第101話 第6章プロローグⅠ
ごきげんよう。お久しぶりです。
今日また小説賞に落ちたことに気づいてちょっぴり傷ついてますが、めげずに更新していきたいと思います。本日より6章です!
とある日の夜。クラリゼナ国王であるユリウスが1人で寝室に戻ってくると。
「おや、これは珍しいお客さんだな」
ユリウスのその声に、開け放たれていた窓枠に腰かけて夜空を望んでいた女性はユリウスの方を振り向く。全身を黒いローブですっぽりと覆い、その素顔はよく見えない。しかしユリウスは彼女が左手に持っている銀色の拳銃で彼女の正体を既に察していた。
「君がここ最近、王都の魔法学園上層部や王宮高官が襲撃された事件の犯人、ってことかな。その正体がまさか、先代勇者パーティーの死にぞこないだとは思わなかった。よく君がまた、王都に戻って来れたものだなぁ」
ローブの奥で女性は苦悶に表情を歪める。そして。
「わたしを騙し、搾取し続けたあなたには言いたいことが沢山あります。でも、今はそんなことはどうでもいい――アリエルちゃんを、わたしのかわいい娘をどこにやったんですか! 」
ヒステリー気味に叫びながらユリウスに向かって拳銃を突き付ける襲撃者の女性。でもユリウスはそれに全く動じた様子がなかった。
「あの有能な道具か。こちらが聞きたいくらいだね。娘の不手際で行方不明になってこっちも困ってるんだ。彼女にはまだまだやらせることが沢山あるのに」
「ふざけないでください! 」
遂に堪忍袋の緒が切れて発砲してしまう襲撃者の女性。彼女の使う拳銃には魔力が体に満ちている貴族であれば体中の魔力を膨張させ、内側から破裂させる必殺の弾丸が込められている。その効果は当然、王族であるユリウスとて例外ではない。
しかし襲撃者の放った弾丸は概念魔法【時間】の一様態【停止】によって、ユリウスに胸中に届く前に動きを停止させられ、床に散らばる。そして扉から入ってきたのはクラリゼナ王国が擁する勇者――【時間】の力に目覚めたばかりのベリーだった。
「主君の危機を察知して駆けつけるとは、良い心がけだな」
満足げに微笑むユリウス。しかしベリーはつまらなそうな表情をして主君を一瞥しただけだった。まるで主君に対する襲撃や、それから主君を自分が救ったことなんて何とも思っていないかのように。それ以上に彼女の興味の関心は、クラリゼナ王国中枢を1人で襲撃した目の前の襲撃者だった。
「別に、たまたまですよ。――で、今目の前にいる人、殺しちゃっていいんですか。魔法学園の上層部を1人で手にかけた相手とは、私のレベルアップに役立ちそうですし。これで一歩、アリエルさんに再会した時に恥ずかしくない、『強い私』に近づける」
目をらんらんと輝かせるベリーに襲撃者の女性は身震いをする。目の前の『勇者』は常人とは全く違う価値体系で動いている。その異常さがテロリストでさえ一瞬で読み取れてしまうくらい、その時のベリーは異様だった。
そうでなくても襲撃者の女性にとって漆国七雲客の介入は予想外だった。概念魔法を持たない彼女にとって、概念魔法【時間】を部分的とはいえ覚醒させたベリーは既に十分、手に余る存在だ。『戦略的撤退』、そんな五文字が彼女の頭に浮かぶ。でも。
――そもそもアリエルが生死不明になったのはこの『勇者』がしっかりしてなかったからですよね。何よりこの漆国七雲客はアリエルちゃんと最後に一緒にいた人間の1人。……何の情報も吐かせないまま、ここで退くわけには行きません。
「アリエルちゃんの居場所を教えなさい! 」
そう叫ぶと。襲撃者の女性は深く息を吸い込み、彼女の持てる最強の術式の詠唱を開始する。
【術式定立_雷砲_対象選択_PMG_再現開始】
