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第115話 回想Ⅴ すれ違い続けた母娘の行く先 後編

 今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でアリエル視点→ミレーヌ視点に切り替わります。昨日の後編です。

 思いの丈をいちど吐露しはじめると。今度はお母さんに対する申し訳なさで、最初とは違う意味で胸が苦しくなってくる。


 お母さんは父親が誰かもわからない、自分で好きで授かったわけでもないぼくのためにここまで必死になって育てて、愛を注ぎ、探してくれたって言うのに、ぼくは弱くて、その親としての大きすぎる愛を受け止められなかった。今だってお母さんのことを拒絶し、こんなにお母さんを不安にさせちゃってる。


 ――なんてぼくって親不孝なんだろ。


 そう思うとやりきれない気持ちでいっぱいになる。


「お母さんは今のぼくのことどう思うんだろ? きっと変わり果てたぼくのことを見て失望したよね。親に生きていることすら告げずに一人だけ、のほほんと生きていて。ほんと最悪だよね、ぼくって……」


 ネガティブな真っ黒な感情がぼくの心を塗り潰していく。あーあ、こんなぼくを見せたらますますお母さんを失望させちゃうな。そうわかっていても止められなかった。今のぼくは村で暮らしていた時や勇者パーティーにいた時のうんざりするほど底抜けに明るい『わたし』なんかじゃない。ネガティブで、弱虫で泣き虫、それが今の『ぼく』。そんな『ぼく』のことをぼくは嫌いじゃないけれど、過去の『ぼく』を知っている人ならきっと、今のぼくを見て失望する。過去の『わたし』を知りながら今の『ぼく』も好きだ、なんて言ってくれるのはミレーヌ様ぐらいだって、自分でもわかっていた。


 ――いっそのこと、お母さんの方からぼくに失望して、見限ってくれたらどんなに気が楽になるだろう。そうしてくれれば、この申し訳なさを感じなくて済む。


 そんなことさえ頭を過っちゃった、その時だった。


 温かいものに包まれる感覚があって、一瞬ぼくは何が起こったのかわからなかった。でも。気付くと僕は、お母さんにぎゅっと抱き締められていた。


「……そんなことない、です。お母さんとしてはアリエルちゃんがいくら変わっても、それがアリエルちゃんの望んだ生き方なら、世界中を敵に回したって、誰よりも肯定し続けます。どんなにアリエルちゃんが変わっていても、絶対にこの広い世界でも見つけ出します。だってわたしは、アリエルちゃんに生かしてもらってるようなものなんですよ? アリエルちゃんのお母さんにさせてもらって、生きる意味をもらえたんですよ? だから、アリエルちゃんは好きなように生きていてくれたらいいんです。元気に生きてさえいてくれて、アリエルちゃんのお母さんをさせてもらえるなら、お母さんはそれで十分幸せなんですから」


 優しい口調で耳元に囁きかけてくるお母さんの言葉にじわっと目頭が熱くなる。その時に気付いた。お母さんに今の『ぼく』を失望してほしいなんて嘘だ。ぼくはぼくの好きな人――お母さんに、やっぱり今の『ぼく』のことを肯定してほしかったんだ。


「ほ、ほんとにいいの、こんなぼくで……?」


 さっきまでとは違う意味で震えた声でそう聞いちゃうぼく。そんなぼくに、涙で既に顔がぐちゃぐちゃになったお母さんは頷いて答える。


「当たり前です、花丸あげちゃいます」


 ――あー、ぼくってこの言葉がずっと欲しかったんだな


 その言葉が決定打だった。


 その瞬間。ぼくの中で何かが決壊して、目元から大粒の涙が溢れ出しちゃう。そんなぼくのことを抱きしめながら、お母さんは優しく囁き続けてくれる


「アリエルちゃん。本当に、生きていてくれてありがとうございます。こうしてまだ出会えて、抱き締め合うことができて、わたしは幸せ者です。ちょっと思い描いていたアリエルちゃんとは変わってたかもしれませんけど……新しいアリエルちゃんに会えて、わたしは世界一幸せな母親です」


