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第113話 回想Ⅲ ぼくの『お父さん』はあなたしかいないから

 今回もアリエル視点です。

 昨日落としたから、というわけでもないですがちょっと長めです。

「お父さん」


 数年ぶりに口にする呼び名。ちょっとこそばゆい。そんな呼び名に、お父さんは唖然とした表情になる。


「アリエル……いつから、気づいてたんだい?」


そんなお父さんにぼくはどんな表情をしたらいいのかわからなくなって、ぎこちなくはにかんじゃう。


「いつからって、気づいたのはついさっきだよ。こんなにぼく達の事情を知っていて、わざわざ話す人なんてお父さん以外に思いつかなかったから。――で、なんで正体を隠して、お父さんを悪者にするようなことをぼくに話そうと思ったの?」


 ぼくがそう尋ねると。お父さんは観念したかのようにがっくりと肩を落とし、それからようやく本音を吐露してくれる。


「……アリスとぼくの元にアリエルが行方不明になったって情報が入ってきて、アリスがヒステリーを起こして飛び出しちゃって、この十七年間自分がやってきたことに自信が持てなくなっちゃったから、かな、これまでの十七年間、ぼくは深く傷ついたアリスと、アリスが授かった君を、赤の他人ながらもできる限り幸せにしようと尽力してきたつもりだった。深く傷ついた君達親子が幸せになれるならぼくの人生全てを投げ出してもいい、それはぼくにしかできないことだから。そう思って首都での地位も、決まっていたはずの許嫁も、何もかも捨ててぼくはアリスを傍で支えることを選んだ。本質的には男性に心を許せなくなってしまったからどんなに尽くしても決して普通の夫婦同士にはなれない彼女と、ね。それが、『ぼくの手の届く範囲にいる笑顔にしたい人』で、『ぼくにしかできないこと』だったから」


「でも。アリエルが王都の魔法学園を卒業して、ぼくがいたずらに与えた『夢』のせいで君は十七年前のアリスのように傷つき、そのせいでたった2人きりの家族であるアリスと君の仲が険悪になって、ぼくはもうどうしたらいいかわからなくなってしまったんだ。自分がこれまで良かれと思ってやってきたことが全て間違いだったんじゃないか、って思えた。だから! せめてぼくとアリエルに血が繋がっていないことを告白して、たった1人しかいない家族であるアリスとアリエルに仲直りしてもらうきっかけにしてほしかった。ぼくという他の家族、逃げ道断ち切れば、君達は仲直りしやすくなるかもしれないと思ったから」


 ――お父さんだって間違えることがあるんだな。


 そんな当たり前のことにぼくは今更ながら気づいた。お父さんだって、そしてお母さんだって、ぼくと同じ人間なんだから間違えることくらいある。そんな当たり前のことにぼくはこれまで気づかなかった。だって、ぼくにとってお父さんとお母さんは何処まで言っても、『お父さん』と『お母さん』だから。


 2人はぼくにとって遥かに人生経験を積んだ大人で、一生追いつけない存在だから、間違いなんてしないと思ってた。そんなことを頭のどこかで思っちゃって、ぼくは『間違えちゃった』お母さんのことを必要以上に怖がっちゃった所もあったのかも、と今になっては思う。


 でも、それは子供の勝手な押し付けで、幻想に過ぎない。そんなことに今、ぼくはここで気づけた。


「それは違うよ、お父さん。そんなこと、できるはずもないよ」


 否定の言葉は自分でも驚くほどすんなり出た。そんなぼくの台詞にお父さんはまた悲しそうな目になる。でも、それを気にしないようにしつつぼくは言葉を続ける。


「最初から言っているけれど、ぼくはお父さんがぼくにくれた夢のことを後悔なんてしてないし、血が繋がっていないからお父さんのことを家族じゃない、なんて思ったりできないよ。寧ろ、ぼくはお父さんに感謝してる。血も繋がっていなくって面倒を見る義理も何もないぼくのことを、これまで、ここまで大切に育ててくれたんだもん。寄り添ってあげなくちゃいけないわけじゃないお母さんのことをずっと支え続けてくれたんだもん。そんなの、感謝しこそすれ、嫌いになんてなれないよ」


 そして。ぼくはおもむろに立ち上がり、ばっと両手を広げる。十七年間で成長した娘の姿がよく見えるように。


「見て。今、目の前にいるのがお父さんのお陰でここまで育った、1人の女の子なんだよ? 今、目の前にいるぼくが、お父さんの一人娘ーーだと、ぼくは思ってる。誰に対しても優しい、優しすぎるお父さんみたいになりたいって憧れた女の子。


 もちろん、まだまだお父さんみたいにはなれてないかもしれないし、一生なれる気がしないけれど……まっすぐな心を持ったお父さんに言葉で、行動で教えてもらい続けた『誰に対しても手を差し伸べること』っていう生きる指針は今でも意識的に、無意識的にぼくの真ん中にある。そんなぼくのことを、ぼくの大好きな人は好きだって言ってくれた。今、ぼくが最愛の人とお付き合いできているのだってお父さんがぼくのことをこう育ててくれたからなんだよ。そんなお父さんが悪いわけないよ。そんなお父さんがぼくの『お父さん』じゃないわけがないよ。そんなの、その考え自体が間違っている(、、、、、、)


 ぼくの言葉に呆然と立ち尽くすお父さん。そんなお父さんを見ていると我慢できない激情に駆られて、ぼくはついお父さんに抱きついちゃう。


「そんなお父さんに、ぼくと家族じゃないなんて言われるのは哀しいし、辛いよ。お母さんはなんて言うかわからないけれど……ぼくは少なくとも、お父さんのことを『家族』だと思ってる。家族としてお父さんと……そしてお母さんとも、『3人で』幸せになりたい。幸せにならないと嘘だよ。お父さんはぼくのこと、嫌い? ぼくのことはあくまで『父親が誰かわからない可哀想な女の子』としか見れない?」


