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第109話 回想Ⅰ 母親同士の因縁

 今回からミレーヌ視点です。校正が粗かったらすみません……。

 アリエルのお母さんがうちに来てから一昼夜経った。それまでの3回、アリスさんとあたしは顔を突き合わせて食事を共にしたけれど、あたし達の間に会話はないままだった。アリスさんはあたしをお母さんと間違えて殺しかけたことを申し訳なく思っているのか委縮しているみたいだった。そんなお母さんの姿は今のアリエルと重なる。


「アリエルももっと成長したら、今のお母様みたいな風になるのかな」


 こんな状況なのに、想像したら微笑ましく思ってふとそんなことを口にしちゃってから「しまった……」と後悔する。何やってるのよ、あたし。今絶対そんなこと言っている暇じゃないでしょ。そんなことを思っていると案の定、アリスさんは目を丸くして、それから複雑そうな表情になる。


「……ミレーヌさんは本当にアリエルちゃんのことが好きなんですね。アリエルちゃんが人から好かれること自体は悪い気はしないですけど、あの女とそっくりなあなたから言われるとなんか複雑です……」


 あの女。そう言うアリスさんの言葉には棘が含まれていた。でも、そんなことよりもあたしには重要なことがあった。


「あたし、そんなにお母さんに似てますか? そんなこと言われたのは初めてで」


 まだお母さんと、そして妹のケイトがいた頃。専ら母親に似てると言われるのはケイトの方だった。その一方であたしは「ほんとはお母さんの子じゃないんじゃないか」なんて陰口をたたかれる始末。そう言われた理由は8割がた、あたしがお母さんの王国最強レベルの魔術師としての才能を引き継がなかったからで容姿をあまり見てなかったということはわかってる。でも、この歳になってはじめてお母さんに似てる、なんて言われるのはそれでも少し新鮮だった。


 あたしの問いにアリスさんは顔を顰めながら答える。


「はい、それは申し訳そっくりですよ。今だってちゃんと自制してなければあなたをミラだと間違えて見境なく息の根を止めにかかりそうなくらい」


 そこでギロッと目を光らせるアリスさんの瞳は明らかに獲物を目の前にした狩人のそれだった。容姿だけお母さんとそっくりと言われ、その上お母さんと間違われて殺されそうなんて、全くもって嬉しくない。


「見た目はそうか知りませんけど、あたしとお母さんの中身はまるで別ものでしたよ。王国トップクラスの魔術師にして領民からも、お父様からも全幅の信頼を置かれていたお母様に比べて、魔法を一切持たないあたしは、あまりにもちっぽけすぎますから。


 ――そろそろ話してくれてもいいんじゃないですか。なんでアリスさんがあたしの母親にそこまでこ執着してるのか。過去にあたしの母親とアリスさんの間に何があったのか。一度は殺されかけたんですもん、聞く権利くらいありますよね」


 半ば脅迫のようなあたしの追及にアリスさんは気まずそうに視線を逸らす。そんなところもどこかあたしの大好きな彼女にそっくり。だからこそ、あたしはいつも自分の彼女にしているように視線を逸らしてもただじっと、彼女のことを見つめ続ける。そんなあたしとアリスさんの我慢比べの末。アリスさんはため息をついてから言う。


「わかりました。確かにあの女の娘である、そしてアリエルちゃんにとって大切なあなたには、知っておいてもらった方がいいのかもしれません。――でも、本当にいいんですか? 今からわたしが語るのはあなたにとって一番身近な肉親がどれだけ醜い女かの告白なんですよ。それを知った後、あなたは絶対に不愉快で、不幸になる。それでも、わたしの話を聞く勇気があるんですか? まだうら若いあなたがどうしても知らなくちゃいけないような話でもありません」


「17歳で辺境伯やってるあたしを舐めないでください。領主なんかやってたら、これまで幾らでも残酷なこの世界の真実や王宮や貴族の悪行の情報にいやでも浴び続けてるんです。今更母親の犯した罪を背負うのが増えたくらい、どうってことないですよ」


