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第120話 激動Ⅱ 元勇者パーティーvs武闘派シスター

 今回、全編第三者視点です。

 アリスがロックのその攻撃に気付いたのは、元戦士の勘以外の何物でもなかった。


 間一髪のところでロックが魔法で放った火球を躱し、即座に周囲へと意識を張り巡らす。そしてアリスはすぐに物陰に修道服に身を包んだ女性の存在に気付く。彼女からは隠そうとしても隠しきれない、自分に対して向けられる殺意が感じられた。


 ――シスターってことは、ラミリルド聖教のシスターでしょうか? なんでこんなところに……いや、そんなことはこの際どうでもいいのです。とにかく場所を変えないと。ここで交戦になったら――ミレーヌさんの大切な領民を巻き込んじゃうかもしれません。


 即座にそこまで判断したアリスはロックに背中を見せて走り出す。一見悪手に見える敵前逃亡。しかしアリスは神経を張り巡らせており逃走の途中で殺されるつもりなんて毛頭なかった。あくまでアリスの目的はロックを人目のない場所に引き出すため。それを知ってか知らずか、案の定ロックはアリスのことを追いかけてくる。


 そしてシスターと元勇者パーティーの女魔術師の逃走劇の末。アリスは人気のないシャッター街まで来て、ようやく足を止める。


「……何の罪もない、か弱き人々を制裁に巻き込まないために場所を変えるとは、邪悪な勇者の手先だった人間にしては多少の良心は残ってたのね」


 やっぱりこちらの魂胆に気付かれていたか。そう思うと同時にアリスは目の前のシスターが口にした言葉に顔を顰める。『勇者』、それは今のアリスが最も嫌悪する言葉の一つ。


「確かに勇者様が――勇者がやらされようとしていることが邪悪なことにはわたしも同意しますが、それはそれとしてラミリルド聖教のシスターさんがわたしに何の用ですか? 今のわたしは勇者パーティーとは何の関係もないのですけれど」


 アリスがそう言った途端。ロックの目に鋭い光が宿る。


「ほんっと、この国の勇者共はふざけたことしか言わないよね。自分達の犯したことをさっぱり忘れ去ってしらを切る気? まさか、ほんとに自分達で人生を狂わせた相手の顔を覚えてないとか言うつもり?」


 そこまで言われてアリスの頭の中に1つの、最悪の予想が過る。その瞬間、アリスの心を罪悪感が少しずつ蝕んでいく。彼女の人生を180度狂わせるきっかけとなった勇者パーティーが壊滅したの日。彼女はほんの一瞬だけ、仲間と一緒に目の前の少女と対峙していたかもしれないという可能性が。


「あなた、まさか17年前、絶対未開領域エルナドで【強化】と戦っていた時に【強化】と一緒にいた子ですか……」


「一緒にいた、じゃない。あなた達勇者パーティーが殺した【強化】の娘よ。ここまで言えばようやく、なんでアタシがあなたのことを恨んでいるかわかってもらえた? 死にぞこないの先代勇者パーティーメンバーさん」


 予想が確信に変わった瞬間、アリスの心はこれまで感じることもなかった後悔と罪悪感で染め上げられる。


 自分もクラリゼナの勇者制度の被害者だと思い込んでいた。知らぬ間に他国侵略の片棒を担がされ、『勇者』が戦死すると中途半端に機密情報を持っていると誤解され、社会的に抹殺するために理不尽にも地獄に突き落とされた。でも、『他国侵略の片棒を担がされた』、というのは当然、その対象となった『他国の被害者』もいる。そのことに、これまでアリスは自分のことに必死すぎて、今の今まで気づくことができなかった。それも仕方ないと言えば仕方なかったのかもしれない。


