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第118話 回想Ⅷ 12年遅れの仲直り

「……ずっと勘違いしていました。わたし、ミラにずっと愛されていたんですね。そんなミラの気持ちに、わたしは気づかなかった。わたしはとんだ薄情者です」


 ひとしきり泣いて落ち着いてから。どこか吹っ切れたような、それでいてどこか寂しそうな複雑な表情でアリスさんはお母様の日記帳の表紙を撫でる。でもその表情にはやり場のない恨みはどこにもなかった。


「それは仕方ないことだと思いますよ。人間誰しもが読心術者(エスパー)っていうわけではないんですから。人の気持ちなんて、ちゃんと言葉に伝えなくちゃ伝わらないんです。あたしもアリエルと――娘さんとちゃんと言葉で伝えずに何度もすれ違いましたから、わかる気がします。そして、それを乗り越えて今のあたし達がある」


 アリエルのことを話すと自然に頬が緩んじゃう。そんなあたしを、アリスさんは寂しそうに見つめていた。


「ほんとに、今のアリエルちゃんとあなたは仲がいいんですね。わたし達も、いつまでも仲良しでいたかった。あなた達みたいになりたかった。でも――もう無理ですよね。本心を伝えられるのは生きている間だけ。死んじゃったら、もうどんなに後悔しても、その気持ちは伝えられない」


 そう言って俯くアリスさん。そんなアリスさんに


「そんなことないと思いますよ」


自然とそんな言葉が滑りだす。するとアリスさんは目を丸くしてあたしのことを見上げてくる。そんな風に見つめられると、ちょっと恥ずかしくなって照れ隠しにあたしは頬を掻いちゃう。


「いや、そんな大したことじゃないんですし、ただの自己満足かもしれませんけど……一方的にでも死んじゃった相手に言いたいことがあるなら、直接伝えるだけはできると思います。その相手が眠っている場所に向かって。もちろんそれで相手が答えてくれるわけじゃない、理解してくれるわけじゃない。生者の身勝手な通過儀礼(イニシエーション)に過ぎないかもしれません。


 でも、抱え込んでおくのはきっとよくないですよ。ちゃんと向き合って、吐き出したいことは吐き出して。そうすることであたし達はちゃんと過去を清算して、未来に向かっていくことができると思うんです。昨日のあたしがそうだったから。だからもし良かったら、お母様のお墓参りに行ってみませんか?」


 そう言って差し出したあたしの右手を、アリスさんは暫く目を丸くしたまま見つめていた。でも最終的には微かに微笑んであたしの手を取って答える。


「ええ」



◇◇◇◇◇◇◇



 1時間後。あたしとアリスさん達は再びランベンドルト領にある霊園に訪れていた。一昨日来たばっかりではあるけれど、一昨日とは違って、今日の主役はアリスさん。


「あの、えっと、ミラ? そ、その、久しぶり」


 最初はたどたどしく滑り出すアリスさんとお母様の会話。それを、あたしと魔女様は後ろから見守っていた。


「まさかミラがわたしのことが好きだったなんて思いませんでした。ミらはずっとわたしのことが一途に好きで、それでから回っちゃったんですよね? 


 でもーーそうならそうって、ちゃんといって欲しかった。だって、普通は思いませんよ。ミラが女の子のこと、わたしのことが好きだなんて。だって学生時代、わたしとミラはどんな男の人がタイプかとか、フツーの女子学生っぽい話題で盛り上がったりしたじゃないですか。あれもきっと、わたしに合わせてくれてたんですよね……。わたし、そんなに信用ありませんでしたかね? ミラのそんな嗜好を受け止めてあげられない堅物に見えちゃってましたかね?」


 話していくうちにだんだんとアリスさんは涙交じりになって行く。


「あはは、最近のわたしって泣いてばっかりですね。そう、本当のわたしは脆くて、泣き虫で、いっつも去勢を張ってたのかも知れません。


 でも、ちゃんと泣けるようになったのもそういえばミラのお陰じゃないですか。魔法学園に進学したばっかりの時のわたしはまだ12歳のガキなのに愛のない家族に絶望して、全てを悟った風でいて、涙なんて見せることなんてありませんでした。泣ける場所なんて家のどこにもありませんでしたから。でも、そんなわたしに、『辛い時はあたしの胸の中で泣いていいんだから!』って言ってくれたのはミラですよね? だから、今のわたしが泣き虫になっちゃったのは、ミラのせいです。だから、責任取ってわたしの涙を受け止めてくださいよ」