 あたしの言葉にアリスさんは小さくうなづいて、それからようやく重い口を開いた。



◇◇◇◇◇◇◇



 アリスさんは子爵家の血を引く父親と母親の間に生まれた。もちろん、この国の貴族にとって、魔法の才能に恵まれた庶民ならばともかく、魔法が一切使えない庶民と結婚するなんてありえない。当然アリスさんの親はそれぞれの家族から強硬に結婚を反対された。そんな反対を振り切った2人は半ば駆け落ちのような形で結婚し、アリスさんを生んだ。そしてそれから実家の後ろ盾を失った2人はアリスさんを育てるために無理を押して働き、若くして2人とも他界してしまった。


 両親を失った後。アリスさんは父方の実家である子爵家に引き取られた。その理由は当然、アリスさんには類まれなる魔法の才能があったから。そんなアリスさんを使って伯爵、あわよくばより出世することを父方の子爵家は目論んでいた。そのことがアリスさんには幼心に分かっていたから、アリスさんは子爵家から抜け出したくて抜け出したくて仕方なかったんだという。そんな彼女にとって転機になったのが、12歳になった春の魔法学園の進学だった。


 王都の貴族はよっぽど魔法の才能に恵まれないごく少数を除き、貴族向けの魔法学園に進学することになる。そこで魔法の技術を学び、領民を守るための魔法技術を磨くことになる。でも、アリスさんはそんな進学の目的なんてどうでも良かった。全寮制の学校でなら、自分のことを『道具』としか見ていない偽りの家族から距離をとれる。そして魔法学園で好成績を収めて王立の諸機関からスカウトを貰えれば実家から独立して生きていくことができる。アリスさんにとって魔法学園は子爵家に引き取られて以来、ようやく手に入れた自由を謳歌できる場所で、そして彼女が将来自由に、実家に囚われず生きていくことができるかがかかった重要な場所だった。


 そんな魔法学園でアリスさんは2人の大親友と出会う。1人は魔法医学研究のため辺境の村から出てきた奨学生のケイン。そしてもう1人は――ランベンドルト王国のリツァルカ公爵家の第三令嬢にして将来あたしとケイトの母親となるミラージュ=リツァルカだった。


 入学以来、3人はことあるごとに一緒に過ごした。学園での成績はアリスさんがいつも1番で、次いであたしのお母さんが不動の2番。そしてケインさんはいつもトップ10の前後を浮遊していたけれど、いずれにしても学園でトップクラスの実力を誇る三人組だった。


「やっぱりアリスは凄いわね。あたし、アリスにだけは絶対勝てないわ~」


 あたしの母親は当時、本気かどうかわからないそんな台詞をよく口にしていたらしい。そのことを言われると決まってアリスさんは


「ふふん、そうでしょう!」


と胸を張ってたという。そして。


「もしあたし達の動悸で勇者パーティーメンバーが選出するなら、きっとアリスが選ばれるわよね。だって実技も座学も、アリスが同期の中で圧倒的ナンバーワンなんだもの」


 そんなこともまた、あたしの母親はしばしば言っていたという。それは今から振り返ると、まるで勇者パーティーに欠員が出ることを予想していたかのような口調だった。そして、そんな勇者パーティーのメンバーにアリスさんを入れるため、もっと言うと、自分が選ばれないようにするために振舞っているかのようですらあった。でも、当時のアリスさんはそんなことに気付かなかった。


 そして魔法学園の卒業の翌日。はたしてアリスさんはクラリゼナ国王から直々に勇者パーティーメンバーになるように勅命が下った。そのことをアリスさんは素直に喜んだ。王立機関からスカウトが来れば子爵家に戻らなくて済むから。勇者パーティーの一員となったアリスさんのことを、あたしのお母さんをはじめとする魔法学園の同期は盛大にお祝いしてくれた。ただ1人――ケインさんを除いて。

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