まっていた。そんなロックの肩をあたしはぽんぽん、と軽くたたきながら囁きかける。


「多分ロックの感性は何も間違ってない。あたしが幼い頃から世の中の理不尽に対して妙に諦めが良すぎるだけだ、ってわかってるから。でも、なんでロックがそんなに『勇者』に対して怒ってるのか、ちゃんと話してくれないとあたしには分からないよ。だから、もし良かったらロックの話を聞かせて。あなたの恨みは『信仰』だとか『神』だとかとは違う所にあるんでしょ」


 あたしの言葉にロックは小さくうなずき、それから彼女はこれまで彼女が辿ってきた壮絶な物語を語りだした。


 漆国七雲客の1人【強化】の娘として生まれ、ゆく先々で迫害されながら生き続けてきたこと。12歳の頃に母親をクラリゼナの勇者に殺されたこと。そしてそれからラミリルド聖教に拾われ、勇者を含む漆国七雲客殺しの術を仕込まれたこと。そして今、ようやく復讐のためにクラリゼナを訪れることができたこと。



「アタシの復讐心が結局は何の意味もないことは最初から分かっていた。アタシのお母さんの命を奪った相手はその場で当時の血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの手によって始末されていたから。アタシの仇はもうこの世に存在しない、そう思っていた。でも、その復讐の炎はきえることがなかった。そしてあの『勇者』と同じ力を持った当代の勇者を殺すためにこの国までやってきてアタシはお母さんを死へと追いやった張本人の最も近くに1人に遭遇できた瞬間、アタシの心の中の復讐の炎はこれまでにないほど燃え上がった。それがどうしても抑えられ」


「……可哀そう」


「えっ?」


 あたしのつい漏らしてしまった言葉に目の前にいるロックは信じられない、と言った表情をしてくる。それでも、あたしは思ったことを口にし続ける。


「今のロックは復讐に囚われすぎて息苦しそうだよ。今のロックは復讐に囚われすぎてる気がする。そんなことやったって何も意味がないってわかってるのに。そんな復讐に囚われた人生で、ロックは幸せなの?本当はそんな脅迫観念じみた殺意から、解放されたいんじゃないの? あたしの目にはそう見えるよ」


「……ッ! それでも、お母さんを喪ったアタシを生かし続けてきたのは決して消えることがなく灯り続けたこの復讐の炎なのよ? だから、アタシは勇者パーティーに、漆国七雲客に復讐することしか」


「復讐しか生きる意味がないなんてことはない!」


 つい声を荒げちゃったあたしに、ロックははっとしたような表情になる。


「今のロックはそんなことないでしょ。あたしは知ってるよ。アリエルのことを熱狂的に推していて、今では復讐の手段としての宗教とか関係なく世界平和を願って、それをラミリルド聖教の理屈で実現しようとしている、ちょっとオタクな聖女でしょ。それは母親を殺されて人生を狂わされた怨嗟とは違う、今のロック自身を作ってる感情でしょ? 復讐なんてなくなったって、今のロックなら生きていけるはずだよ。そんな大切なことを見えなくしてロックを縛り続ける復讐心なんてあるなら……そんなもの、あたしが消してやる!」


 あたしがそこまで言うと。こらえきれなくなったのかロックの目元から大粒の涙が零れ落ちる。

 

 きっとお母さんが殺されてから誰も、その復讐が間違っていると言ってくれる相手がいなかったんだろう。ロックのことを引き取ったラミリルド聖教は漆国七雲客に対する憎しみを抱いた彼女のことを使い勝手のいい道具としか見ていなかっただろうから。そして彼女自身も復讐に意味がないことにいい加減気付きながらも、誰かに言ってもらうまではやめられなかった。一度自分を生かしてくれた復讐の炎を、自分の手で消してあげることはできなかった。そう意味だと、目の前の女性は精神は母親に先立たれた頃のまま、誰かに叱られるのを待っていたんだと思う。


「――――――」


 嗚咽を漏らすあたしよりも数周り年上の同志。そんな彼女のことを、あたしは思わず優しく抱きしめた。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。本当はロックの視点から書ければよかったんでしょうけれど、うまく書けなかったのでミレーヌ視点から書かせていただきました。書いているうちに自分でもロックの気持ちがわからなくなってきたところがあるのですが、ちゃんとミレーヌはロックを救えて上げていたでしょうか。もしそのように受け取っていただけたなら嬉しいです。


 さて、前の章まででいったんミレーヌの困りごとは解決してしまったので6章でのミレーヌはとことん友人キャラポジションを担ってもらってます。そしてロックに対しても、やっぱりロックを救ってあげられるのは同志のミレーヌしかいない、ということでミレーヌにお願いすることにしました。あんまりロックとミレーヌが共通の話題で盛り上がるところは書けなかったんですが、この2人の関係性も楽しんでいただけたようでしたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここ数話の緊迫感ある展開から、綺麗に帰結したと感じます。 ロックが築き上げてきたこともまた復讐に塗りつぶされるものではない、彼女の本心からなる皆との絆だと思いました。 復讐より求めていたの…
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