第119話 激動Ⅰ 勇者パーティーの生き残り
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でミレーヌ視点→第三者視点に切り替わります。
前半ほのぼのパートと後半陰謀パートの塩梅が個人的にお気に入りです。
翌朝、ようやく空がほんのりと明るくなり始めた時刻。
「本当にお世話になりました」
アリスさんはあたしの屋敷の玄関口で深々と頭を下げる。昨日、これまでの17年間抱えていたことがいろいろ片付いた後。アリスさんはここでやるべきことはとりあえず終わったからランベンドルト領を次の日の早朝には後にすると切り出した。
「もう少しゆっくりしていってもいいんですよ? もうあたし達、家族なんですし」
名残惜しくなって言うあたしにアリスさんは小さく微笑む。
「そう言ってくれるのは嬉しいですけどケイン――これまでずっとアリエルちゃんの父親代わりをしてくれていた男性も村においてきたままですし、とりあえず今回はアリエルちゃんの無事が分かっただけで十分に目的は達成できましたから。それに――いつまでも母親がいるとアリエルちゃんの彼女さんとイチャイチャしづらいでしょうし」
次の瞬間、ぽっとアリエルの顔が提灯みたいに真っ赤になる。
「お、お母さん……! べ、別にお母さんがいなくなったって、ミレーヌ様とはお母さんの考えているようなことはしないから!」
そう言ってアリエルはアリスさんのことをぽこぽこと叩く。そんなアリエルの表情はこれまで一緒にいた中でも見たことがなかった。
ーーまた、あたしの知らないアリエルのかわいい一面が見れた。ほんとお義母さん様様ね。
そんな風にあたしが内心小躍りしてると。アリスさんはさらっと爆弾発言を滑り込ませてくる。
「でもアリエルちゃん、既成事実はなるべく早く作っておいた方がいいんですよ。人生いつ自分以外の人にミレーヌさんが処女を奪われちゃうかなんてわからないんですから。『はじめての女』になることは焦った方がいいと思いますよ。お母さんの経験談です」
……アリスさん、それ、アリスさんの口から言うとジョークになってませんよ。
そんな風にひとしきり親子でじゃれつき合った後。いよいよアリスさんが出立する時間になる。
「では、本当にここで失礼します。ケインにアリエルちゃんの無事を伝えて、落ち着いたらまた来ますね。逆にアリエルちゃん達も自分達の都合のいい時でいいので、是非里帰りに来てくださいね」
「そ、そう言えばアリエルの父親代わりだったケインさんにも『娘さんをください』ってご挨拶に行かなくちゃいけないんですよね。やば、『お前なんかに娘はやらん!』って言われないか心配になってきた……」
青ざめるあたしに対してアリスさんは朗らかに微笑む。
「大丈夫ですよ、ケインはもの凄く優しい男ですから。アリエルちゃんが選んだミレーヌさんのことなら、きっと認めてくれます。でも」
そこでアリスさんはあたしの耳元に顔を近づけて囁いてくる。
「もしあなたがアリエルちゃんを幸せにできなかったり、悲しませたりしたら……その時はこのわたしが許しませんからね。たとえあなたがミラの実の娘だとしても」
慈しむような表情で言うアリスさん。その目は全く笑ってなかった。
――ほんとに怖いの、アリエルのお父さんじゃなくってアリスさんの方なんじゃない?