 クラリゼナ王国国内にいたら、そのような『被害者』に会うことなんてないのだから――血濡れの処女たちファング・オブ・マリアのようなよっぽどの実力者でない限り。


 ――自分の罪を棚に上げて自分だけが被害者面してたなんて、とんだ薄情者もいい所ですね。気付けばわたしだってこれまで、自分の罪を忘れて幸せな生活を送ってきました。わたしが一方的に被害妄想を抱いていて、ずっと悔い改めていたミラよりわたしの方が、よっぽど罪深いです。


 考えれば考えるほど、自己嫌悪が強まっていく。そんなどんどんと曇っていくアリスの表情を見て、ロックは満足げに微笑む。


「ようやく思い出したみたいね。じゃあ、ここでアタシに殺されても文句なんてないわよね――この17年間、ずっとこの瞬間(とき)を待っていた。絶対に訪れないと諦めつつも、この瞬間(とき)のためにアタシは勇者や勇者パーティーとやり合えるだけの力を、文字通り血反吐をはきながら養い、ようやく血濡れの処女たちファング・オブ・マリアまで上り詰めた。――やっぱり、神様は信念に向かって努力し続ける人のことを見捨てないのね」


 血濡れの処女たちファング・オブ・マリアの使命はあくまで人の身の丈に合わない力を有した存在の排除であり、漆国七雲客でも反抗的な異教徒でもない一般市民にその力を振るうことは教義では固く禁じられている。それは勇者を喪って無抵抗になった漆国七雲客の元仲間であっても例外ではない。


 今のロックの行動は明らかな規律違反行為。そのことは他国の事情にそれなりに詳しくなった今のアリスならわかっていた。でも、そのことを指摘する気力なんて今のアリスにはなかった。


 ――シスターとしては正しくないのかもしれません。でも、罪深きわたしにできる唯一の償いはきっと、彼女の恨みを一身に受け止めながら殺されてあげることなのかもしれません。それだけの罪をわたしは犯してしまったのですから。むしろ、最後まで罪を悔いながら死んでいったミラに比べたらどれだけ幸せな人生だったのでしょう。ミラ、すぐそっちに行きますからね。



 筋肉増強剤投与で通常人の10倍に引き上げられた身体能力で繰り出されるロックの蹴り。そんなロックの黒いブーツの踵からは銀色に光る刃が生えていた。その復讐の一撃をアリスは避けようともせずにもろに喰らおうとしたまさにその瞬間だった。


 ――まだこっちに来ちゃダメ。アリスにはまだ生きて、やらなくちゃいけないことがあるでしょ。


 不意にミラの声が聞こえたような気がしたかと思うと、誰かに押されたような感覚に襲われてアリスはギリギリのところでロックの攻撃を回避する。そこでアリスははっとする。ミラはもういない。今のはただの幻聴に決まってる。しかし、その幻聴が、これまで死を覚悟していて停止していたアリスの思考をクリアにしてくれた。


 ――そうです、確かにわたしは罪を犯したかもしれません。だとしても、言いなりになって殺されてあげる義理なんてどこにもありません。そんなのは何にもならないってこの数日間でわかったばっかりじゃないですか。償う気があるなら、ちゃんと生きて償ってあげなくちゃ、です。そしてそのことを目の前のわたしが傷つけてしまった彼女に教えて、憎しみから救ってあげることが今のわたしにできる一番の償い、なのかもしれませんね。ミレーヌさんが、ミラが教えて、わたしを救済してくれたように。


 そう思いなおしたアリスは落ち着くために深く息を吸い込み、吐き出す。


「……確かにわたし達はあなたに殺されても仕方ないような罪を犯してしまったのかもしれません。真実を知らなかったとはいえ、そんなことは言い訳にならないくらいの。だから今、わたしは心の底からあなたに償いたいと思ってます。でも、殺されてあげることは、あなたに対して償うことになんてならない。わたしがあなたから奪ってしまった1人の女の子として過ごすはずだった17年間――その17年間で歪み切り、憎しみに囚われたあなたを救い出すこと。きっとそうしてあげないと、わたしはあなたに償ったことになりません」


「うるさいうるさいうるさいうるさい!」


 復讐相手を目の前にして我を失ったロックはとっくに思考放棄していた。力任せの追撃が次々とアリスに向かって飛んでくる。


 ――今は交渉の余地なし、ってことですね。だとしたら多少手荒ですが、彼女を止めるためにわたしだって強硬手段に出させてもらいます!


