第107話 和解Ⅴ 女子会
今回はアリエル視点です。
数週間ぶりに訪れた冒険者ギルドの職員寮。そこにぼくは、どこか懐かしさを感じちゃった。
「すみませんレムさん、急に泊まらせてもらうことになっちゃって」
「あんまり気にしないでほしいのですぅ。レムもまたアリエルちゃんとお泊りできて嬉しいのですぅ。アリエルちゃんが常勤職員だった頃に使ってた部屋、そのままにしてあるから、自由に使ってほしいのですぅ。じゃあ、レムはまだ残っている仕事を片付けてくるから、ゆっくりくつろいでいてほしいのですぅ」
レムさんのその言葉に甘えてぼくは自室で休むことにした。
そしてギルドが閉店の時間を迎えると。
「ただいまですぅ!」
「お邪魔するわよ」
「レムさんお帰りなさ……ってソラ先輩⁉︎ 何でこんなところに?」
レムさんの声が聞こえてロビーまで出迎えに行ったぼくはそこにいるはずのない人物を見つけてつい、裏返った声を出しちゃう。そう、レムさんの隣にいたのはぷくっと膨れたリュックサックを背負い、愛用のアザラシの抱き枕を脇に抱えたソラ先輩だった(抱き枕のセンスがかわいい)。
「どうしてって……魔女が今日、お屋敷に泊まるらしいじゃない。だから居づらくってレムのところに押しかけることにしたのよ。部屋は余ってるんでしょ」
ちょっと拗ねたように言うソラ先輩にぼくは納得しちゃう。当たり前だけど共通の敵(?)がもし居たところでみんなが仲良し、って言うわけにはいかない。この場合はミレーヌ様とソラ先輩じゃ、魔女さんに対する感情も違う、ってことなんだろうな。
「と、言うことで女子会のスタートなのですぅ! レム的には本当はお母さんにもきて欲しかったけれど、こんな風に3人で泊まれる時点で、レムにとっては奇跡みたいなものなのですぅ」
意味ありげなことを言うレムさんの言っている内容はよくわからなかった。でもレムさんの幸せそうな表情を見てるとそんなことどうでもいいか、と思えちゃった。
それから数十分後。ぼくとソラ先輩、そしてレムさんは何故か、3人で職員寮の大浴場に来ていた。きっかけはレムさんが一緒に入りたい、って強く主張したから。ぼくとソラ先輩は女の子かどうか怪しいからレムさんと同じお風呂に入っていいかどうか怪しいし、何より2人の全裸を見て女性恐怖症のぼくがまともでいられるかどうかわからないから、当然最初は断ったよ? でも、結局は家主の主張には逆らえずに流されちゃった。そうなっちゃいながらも、レムさんとソラ先輩だったら大丈夫かな、と思ってしまっている自分がいた。2人にはこれまで何度も助けてもらって、今ミレーヌ様とぼくが付き合えているのは2人のお陰でもあるしね。
「それにしてもアリエルって、ほんとけしからんものを持ってるわよね。女の子としての生き方を諦めたボクですら嫉妬しちゃうくらいに」
2人の体つきをなるべく見ないようにしながら体を泡立てたスポンジで擦ってると。自分の胸の方にソラ先輩のジトッとした視線を感じで、ぼくは女の子だった時と同じように、反射的に手で胸を隠しちゃう。
「み、見ないてくださいよぉ。ぼく、自分の体嫌いなんですから。そう言うソラ先輩だって、いつもは着痩せしてるだけでそこそこ大きいじゃないですか。女の子が苦手なぼくがちょっと寒気を感じるくらいには」
そう言ってるとちょっと気持ち悪くなってくる。