「ぼ、ぼくも! お母さんにこんなに愛してもらえるなんて、世界一の幸せ者だよ!」


 もうお母さんに対する恐怖心なんて欠片(カケラ)も残ってなかった。涙と共にずっと恐怖心や他の感情が邪魔をして見えなかった、本当に伝えたかった言葉が溢れてくる。


 それは親子としてきっと当たり前の感情。そんな親子としての正解に、散々遠回りして、ようやく。ぼくは辿り着くことができた。



◇◆◇◆◇◆◇



「と、いうわけでお母さんと仲直りできたことだし。ぼくが大好きな人達も仲良くしてくれるとぼくは嬉しいかな、なんて」


 似た者同士の親子が泣き止んだ後。アリエルはあたしとアリスさんの様子を窺うように恐る恐る、といった様子で聞いてくる。そんなアリエルの言葉を受けて。


「あたしとしては最初から仲良くできれば、と思ってるんですけど……なんたって、彼女のお母様なわけですし」


 雰囲気を和ませようとちょっとお茶らけて言ってみたけれど、その瞬間アリスさんはぎろり、とあたしのことを睨んできて、あたしは反射的に身を竦めちゃう。――この人に睨まれるとガチで命の危険を感じるので自重してほしいんだけど……。


「ミレーヌさん、あなた自身に悪いことはないって言うことはわかってます、わかってる友利なんです、でも……やっぱりわたしはミラ、そしてミラと瓜二つなあなたに気を許す気にはどうしてもなれない」


「そ、そんなこと言わないでよぉ。幾らお母さんだって、ぼくの好きな人を受け入れてくれないと嫌いになっちゃうかも……」


 あ、アリエル、それ禁句……。


 と思った時にはもう手遅れだった。『嫌いになっちゃうかも』、アリエルにそう言われた瞬間、これまでシマウマを目の前にした雌ライオンのような瞳をしていたアリスさんは一気に涙目になる。そうなると慌てだすのはアリエルの方で。


「冗談、冗談だから! お母さんのことを嫌いになったりなんてしないから、泣かないで、ね?」


 必死に宥めだすアリエル。そんな茶番劇に魔女様は明らかにつまらなそうな視線を投げかけていた。そして。


「なーんか、あなたとミラの見解に食い違いがある気がするのよね~」


 ぽつり、と口にした魔女様の言葉に、アリスさんの表情は再び険しくなる。


「……ミラはこの国の勇者がどういうものか知っていたからこそ、実力を隠してわたしに勇者パーティーの座を譲り、自分は辺境伯の妻としてぬくぬくとスローライフを満喫する道を選んだ。それが真実じゃないですか」


「いや、違うね」


「違うって……あなたがミラの何を知って」


「知ってるね。わたしはミレーヌの祖父母の代からランベンドルト家の人間のことを見てきた。当然ミレーヌの母親――ミラのことも知っているわ。でも、生前のミラはくだらなすぎるこの国の抱えている真実に対する責任をあなたに押し付けて、自分1人でのうのうと生きていたようには見えなかったわ。彼女はいつも自分のことを責め立てて、そんな気を紛らわせるためにたびたび無茶なやり方で領民のために戦っているように見えた。そんな彼女の人生は、『スローライフ』なんて言葉とは縁遠いと思うけれど」


「……」


 魔女様の言葉にアリスさんは一瞬、押し黙る。


「あの子が早死にしたのだって、どうせあなたに責任を押し付けてしまったことと領主の妻としての心労が重なったからじゃないかしら。あなたと霊園でミレーヌが会ったあの時。あのお墓参り自体、ミレーヌがもう死んでる家族――父親や妹、そして母親であるミラにちゃんと向き合うための通過儀礼みたいなものだったのよ。最後まで悩み、苦しみながら逝ったあの子よりもなんだかんだいいながらちゃんと『最愛の娘』が生きているあなたの方が、今はよっぽど幸せだと思うけどね。生きていてさえくれれば、どれだけ嫌われたって関係改善できる余地はあるけど、死んじゃったらもう終わりなんだもの。それは、今のあなたなら痛いほどわかるでしょ」

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