術式略式発動(オミットアクト)_身体強化(エンパワーメント)


 次の瞬間、アリスの体は強い紫色の魔力光に包まれる。そして薬物によって生物の摂理を超えた身体能力を誇る血濡れの処女たちファング・オブ・マリアに引けを取らないスピードでアリスがロックに拳を繰り出した、まさにその瞬間。


術式定立(リアライズ)_疑似臨界招来_種別選択(タイプ)_術式干渉(ジャミングアウト)_対象選択(ターゲット)_100m²_再現開始(リスターツ)


 ロックが詠唱したかと思うと脳が揺さぶられたような感覚に襲われたアリスはロックに拳を叩きこむ直前で激しい頭痛のせいでその場にうずくまってしまう。そして彼女を覆っていた紫色の魔力光はいつの間にか掻き消え、辺り一帯にはオレンジ色の魔力光に上書きされていた。


「ッ! こ、これは……」


 金縛りにあったかのように痛む頭を押さえながら尋ねるアリスのことを冷たい視線で見下ろしながら、ロックは告げる。


「【疑似臨界招来:絶対魔導消尽領域】――アタシ達第5世代に標準搭載されている術式よ。元は【原素】の【臨界招来】を術式干渉(ジャミングアウト)できずに血濡れの処女たちファング・オブ・マリアが半壊させられた教訓をもとに点ではなく、面で魔術効果を打ち消せるように開発された術式。逆にこの術式を使えるように体を適用させられなければ、それ以外の技能がどんなに優秀でも血濡れの処女たちファング・オブ・マリアになれずに『失敗作』として殺処分されるほどの術式。


 だけれど――それだけあって、効果範囲内なら殆どの魔法をキャンセルさせるほか、術式を構築する魔術師の脳限定で直接負荷をかけるから、対魔術師特効とでも言うべき術式ね。魔術師は魔法が使えないどころか、脳が焼き切れるような苦しみに襲われて殆んど抵抗できない。魔術師の脳に集積している魔力回路を完全に断ち切れないことが難点だけれど、別に問題ないわよね。だって、激しい頭痛で動けなくなった魔術師をアタシが素手で嬲り殺せばいいだけなんだもの!」

 

 ――でもそれなら魔術師でもある血濡れの処女たちファング・オブ・マリアも臨界招来の影響を受けて脳に負荷がかかって動けなくなるはずじゃ……。


 そんなアリスの疑問は意図せずにすぐに解消された。


「まさかあなた、この【臨界招来】内で魔術師であるアタシが動けなくなることを期待しちゃってる? そんなの――この程度の脳への痛み、とっくに感覚が麻痺して感じなくなってるに決まってるじゃない。血濡れの処女たちファング・オブ・マリアになるための過酷な鍛錬と薬物投与の日々を舐めるなよ?」


 それを聞いてアリスはぞっとする。『この術式を使えるように体を適用させられなければ、それ以外の技能がどんなに優秀でも血濡れの処女たちファング・オブ・マリアになれずに処分される』――それは、単に術式を発動させられれば良いというものではなく、その臨界招来内で脳への痛みをまるで感じていないかのように動き周り、臨界招来内の敵の魔術師を確実に仕留めることができなければ、脳が焼き切れて血濡れの処女たちファング・オブ・マリアになる前に命を落とすということだったのだ。


 ――救いようがないほどイカれてますね。この国の勇者制度と同じくらいには。やっぱり、この子を救ってあげないと、罪を償ったことになれません。このままじゃ、アリエルちゃん達に合わせる顔がないです。


 そう思いながらも、アリスはその場に這いつくばって動くことができなかった。

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