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第103話 和解Ⅰ お墓参り

 昨日更新できなかった分です。今回よりしばらくアリエル視点です。

 それは温泉旅館から帰ってきてから1週間ほど経った日のこと。


「ねえアリエル。明日の夕方、ちょっと付き合ってくれない? 」


 執務中。書類に視線を落としたまま唐突にそう言うミレーヌ様の言葉にぼくの胸の鼓動は跳ね上がる。


 ――この誘い方、デートってことだよね。


 思い返してみるとミレーヌ様と正式にお付き合いしてからの1週間はこれまで貯めに貯めまくった仕事を捌くのに精いっぱいでミレーヌ様となかなか恋人らしいことができてなかった。それをミレーヌ様も気にしてて、でも面と向かって言うのが気恥ずかしいから、仕事をしたまま、さも何でもなさそうにそう持ち掛けてくれたんだ。そう思うと自分の彼女の健気さに頬が緩んじゃう。


 そんな風にぼくが彼女の可愛さに昇天しかかってると。


「で、明日アリエルは予定空いてるの? 空いてないって言うなら……まあ、別にいいけど」


 そう急かすミレーヌ様はどこかちょっと拗ねているように聞こえた。そんなミレーヌ様にぼくは慌てて答える。


「も、もちろん空いてます! というか彼女の頼みなんですよ? 他のどんな用事、例え

両親の葬式があったってミレーヌ様との約束を優先します! 」


 裏返ったぼくの答えに、そこでミレーヌ様はようやく書類から顔を上げて苦笑していたような気がしたけれど、あんまり気にしないようにする。


 その日のその時間以降。ぼくは浮足立ってしまってあんまり仕事にならなかった。




 そして迎えた翌日の夕方。


 あれだけ楽しみにしてたミレーヌ様とのデートでぼく達がやってきたのは……なぜかランベンドルト領の端にある墓地だった。


 いや、ミレーヌ様と一緒なら勿論、どこだって嬉しいんだよ? でも、正式にお付き合いしてから最初のデートスポットとしてはちょっと違うのかなぁ、って。肝試しにしては時間帯も季節も、少し早い気がするし(ちなみにぼくはお化けが大の苦手でミレーヌ様にドン引きされちゃいそうなので、あんまり肝試しもしたくない)。


 そう思ったぼくは


「み、ミレーヌ様。そのぉ……ここはデートスポットとしてはちょっと違うのかなぁ、とか思ったり思わなかったり」


と控えめに言ってみると、隣を歩いていたミレーヌ様は足を止めて、目を丸くしてぼくの方を見つめてくる。それから。口元に手を添えて小さな笑みを漏らし出す。


「あははは。まさかアリエル、今日のあたしのとのお出かけってデートだと思ったの? 」


 ――えっ、今日がデートだと思ったのは頭お花畑のぼくの、単なる勘違い……?


 そうわかった途端。急に頬が熱くなる。


「つ、付き合い始めたばっかりなんだから普通はそう思いますよ! 」


 頬を膨らませて抗議するぼくに対してミレーヌ様は笑い泣きを小指でふき取りながら


「ごめんごめん」


と誠意の籠ってなさそうな声で謝ってくる。でも次の瞬間、ミレーヌ様の纏っている空気が一瞬にして変わる。


「だけど――今日はもっと大事なことだよ。それに、アリエルにも来てほしかったの」


 そう告げるミレーヌ様はどこか寂しそうで、興奮しきったぼくの感情も急速に冷えていった。



 考えると墓地に来た時点で気づくべきだった。墓地って言うのは本来、お墓参りに来る場所。今はもういない故人に語り掛け、決して返答のないはずの会話を試み、喪失と向き合う場所。そんな墓地にミレーヌ様がやってきた理由、それは最初から考えるまでもなく明白だった。


 あまり来慣れてないのか、ちょっと迷子になりかけながらも最終的にミレーヌ様が立ち止まった場所。そこにはこの墓地の中でも一際巨大な墓標が立っていた。そこに刻まれていたのは『ランベンドルト家』という家名――つまりはこの地方の領主の一族にして、今は亡きミレーヌ様のご両親たちが眠っている場所だった。


「思ってたより綺麗。墓守のレーナがいつも掃除してくれてるのかな」


 独り言のようにそう小さく呟くと。ミレーヌ様は墓標の前にしゃがんで誰もいない墓標に向かって、しんみりとした口調で話しかける。


「お久しぶりです、お母様、お父様、そして――ケイト。お父様のお葬式以来ですね。お父様と死に別れて以来、どうしてもみんなに顔を合わせるのに足が向かなかった。そんな親不孝者・薄情者のあたしのことを許してね」


