第117話 回想Ⅶ 恨まれ続けた彼女の告白 後編
今回もミレーヌ視点です。
その先に書かれていた内容はあたしのそんな想像よりも、ずっと救いようがなかった。それだったらお母様がまだ1人で悪者を演じていた方がマシだったかも、と思うくらいに。
『XXXX年5月2日。昨日届いた手紙の話、よく考えたらアリスちゃんにぴったりじゃない? アリスちゃん、王宮の仕事に就きたいって言ってたし、本気を出したあたしほどじゃないけれど、アリスちゃんだって優秀な魔術師だし。きっとアリスちゃんも勇者パーティーメンバーになれたら喜ぶよ。それにアリスちゃんが勇者パーティーを引退したら、その時はアリスちゃんと結婚しよう。元勇者パーティーメンバーなら、きっとお父様も女の子同士だって、子爵家出身だって、結婚を許してくれるはずだし。あたしもアリスちゃんもこれでハッピー、一石二鳥だね!』
――それは違うよ、お母様。きっとそれは誰も幸せになれない。みんなが不幸になっちゃう選択だよ。
そんなこと思っても意味がない、とわかっていながらもつい、心の中で叫んじゃう。でも現実のお母様は当然、そんなことに気付かずに、誰もを不幸にする最悪の選択肢を選んでしまう――その時の本人は『誰もが笑顔になれる選択肢』だと、それこそ無邪気に信じて。ページをめくる手だけが、段々と早くなる。
『XXXY年3月5日。魔法学園卒業まで1週間を切った今日、アリスちゃんは王宮に呼ばれて、直々に勇者パーティーの魔術師になるように勅命があったんだって。アリスちゃん、すっごく嬉しそうだった。あんなに嬉しそうなアリスちゃんを見せられたら、あたしも嬉しい』
『XXXY年3月10日。遂に今日が魔法学園の卒業式。明日からアリスちゃんに会えなくなるのはイヤだなぁ。でも、アリスちゃんが夢に向かって走り出そうとしているんだから、とやかく言っちゃダメだよね。最愛の人として応援しなくちゃ』
卒業式の日の記述。お母様がやり直せるとしたら、恐らくこれが最後のチャンスだったはずの日。でもお母様は結局、その時には何にも気づいていなかった。そんなお母様の日記を読んでいると、読んでいるこっちの方がやりきれない気持ちでいっぱいになる。
そして。それから先の記述は、不幸への一本道だった。
『XXXY年3月11日。久しぶりに実家に帰ったら勇者パーティーの魔術師になれなかったことでお父様から叱られた。どうやらあのポストは代々、王家かリツァルカ公爵家の人間が、勇者に変な気を起こさせないで勇者が国王陛下のために戦い続けるよう、監視する役目だったみたい。お父様は公爵家でも王家でもない人間を勇者パーティーに入れた国王陛下も国王陛下で何を考えてるんだ、っていきり立っていたけれど……そもそも、勇者を監視する役目ってなに? それじゃまるで、王国の英雄であるはずの勇者様が『奴隷』みたいじゃん。なんかもやもやする』
『XXXY年3月25日。リツァルカ公爵家の図書室でとんでもないことをあたしは知っちゃった。勇者パーティーは本当は正義の味方でも何でもなかった。アリスちゃんが人殺しになる前にとめなくちゃ! でも……たった15歳の子供でしかないあたしになにができるの?』
『XXXY年4月15日。今日、いきなりあたしの所に縁談が来た。最近、アリスちゃんを勇者パーティーから助け出そうと裏で動いていることがバレて、お父様はあたしのことを王都から、公爵家から追放したいみたい。相手は斜陽の辺境伯みたいで、魔法がそれなりに仕えるあたしのことを一目見た瞬間からニヤニヤしてて、気持ち悪かった。あたしは本当はアリスちゃんと結婚したかったのに。それまで純血でいたかったのに』
『XXXY年5月6日。あたしがランベンドルト辺境伯に嫁ぐ日が来週に決まった。もうアリスちゃんと結婚したいとかそんな我が儘は言わない。あとちょっと、あとちょっとでアリスちゃんを王宮の間の手から救い出せるはずだから、せめてそれまで待って!』
『XXXY年5月13日。結局アリスちゃんを救う工作は間に合わなかった。今日からあたしは辺境の貧乏貴族のお嫁さん。鳥籠の中に閉じ込められて、もう何もできそうにない。アリスちゃん、お願いだから生き延びて……』
