【バニーの日特別編】番外Ⅴ プライベート・バニー
ご無沙汰しております、小凪です。
8月2日から大分遅れてしまいましたが、『バニー』に因んだショートストーリーを書いてみましたので供養させてもらいます。よろしければお付き合いいただけますと幸いです。
「――かわいい」
おつかいで街を歩いていた時。ぼくは洋品店のショーウィンドウに目を奪われ、ふと足を止めちゃう。硝子の向こうに飾られていたもの、それはかなり大胆な純白のバニースーツ。
真っ白なタイツに体のラインがくっきり見えるレオタード、お尻の所のふさふさの尻尾に自己主張の激しい、もふもふとした大きな耳。そんなバニースーツに、ぼくはつい見惚れちゃった。
――このバニースーツ、ミレーヌ様が着たらどんな感じになるかな。
頭の中をそんな疑問が過って、ぼくは想像してみる。ぼくじゃ似合わないし、そもそも女の子の服を着ているところを想像しただけで気持ち悪くなるけど、絶対ミレーヌ様なら似合う。すらりとしたミレーヌ様の体のラインが強調されて、すれ違う人誰もが振り向かずにはいられない、ちょっとアダルティなうさぎさん。
そんなバニースーツを身に纏ったミレーヌ様はどんな表情をするんだろ。いつも通り凛とした大人っぽい表情をしてくれるのかな。それとも、案外ミレーヌ様もちょっと恥ずかしくって頬を朱に染めてくれるかも。どっちにしても、素敵……! 想像しただけで変な笑みが零れちゃう。
と、その時。
「おやおや、これはこれはアリエルちゃんなのですぅ! 」
「うわっ! 」
いきなり声をかけられてぼくは大きな声を出して飛び上がっちゃう。振り向くとそこには、いつものようにニコニコしたレムさんの姿があった。レムさんはえっちな妄想を膨らませていた時に知り合いに声をかけられて顔を真っ赤にしたぼくとぼくの目の前のショーウィンドウを交互に見つめた後。レムさんのニコニコがニヤニヤに変わる。
「こんなえっちな服の前でニヤニヤするなんて、まさかアリエルちゃん、バニーガールになりたいのですぅ? 」
「それはないですぅ! 」
テンパってレムさんの口調が移ったまま即答しちゃうぼく。すると、レムさんはぷくっと不満げに頬を膨らませる。
「なーんだつまらないの、なのですぅ。バニーガール姿のアリエルちゃん、ちょっと期待しちゃったのですぅ」
ぼくが目の前のバニーガールの衣装を着る……? 改めてショーウィンドウに目を移して少し想像した瞬間に寒気が走ったので、それ以上は想像しないことにする。
「じゃあ、なんでバニースーツなんて見てニタニタしてたのですぅ? ……あぁ」
そこでレムさんは何を思ったのか意味ありげな笑みを浮かべてくる。そして。
「つまりアリエルちゃんはミレーヌ様にバニースーツを着せて、うさぎさんになってもらうことを想像してたのですぅ? 」
レムさんに図星を疲れた瞬間。かぁっとぼくの顔は熱くなる。
「ちょ、ちょっとだけミレーヌ様が着てくれたら可愛いだろうな、って思っちゃっただけですから! 本当に着てほしいなんて思ってません! 」
ちょっとムキになってそう言うぼくだけど、レムさんはまだニタニタしたままだった。
「ええー、ほんとは着てほしいんじゃないのですぅ? 彼女であるアリエルちゃんの頼みなら、きっとミレーヌ様だったらどんな恰好でもしてくれると思うのですぅ」
ぼくの頼みだったらミレーヌ様はどんな恰好でもしてくれる。レムさんのその言葉が、ぼくの心には重くのしかかった。
レムさんの言っていることは正しい。ミレーヌ様はぼくのことを本気で愛してくれてるから、ちょっとぼくが甘えておねだりしたら、例え着たくない恰好だってぼくのためにしてくれちゃうだろう。でも、そんなミレーヌ様を想像した瞬間、ぼくの心はチクリ、と痛んだ。そんな風に自分の彼女に無理をさせるくらいなら、ちょっとした欲望をぼくが我慢した方が数倍マシ。
そこまで考えたぼくは無理にレムさんに微笑みかける。
「――確かにミレーヌ様がバニーガールになってくれたら可愛いと思いますし、正直見て見たくないか、と言ったら嘘になります。でも、いいんです。この気持ちはぼくの一時の心の迷いに過ぎないんですから」
そう答えるぼくに、レムさんは複雑そうな表情になっていたけれど、それ以上何かを言って揶揄ってくることはなかった。
翌日の朝。まだベッドの中でぼくがぐっすりと眠っていると。
コンコン、とドアがノックされる。
――こんな朝早くに誰だろ。まだ起きるまでは少しあるのに。
そう思って寝ぼけ眼をこすりながら、「はーい」なんて適当に返事してドアを開けると、そこには野生のバニーガールがいた。
……訂正。まだ頭が正常に回ってないから変な認識の仕方をしちゃった。より正確に言うとそこには恥じらいながら指を弄ぶバニースーツの美少女――バニーガール姿のミレーヌ様が立っていた。
「み、ミレーヌ様、その恰好どうしたんですか? 」
ぼくの口にいた疑問にミレーヌ様は頬をほんのりと紅く染めながら
「あ、アリエルはあたしにバニーガールになって欲しかったんでしょ。だ、だから着てあげたの! この格好、流石に恥ずかしいんだから感謝しなさいよ。あ、アリエルの頼みじゃなかったらこんな恰好しないんだからっ! 」
とちょっとつっけんどんに言ってくる。そんなミレーヌ様のことをぼくは可愛いなんて思う余裕はすぐに失せる。それ以上に。
――もしかしてぼく、ミレーヌ様に無理させちゃった?