 そこでぼくはようやく思い出す。ミレーヌ様が家族とうまくいっていなかったって言う話を。


「お母様、そしてケイト。2人が生きている時はずっと言えなかったけれど……正直、あたしは2人のことが苦手だった。2人は魔法が使えない、貴族として欠陥品のあたしに『家族』として愛情を注いでくれようとしたよ? でもあたしにはその優しさが辛かった。


 いくら2人が優しくしてくれても、どうしてもお母様や妹のケイトとあたしのことを比べる人はいて、そんな風に比べられるのが嫌だった。お母様やケイトの本当の家族じゃない、あたしだけ貰い子だって言われるのが辛くって、そんな『比較対象』の2人から優しくされるのが同情されているみたいで辛くて、あたしは2人の愛情を素直に受け取れなかった」


 いつの間にか、ミレーヌ様の頬は一筋の涙で濡らされていた。


「だから幼い頃は2人なんかいなくなっちゃえ、なんて思ったことはあるよ? でも、本当に勝手にいなくならないでよ。いなくなったら落ちこぼれのあたしが文句が言えなくなっちゃうじゃん。まだあたし達、家族らしいこと殆どできてなかったのにさぁ。ほんと、なんで死んじゃったの……」


「それはお父様も同じだよ。お父様も出来損ないのあたしに期待なんて最初っからしてなかっただろうけれど、あたしもあたしのことを見てくれないお父様のことが苦手だった。でも、だからってそんな簡単にあたしを独りぼっちにしてほしくなかった。幾らお互いに苦手だって、あたし達って『家族』だったんでしょ。もう少しずつうまくやれてれば本当の家族になれてたかもしれないのにさ」


 ミレーヌ様の口から零れ落ちる言葉の数々はもう決して出会うことができない『家族』に対する悔恨の数々だった。ぼくが出会った時、既にミレーヌ様は天涯孤独の身だったからぼくはミレーヌ様の家族についてそんなに詳しく知っているわけじゃない。でも、ミレーヌ様が家族とうまくいっていなかったということはかなり前に聞いていた。


 魔法の才能に恵まれたお母さんと妹さんに対してミレーヌ様は蒼弓の魔女の呪いで貴族としてあるべき魔法の力を奪われ、常に劣等感に苛まれたこと。そんなミレーヌ様のことをお父さんは蒼弓の魔女の『贄』程度にしか思っておらず、妹さんが亡くなった時以来、お父さんのミレーヌ様に対する失望はより強まったこと。


 そんな関係だったから、例えその場所に本人たちがいるわけじゃないとしても家族が眠っているということになっているこの場所はミレーヌ様にとって、あまり来たい場所じゃないことはぼくにでも容易に想像できた。家族に会うのが気まずい。そして物言わぬ『家族』に愚痴を言ったところで、もう二度と彼女らとミレーヌ様は『家族』をやり直せない、そういう喪失感に向き合うことになるだけ。ミレーヌ様にとって、この場所は哀しくしかならない場所なのかもしれない。


そう思った瞬間。ぼくは気づいたらミレーヌ様の右手に自分の指を絡ませていた。そんなぼくのことをミレーヌ様は流石に驚いたような表情で見つめてくる。そんなミレーヌ様にぼくは真剣なまなざしで言い切る。


「確かにミレーヌ様はもうなくなってしまった妹さん達と『家族』をやり直すことなんてできません。でも、今のミレーヌ様は1人じゃない。ぼくっていう『家族』がいるでしょ。もちろん、ぼくが妹さん達の代わりをできるわけじゃありません。ぼくと妹さん達はミレーヌ様との関係も、キャラも全然違うから。でも、やり残してもう二度と取り戻せない『家族』との後悔を上書きするような『家族』としての楽しい思い出を、ぼくがミレーヌ様と紡いで見せます。だから――そんなに泣かないでください。彼女にそんなに泣かれると、ぼくも辛い……」


 うまいことが言えない自分が歯がゆい。でも、ぼくの気持ちは彼女に伝わったみたい。


 ミレーヌ様は手の甲で涙を拭いて、口元を緩めて微笑んで見せる。


 「そうだね。今日は『家族』に暗い顔を見せるために来たんじゃないものね。――みんなに、『新しい家族』を紹介するために来た。そのために、アリエルにもついてきてもらったんだもの」


 そう独り言のようにミレーヌ様は呟いた。

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