 そんな理不尽なことを言いながらも、アリスさんは何処か笑っていた。涙を流しながらも、昔を懐かしむように微笑んでいた。


「結果論としてわたしは酷い目に遭っちゃいましたし、今も心に深い精神的外傷(トラウマ)を残しちゃいましたが……でも、ミラがわたしのことが嫌いじゃなかったなら、生きているうちにちゃんと話したかったです。もっとはやく気づきたかったです。あなたはわたしに『許してもらえない』って決めつけてましたし、わたしもミラがわたしのことを最初から嫌いだったんだ、って思い込んでました。でも、ちゃんと話していたら、あなたのことを直接赦せていたかもしれません。結局、それは敵わずにミラがこの世からいなくなっちゃってから12年も遅れちゃいましたけど。――今、この瞬間、わたしはあなたのことを赦します。だから、あなたもそんなに自分を卑下することはもうやめてください。


 それに、ミラの空回りが原因で酷い目にも遭っちゃいましたけど、ミラのお陰ですごく嬉しいことにもわたし、巡り合えたんですよ。これもまた、結果論ですけどね」


 そこでアリスさんは一息つく。


「ミラが裏で動いて勇者パーティーなんかに入っちゃって、その後なんやかんやあって無理矢理孕まされちゃいましたけれど、それが無かったらわたしはアリエルちゃんに出会えませんでした。あなたにもわたしのたった1人の家族にして、可憐すぎる天使を見せたかった。そんなアリエルちゃんに出会えたのは、元はとは言えば、あなたのお陰なんですよ」


「どんなに過去を後悔しても、わたしとミラはもうやり直せません。この世界のどこにももう、あなたはいないから。でも、きっとわたし達がやりたくてもできなかったことはわたしのアリエルちゃんと、あなたそっくりのミレーヌさんがいっぱい、成し遂げてくれます。何の因果か、わたしの天使とあなたの天使は巡り合って、お付き合いし始めてくれたんですから。だから、しんみりするのはもうこれでおしまい! これからはもう過去の恨みとかは全部忘れて、自分達の子供の世代を温かく見守りたいとわたしは思ってます。たとえあなたのことをわたしが隣で感じることができなくても、あなたにもアリエルちゃん達のことを見守ってくれると嬉しいかな、なんて、そんなことを思ってます。


 はい、わたしから言いたいことは以上! だから最後に――。さようなら、そしてありがとう、わたしにとって初めてできた、自慢の大親友」


 お母様が眠る墓標に向かって満面の笑みを浮かべるアリスさん。そんなアリスさんの清々しい表情は、アリエルそっくりだった。




 アリスさんがずっと抱いていた過去の因縁を清算してお母様と仲直りを終えた後。お屋敷に帰ってくる時にはアリスさんの表情はすっきりとしたものになっていた。


「それにしてもお母さんがミラさんと、そしてミレーヌ様ともちゃんと仲直りできてよかったです。やっぱり人のマイナスの感情は怖くて、見ていても辛いですから」


 アリエルが天使のような笑顔で言ってくる。そんなアリエルの言葉にあたしも、そしてアリスさんも自然に顔を綻ばせる。


「これでぼくも、お母さんも、そしてミレーヌ様もミコトさんも、もう晴れて家族ですね」


 何気なくアリエルが口にした言葉。その言葉にふとあたしは足を止めちゃう。


 ――そっか。いざこざが解消したら、あたしとアリスさんも親子関係になるんだ。


 そういざ自覚すると、ちょっと気恥ずかしくなる。それはアリスさんも同じみたいで、アリエルのどの言葉を聞いた途端、妙にそわそわし出す。


「……えっと、アリスさん。今でもあたしから『お義母さん』って呼ばれるのはイヤですか? 」


「い、いや、それは……あの時はまだミラのことを勘違いして、ミラの娘であるミレーヌさんのことも誤解してましたから。アリエルちゃんの大切な人からその、『お義母さん』って呼んでもらえるのは、家族がアリエルちゃんしかいないわたしからしたら娘が増えたような気がしてちょっと嬉しいというか……」


 恥ずかしいのを誤魔化すかのように髪の毛の先を弄ぶアリスさん――お義母さん。そんなアリスさんの仕草がいじらしくてついあたしが頬を緩めちゃうと。


「な。何笑ってるんですか、ミレーヌさん! 」


お義母さんは顔を真っ赤にして言ってくる。そんなあたし達を見てアリエルも小さく吹き出していた。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。予告通り、長かったのか短かったのかわからない回想編はこれでおしまいで、アリスの抱えていた問題はこれで一応解決、ということになります。


 そして物語の渦中にいて救済されていないヒロインがもう1人。彼女を待つのは救済か破滅か。6章の残りも温かく見守っていただけますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 六章、ドロドロした経過がありつつも爽やかに終わったのが良いです。 これまでの関係性の謎解きをしつつ、主要人物たちに深みを与える見事な構成でした。 人間的な弱みのある人々に親近感が湧くので、…
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