 今の台詞はちょっと意地悪だったかな。そんなことを思っていると。


「……そんな訳、ないじゃないか」


不意に上から温かいものが零れ落ち、ぼくの肌を伝う。見上げるとお父さんはいつの間にか、目元に涙をいっぱいに貯めていた。


「ぼくにとってだって! もうアリエルは愛しい1人娘に決まってるじゃないか! アリエルが生死不明だって聞かされた時、気が気じゃないのはアリスだけじゃない。ぼくだって頭から血の気が失せるような気がした! 最初はアリスが君を出産することに反対していたようなぼくだったけれど……無邪気で、天使のような君に惹かれていったのはぼくも同じだよ。だから、アリエルが血が繋がっていないぼくのことを『お父さん』だって思ってくれるなら、ぼくだってアリエルの父親で居続けたい……」


 そんな風にぼろぼろ泣かれるとこっちまでもらい泣きしたくなってきちゃう。でも。ぼくは涙を必死にこらえて、口角を上げてにっ、と笑う。


「血が繋がっているか繋がっていないかなんて関係ないよ。ぼくにとって『お父さん』はたった1人しかいないし、お父さんにとってぼくはいつまでも『1人娘』のまま。それはいつまでも変わらないよ」


 それから。ぼくとお父さんは気が済むまで父娘(おやこ)の抱擁を交わし合った。




 あの後。泣き止んでからぼく達は改めて互いの近況報告などをしていると。いい加減に日は西へ傾き始めていた。


「……つまり、お父さんが悪者になんてなれないから。お父さんが家族じゃないとかありえないから」


 ぼくがはっきりそう言うと。お父さんは満足そうに頷いてくれた。


「長居しすぎちゃったね。――アリエルに伝えるべきことは伝えられたし、ぼくはここでお暇するよ」


「今日くらいランベンドルト領に泊まっていけば」


 ぼくがそう言うとお父さんは高笑いを始める。そんなお父さんはもうすっかりぼくの知っているお父さんだった。自分のしていることに迷いなんて感じたりもしなければ、仮面で表情を隠すこともない、ぼくがなりたいと思った大好きなお父さんだった。


「はっはっは、女子寮しかないここにおじさんが泊まる訳にも行かないだろ。それに、アリスにはぼくもこっちに来ていることは内緒にしてるんだ。勝手にぼくがアリスの秘密を話したってわかると怒るかもしれないしね。それに、アリエルが生まれ育った村で実家を守っている人は誰かしら必要だろうから、ぼくは転移結晶で今日中にお暇させてもらうよ。でも最後にもう一度だけ確認。――アリスとの仲直りはできそうかい?」


 お父さんにそう言われてぼくはやっぱりまた、一瞬返答に迷う。


 再会したばかりの時のお母さんのことが全く怖くないか、というと嘘になる。でも。


 レムさん、そしてロックさんにも背中を押してもらった。お母さんとの関係がそのままじゃお父さんに心配かけちゃうことも分かった。そして何より――あんなに苦しんだ末にぼくのことを産んで、今もなお心配してくれているお母さんとの関係がこのままなんて、ぼく自身がイヤだった。そこまで考えると、ぼくの答えは決まっていた。


「うん、大丈夫。ちゃんとお母さんとも話して、ちゃんと仲直りするよ」


 ぼくのその答えを聞くと、お父さんは満足そうにうなずいた。


「それじゃ。今度は実家でアリスと、3人でまた会おう。2人が帰ってくる場所はいつでも、ぼくが守り続けているから。あとそうそう――その時はぼくにも、彼女さんを紹介してよ? 『お前のような若造に娘はやれん!』っていうのやって一度やってみたいんだ」


 ミレーヌ様のことを言われた瞬間。ぼくの頬はかぁっと熱くなる。


「そ、そんなテンプレはしなくていいから! そんなことするなら、ミレーヌ様のこと紹介してあげないよ?」


「はっはっは、今のは勿論冗談だよ。でも。実家に帰る時は是非彼女さんも連れてきてほしいっていうのは本音だよ。それじゃ。また元気な姿で会おう」


 それだけ言い残すと。お父さんは眩い魔法光の中へと消えていった。



 そして1人きりになると。ぼくは壁にかかった鏡に映る自分を見つめ、「よしっ」と小さく呟いて気合を入れる。と、その時。ドアがノックされてレムさんが入ってくる。


「お父さんとはちゃんと話せたのですぅ?」


「はい。……レムさん、今からお母さんともちゃんと話してみようと思うんですけど、その……レムさんも一緒についてきてくれますか。1人だと、やっぱり勇気が出ないので」


 ぼくのそんな弱気な言葉にレムさんは穏やかな表情のままぼくの手に自分の手を重ねて言う。


「もちろん、なのですぅ」


 そして。ぼくとレムさんはその日は冒険者ギルドを早めに閉店にして、お母さんがいる辺境伯のお屋敷へと向かったのでした。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。理想の父親と、そんな父親との再会を描いたここ2話でしたが、楽しんでいただけたようでしたら幸いです。

 読んでいただいたらわかるかもしれませんが、ケイン周りの話は色々な好きな作品の影響が色濃く出てます。それでも『あなたがここまで育ててくれたんだよ』のシーンはオリジナルだと思って書いていたので、もしそこが刺さる人がいたら嬉しいです。

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[良い点] 血も繋がってないしアリスの苦しみの証でもあるアリエルを娘として愛してるお父さんは凄いよ アリスの境遇はアリエルと近い(アリスの方が悲惨だけど)し怖がる必要はないさ
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