しかしそれを黙ってみているほどベリーも甘くなかった。
【概念構築_停止_対象選択_"術式"_再定義開始】
2つの眩い魔法光がぶつかり合い、対消滅する。
「いくら漆黒七雲客に次ぐ魔法として構築された神話級魔法【雷砲】でも、流石に【時空】相手だと分が悪いですね」
「この私と一対一で張り合えるなんて……魔法戦は決定打にならなそうだねっ! 」
そして2人の戦いは近接戦に移行する。愛用の両手持ち剣で矢継ぎ早に磨き抜かれた剣戟を繰り出すベリー。対する襲撃者の女性は即座に拳銃をホルダーに戻し、両手にダガーナイフを装備して【身体強化】【高速化】【浮遊】の三重の魔法を自身にかけて勇者の攻撃をいなしていく。
「これほどの腕前を持ちながら王国に歯向かうなんて……まさか、あなたも漆黒七雲客?」
「お生憎様ですね。わたしは【概念魔法】もなければ転生者のように【祝福】が使えるわけでもない。ただの器用貧乏な――先代勇者パーティーの死にぞこないですよ!」
「元勇者パーティーメンバー? そんな人がいるなんて聞いたこともない。でも、もしそれが本当なのだとしたら、なんで国家に歯向かったりするんだ!」
「そんなこと、まだ騙されて勇者なんてやってるメスガキに教えて義理なんてありません。――というか、わたしのアリエルを守れなかったくせに、なにが『勇者』ですか。あの子が憧れていた『勇者』なんて称号を、あなたなんかが名乗らないでください!」
勇者対元勇者パーティーのテロリストが繰り広げる鍔迫り合い。本来ならば【時】を支配するベリーの剣に元勇者パーティーメンバーと言えども漆国七雲客でもなければ転生者でもない人間がついていけるわけがない。しかし襲撃者は長年の経験と小技の引き出しの多さでうまく自分自身にかけられる【時間】の魔法を躱しつつ立ち回っていく。しかし、そんな彼女でも持久戦になると話は別。経験値が多い、ということはベリーよりも遥かに高齢だということでもある。そんな襲撃者は徐々にベリーの攻撃をいなすのがギリギリになってくる。
そしてそんな隙を見逃すほどユリウスは甘くはなかった。襲撃者がベリーに気をとられている隙にユリウスは懐に忍ばせていた魔法銃を取り出す。それは襲撃者の女性が所持していたのと同じ、魔術師にとっての天敵とも言える弾丸が込めれている。そんな拳銃の照準を、ユリウスは襲撃者の脳天に定める。
「死にぞこないに僕を襲撃させるなんて。僕の存在が目障りになってきたハナ辺りがけしかけたのか? 後でお灸を据えてやらないとな」
独り言のように呟いてユリウスが引き金を引く。しかし襲撃者の女性も襲撃者の女性で伊達に長く生きていなかった。高度な危機察知能力でユリウスの狙いを察知した襲撃者の女性はとっさに
「……やば」
【術式略式発動_臨界招来】
と詠唱して、時間稼ぎのためだけに魔法で自分の周囲50センチに魔法で作り出した異空間【臨界招来】を展開する。そして。
「ここで離脱するのは癪だけど、背に腹は代えられませんよね。せいぜい、立ち去る直前にあてこすりしておきましょう」
【術式二重定立_臨界爆発/空間転移_再現開始】
次の瞬間。小規模な【臨界招来】に入っていたとは思えないほどの膨大なエネルギーを放出して襲撃者の臨界招来は爆散する。部屋ごと吹き飛ばすその威力に流石のベリーも主君の安全を確保して回避行動をとるのが精いっぱいだった。そして爆発が収まってようやく状況が理解できるようになった時には。既に襲撃者の女性は、忽然と姿を消していた。
彼女がいたその場所には【臨界招来】の展開にギリギリ巻き込まれたベリーの大剣の切っ先の破片が落ち、その刃で切り裂かれた襲撃者の出血が床を微かに濡らしていた。