この数ヶ月でぼくはソラ先輩のことをだいぶ知れた。ソラ先輩はプロムみたいにぼくに酷いことをしない人だって言うことはもう十分にわかってる。だから前にソラ先輩が『女の子として』犯されかけているところを目撃しちゃったときに比べて男装を解いたソラ先輩に接することに対する抵抗はだいぶ減ってきてはいる。それでもやっぱり、ソラ先輩の体は『女の子』。直視したり、へんにソラ先輩を『女の子』って意識しちゃうと、今でも気持ち悪くなったり、胸の動悸が速くなっちゃう。だから、なるべくソラ先輩の裸体を視界に入れないようにしつつ、ソラ先輩を女の子として意識する気持ちを頭の中から追い出そうと躍起になっていると。
「なんなんですぅ、2人で盛り上がっちゃって。レムもまぜてほしいのですぅ!」
「うわっ、レムさん! いきなりぼくの視界に入ってこな……って、えっ?」
心の準備をする暇もなく視界に飛び込んできたレムさんにぼくは咄嗟に目を両手で覆ってから、ぼくはレムさんの体つきをつい、指と指の間から見ちゃう。そうして見えたレムさんの体つきは……とても慎ましやかだった。
レムさんの体は何と言うか凹凸が控えめだった。所謂幼女体系のレムさんに、女性恐怖症のぼくはちょっと安堵しちゃう。別に幼女だったら大丈夫、っていうわけでもないんだけど、女の子らしさを強調した体つきじゃない人の方が幾分マシだから。
「あっ、今アリエルちゃん、ものすごく失礼なこと考えてるですぅ?」
そんなぼくの安どのため息を見逃さず、レムさんは痛い所を追及してくる。
「べ、別に何も考えてないよ?」
しらを切ろうとしたぼくだけど、もう手遅れだった。
「嘘なのですぅ。そんな悪い子にはお仕置きを……そうだアリエルちゃん! お仕置きとして、レムに背中流させろ、なのですぅ!」
――女の子に背中を流してもらう?
レムさんが無邪気にそんな提案をした瞬間。ぼくとソラ先輩の纏っている空気が凍り付く。
「レム、それはちょっと……。だってアリエルは女性恐怖症なのよ? 今だって『女の子』であるレムと一緒にお風呂に入ってくれてるの自体がきせ」
「べ、別に大丈夫ですよ」
いきなりソラ先輩の言葉に割り込んだぼくにソラ先輩が沈黙する。ソラ先輩がぼくの気持ちを代弁しようとしてくれてるのは正直嬉しかったし、これまでお世話になってきたレムさんとはいえ、彼女であるミレーヌ様以外の『女の子』に直接ぼくの体に何かをされるのは正直怖い。でも。
「た、確かにぼくは女の人のことが怖いです。でも、いつまでもこのまんまじゃいけないと思うんです。何より――できるならぼくはレムさんと、そしてソラ先輩のことを怖がったりしないようになりたい。だって2人は、今のぼくにとってミレーヌ様の次に大切な存在だから。そんな大事な2人と、もっとちゃんと、『大切な人同士』で当たり前にすることができるようにしていきたいんです。今すぐ全部、っていうわけには行きませんけれど」
ぼくの決意の籠ったその言葉にソラ先輩とレムさんは暫く目を丸くしていた。それから。
2人の表情は穏やかなものに弛緩する。そして。
「わかったのですぅ。ならなおさら、レムが背中を流してあげなきゃ、なのですぅ。でもでも! 別にレムはアリエルちゃんに苦しんでほしいわけじゃないのですぅ。だから、無理だ、苦しいと思ったら、すぐに言ってほしいのですぅ」
そう答えてくれるレムさんとぼくのことを、ソラ先輩はまるで保護者みたいに優しく見守ってくれていた。
ほんと2人にはぼくが面倒くさいせいで迷惑を掛けちゃってるなぁ。でも、そんな2人に対して伝えたい気持ちはごめんじゃなくって
「ありがとう、ございます」
気付いたらそんな言葉が自然と口から滑り出ていた。うん、ミレーヌ様の次にぼくにとって大切で、そしてある意味ミレーヌ様よりもぼくに近い2人に対する言葉はこれが一番しっくりくる。それは2人にとっても同じだったみたい。ぼくの言葉を聞いた2人はより一層微笑んでくれた。