そうしてあたしは内心身震いすると共に、アリエルのことを絶対に幸せにすると改めて誓った。
「じゃ、ほんとにほんとにこれが最後です。アリエルちゃん、どうか元気でいてくださいね。そしてミレーヌさん、アリエルちゃんのことを頼みます」
それだけ言うと。アリスさんは遂にランベンドルト邸を発った。そんなアリスさんのことを、あたしとアリエルは、いつまでも手を振って見送っていた。段々と小さくなるアリスさんの背中を見つめながら、あたしはふと思う。
――出会いは最悪だったかもしれないし、今でもアリエルのことになるとちょっぴり怖いけれど、やっぱりアリスさんに出会てて良かったな。また、すぐに会えるといいな。
◇◇◇◇◇◇◇
アリスと時を同じくして血濡れの処女たちの序列第六位であるロックがランベンドルト領を訪れていた理由、それはもちろんただの気まぐれなんかではない。全く違う理由で神聖ラミリルド皇国上層部からとある命令を受けていたからだった。
『ランベンドルト領に潜む2柱の漆国七雲客の居場所と、その弱点を探れ』
それが、今回ロックに下された任務だった。その任務にロックは正直、乗り気ではなかった。もともとロックがシスター、その中でもとりわけ茨の道である血濡れの処女たちを志したのは他ならない自分の手で、自分と母親の人生を狂わせた漆国七雲客を1人でも多くひねり潰すためだった。そんな彼女にとって、ただこそこそと情報収集をするだけなんて、本来なら耐えられるはずがなかった。
この任務が見つけ次第即、漆国七雲客を倒していいというものだったら少しは話が違ったかもしれない。しかし、上層部からはランベンドルト領に潜伏する漆国七雲客に接触しても絶対にこちらから手を出すな、ときつく言われていた。
ランベンドルト領に潜伏していると思われる2柱の漆国七雲客――【原素】と【幻想】は現在この世界に存在している漆国七雲客の中でも3本の指に入る実力者。しかも【原素】はかつての血濡れの処女たちを壊滅寸前まで追いやり、【幻想】はその半壊した血濡れの処女たち相手とはいえ、ラミリルド聖教最高戦力の目をかいくぐって国外へ逃亡し皇国を一度滅ぼすきっかけになった漆国七雲客。そんな危険な相手に、血濡れの処女たちの一員とはいえ、下から2番目の実力しかないロックが挑んだだけで貴重な人材を無為に喪失するだけ、そう上は判断したらしい。
そんな不本意な命令に、ロックは従わざるを得ない理由があった。ラインベルトで宿敵たる【時空】と【次元】という漆国七雲客の2柱に接触しながらもナナミを置いて独断専行したため、みすみす2人を逃がしてしまったという失態。それを持ち出されては、ロックとしても上の命令に従わざるを得ない。だからロックとしても、少なくとも上層部に従っているフリはしていた。でも、元々やる気がない諜報員が有用な情報なんて手に入れられるはずがない。何の成果もないまま、刻一刻と時間だけが過ぎていく。
――アタシなんかじゃなくって、もっと情報収集に特化したシスターに任せればいいのに。まあ、アタシに許されているこの地方への滞在期間はあと2日。それまでお仕事を頑張って、せめて最終日くらい、我が同志のミレーヌとアリエル様の魅力について語り明かそうかしら。彼女、この地方に住んでるってラインベルトで会った時に話してたし。それくらいしないとやってられない。
そんなことを思いながら、一応それとなく聞き込みはしたもののなんの成果もなく街の喫茶店を出たまさにその時。既知感のある魔力の波動を感じた瞬間、ロックは運命だと感じた。この魔力の波動をロックは過去に感じたことがあった。忘れるはずもない、この魔力の波動は17年前、母親を目の前で殺された時に勇者の近くにあった波動と同じだった。
そう。ロックの母親である【強化】がクラリゼナの勇者に殺された時。最初、ロック達はクラリゼナ王国の勇者パーティーに強襲された。そこからロックの母親はロックを抱えたまま勇者以外の勇者パーティーメンバーを振り切って【時空】との一騎打ちに持ち込み、その結果、敗北して命を落とした。でもあの後、生き残ったロックは勇者や勇者パーティーに殺されることはなかった。なぜなら、ロックはラミリルド聖教のシスターに助けられたから。
あの日。ラミリルド聖教によって始末されたのは漆国七雲客であるクラリゼナ王国の勇者である【時空】だけではなかったらしい。ロックを助けてくれたシスターの部下が時を同じくしてクラリゼナ王国の残りの勇者パーティーメンバーと戦い、始末していたのだ。そして当時の勇者パーティーは新生ラミリルド皇国のシスターたちによって壊滅させられた、そう聞いていた。なのに。
――この波動は間違いなくあの日、アタシとお母さんを襲った中にいた魔力反応。まさか死に損なって、今まで生を謳歌していたなんて……。
ロックは自分の中で許せない、と言う憎悪感と共に妙な高揚感が湧いて来るのを感じていた。もう既に全滅していて、叶うはずもないと思っていた、母を死に追いやったグループの人間の抹殺。それが自分の手でできると思えた瞬間、ロックは昂揚が抑えきれなくなる。
――どうやら任務を引き受けてランベンドルト領にやってきたのは正解だったようね。
そこでロックは気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと、とある術式の詠唱を開始した……。