『XXXZ年4月9日。今日、ランベンドルト辺境伯にはじめてを捧げた。貴族の女性は子供を作ることが仕事だから仕方ない。でも、好きでもない人にはじめてを捧げるのはやっぱり抵抗があった。たとえ結婚できなくてもはじめてはやっぱりアリスちゃんに貰ってほしかった。でも、もう汚されちゃった体でアリスちゃんに会いに行く勇気はないなぁ。
アリスちゃん、ちゃんとご飯食べられてるかな? 罪もない人の血で汚れた手で日々のご飯をたべてるのかな。そんなところを想像しただけで、心臓がギュッと苦しくなる。そうだ、これはアリスちゃんを人殺しの仲間に誘っちゃった天罰なんだ。好きでもない男の人の妻が肉体的・精神的に辛くても、甘んじて受け入れなくちゃ。あたしはそれだけの大罪を犯した咎人なんだから』
『XXXZ年8月8日。勇者パーティーが全滅したという話が出回ってから2週間が経った。かつての王都の知り合いから、1人生き残ったアリスちゃんが口封じのために酷いことをされているっていう話を聞いた。アリスちゃんが好きでもない男の人に汚されて、深く傷つけられるなんて、想像しただけで心が引きちぎられるような思いになる。代われるものなら今すぐに代わってあげたい。でも、辺境のランベンドルト領に追放されてしまったあたしには、彼女の少しでも早い地獄からの脱出を祈ることしかできない。頼れるのはもう、ケインくらいしかいないよ。ケイン、アリスのことを助けてあげて……』
『XXXZ年9月12日。ケインからようやくアリスちゃんが一定程度話せる程度に回復したって言うお手紙をもらった。アリスちゃんはすごくあたしのことを恨んでいるみたい。直接会いに行って謝りに行きたい。でも、大好きな人から拒絶されるのは怖いな』
『XXYX年12月4日。アリスちゃんに謝りに行こう、行こうと思いながら4年が経っちゃった。でも最近は領地で魔獣が活発に活動していて、ランベンドルト領のほぼ唯一の戦力であるあたしがどこかに行くわけには行かなそう。連日連日S−ランクの魔獣を1人で相手してるから、もうくたくた。でも頑張らなくちゃ。娘たちはまだ戦えるような年齢じゃないし、あたしはあたしの戦いをすることが、せめてものアリスちゃんを騙してしまったあたしの償い、だよね』
『XXYY年9月11日。これまでの無理が祟ったのか、もうあたしは長くなさそう。最近はずっと床に臥せっている。まだ2人の娘も小さいのに。あと……最後にアリスちゃんのこと、一目見て見たかったなぁ。あと、アリスちゃんにも娘さんができたんだって。きっとアリスちゃんみたいに天使のようで、さぞかわいいんだろうなぁ』
『――――年―月――日。アリスちゃん、何にも償いができなくて、ごめん。1人で勝手に逃げてごめん。許されるとは思ってない、でもただひたすら謝りたかった。あたしの歪んだ恋心であなたの人生を滅茶苦茶にしちゃった、浅ましい自分のことを。知らなかったなんて言い訳にならない。いくら好きでもな人と結婚して、嫁いだ先で馬車馬のように働いて、1人で傷ついたところで、そんなのなんの償いにもならないよね。ただ一言、ごめん』
『――――年―月――日。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ』
お母様の日記は、そんな書き殴りの懺悔の途中で終っていた。
ここまで読むと明らかだった。お母様がランベンドルト領にやってきたのはスローライフなんてとんでもない、あくまで『罰』だったこと。
そしてお母様の認識としても領主の制裁として領地のために戦い、あたし達を産み育てることでさえ、最愛の相手だったはずなのに誰よりも深く傷つけてしまった、片思い相手に対する『贖罪』で、そこに家族に、娘に対する本物の愛なんてきっとなかったこと。
そんなお母様にあたしは今更失望なんてしなかった。それ以上に最後まで報われずに死んでいったお母様に対する同情が、静かに心を満たしていった。あたしにも大好きな人がいるから、好きな人を思っての行動が思わぬ結果をもたらしてしまうことは、他人事には思えなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。手紙でのひたすらの懺悔もメイン連載でやってみたい要素だったので回収できてよかったです。
さて。ミラとアリスの確執から始まり、アリエルと両親との和解を間に挟んだ回想編も次回で遂にというか、クライマックスです。すれ違い続けた彼女と彼女の物語を、最後まで見届けていただけますと幸いです。