そう思うと怖くなって、目をぎゅっと瞑っちゃう。いつの間にかぼくの頬を幾筋の涙が濡らしていた。と、その時。
ぼくの涙を拭う温かい感触にぼくは恐る恐る目を開ける。すると目の前にはぼくの涙を小指で拭ってくれる、ミレーヌ様の慈しむような顔があった。
「別に無理してるなんて思ってないわよ。恥ずかしいことは恥ずかしいけれど、アリエルの笑顔が見たくてバニーガールになることを決めたのは結局はあたしだし。だから、こんなに恥ずかしい恰好を勇気を出してしたあたしにほんのささやかなご褒美――アリエルの笑顔を見れたら嬉しいな、なんて。アリエルは今のあたしのこと、どう思う? 」
そう言ってミレーヌ様はくるん、とかわいらしく一回転して見せる。それはまるで、『不思議の国のアリス』に出てくるうさぎのようにキュートだった。
――そうだね。せっかくミレーヌ様がバニーガールになってくれたんだもん。それなのにぼくがいつまでも泣いてちゃダメだよね。
そう思ったぼくは手の甲で涙を拭って小さくはにかむ。
「はい、すっごく似合ってますよ、ミレーヌ様。――今すぐお持ち帰りして、ぼくだけでおいしく頂いちゃいたいくらいに」
自分でも驚くほどするりと出た、素直な言葉。そんなぼくの台詞にミレーヌ様の頬は紅潮する。
「そ、その台詞は反則だよぉ」
ゆでだこみたいに顔を真っ赤になった顔を手で覆いながら微かな声で呟いてくるミレーヌ様。そんな風に恥ずかしがるミレーヌ様の方が反則級に可愛くて、心臓が爆発してしまいそうなほどうるさい。
「……って、ぼくだけがこんなにいい思いしてちゃダメですよね。何かぼくもお返ししなくちゃ」
ふと思って焦りだすぼく。でもバニーガール姿のミレーヌ様はそんなぼくの肩にポン、と手を乗せて言う。
「お返しなんていいのよ。あたしがアリエルのおねだりに答えてあげたかった理由、それは今日が記念日だからでもあるんだから」
「記念日? 」
復唱するぼくにミレーヌ様は小さくうなずく。それに伴って頭の上のうさ耳が小さく揺れる。
「そう、今日はアリエルが今のアリエルになってから6ヶ月の誕生日。だからこのバニーガールはあなたのことが大好きなあたしからの細やかなプレゼント。だからアリエル――これからも、アリエルはアリエルのままでいてくれると嬉しいかな、なんて」
そう言ってはにかむミレーヌ様は、これまでぼくがみたどんなうさぎさんよりも可愛らしく、尊かった。
――――――――――因みにぼくの一番好きな動物はアンゴラウサギですっ!
ここまでお読みいただきありがとうございます。かなりこじんまりとしたエピソードでしたが、少しでも楽しんでいただけたようでしたら幸いです。
さて、本文中に書くとくどいかな、と思ってあまり書かなかったのですが、本作でこの話が成り立つのは1章クライマックスでミレーヌがアリエルに、自分のために女の子の恰好をしなくていいと諭すシーンがあるからです。だからこそ、アリエルの側もミレーヌに自分の都合で見た目を強制することに強い抵抗感があり、バニースーツを着てほしいなんて言えない。でも、ミレーヌの方はアリエルほど気にしてなくて、彼女のためなら物理的にも一肌脱ぐ、そんな2人の微妙な対比が根底にあるエピソードだったりします。
最後のアニバーサリーのくだりはとってつけた感もあるかとは思いますが、そこもまた、1章ハイライトの「だったら、アリエルの好きな今のアリエルで、あたしのことを落としに来てよ」という台詞に対応してたりします。
そんな、ある意味原点回帰のエピソードでした。