【百合の日特別編 黄】番外Ⅳ 2人だけの秘密の結婚式
*本作は6月28日に5章の中に入れたエピソードを整理の関係上幕間に移動させたものになります。内容は全く同じです。
*レムの百合の定義は作者の主義主張とは一切関係ありません。また、今回は全編ソラ視点です。
「ソーラちゃんっ! 今日は何の日だか知っているですぅ? 」
ご主人様に傘を届けた後。近くを通ったのでふと立ち寄った冒険者ギルドでボクはレムからそんな風に呼び止められた。因みに今日はなぜかギルドは臨時休業らしく、ギルドには冒険者の姿がなく閑散としていた。雨だからお休みにでもしたのかな。そんなことを考えながら
「別にただの平日じゃない? 」
と答えると……レムはこの世の終わりみたいな、絶望に染まった表情になる。
「ソラちゃん! ソラちゃんは転生者なのになんで今日みたいな大事な日を知らないのですぅ? 」
「だから転生者だって言っても向こうの世界のことを何でも知ってるわけじゃないのよ。で、百合の日ってなに? 」
「それは、世界中の女の子同士カップルが幸せになれる日――つまり、全世界の祝日なのですぅ! 」
嬉しそうに言うレム。それに対してボクは冷ややかな表情にならざるを得ない。
「そう――じゃあ負け組のボク達には関係ないじゃん。ボク達、別に彼女がいるわけじゃないし、ボクに至ってはボクが女の子かどうかも怪しいわけだ……」
ボクはそんな自虐の言葉を最後まで言わせてもらえなかった。なぜならレムが今にも涙を零しそうなほど目を潤ませながらボクの手をぎゅっと握ってきたから。
「そんな悲しいこと言わないでほしいのですぅ。今日はみんなが幸せになる日。だから、ちゃんとソラちゃんにも女の子として幸せになって欲しいのですぅ。それに――レムたちの関係だって、立派な幸せになるべき『百合』だと思うのですぅ」
「ボク達が? 別に付き合ってないけれど??? 」
ボクの疑問に、レムはゆっくりと首を振る。
「そんなこと関係ないのですぅ。彼女同士じゃなくっても、友達同士・姉妹同士・片思い相手との関係だって、それは百合なのですぅ。だから、レムたちのこの歪な関係だって百合。だから、今日は1日、ソラちゃんにも幸せになってもらうお手伝いをさせてほしいのですぅ」
ほんと、この子には敵わないな。そう、ボクは観念しちゃった。
幸せになる日、なんて言い出すからレムがどこに連れ出すのかと思ったら、レムが転移魔法で連れだしてきたのは森とは逆方向の魔族領との国境付近にある、小さな教会だった。教会、といっても厳格な宗教施設、と言った面持ちじゃない。結婚式場とか集会場とかそういうイベント用のなんちゃって宗教風施設って意味合いが強いのかな、なんていうことをふと思った。
そんな教会の中をレムは事前に予約でもしていたのか名前を告げた途端、係の人に案内されてとある一室に通される。その個室の真ん中でボク達を待っていたのは部屋のど真ん中に飾られた、純白のウエディングドレスだった。スカートにはこれでもか、と言うほどにふんだんにフリルがあしらわれている。それを一目見た途端、心が全くときめかなかったというと嘘になる。ボクだって普段男の子の恰好をしているだけで感性は一般的な女の子。可愛いものや、特に女の子の憧れの象徴であるウエディングドレスにはどうしても心が揺さぶられる。でも……。
――今のボクにとっては二重三重に関係のないものだよね。ボクの最愛の相手はボクよりもずっと幸せになれる人とお付き合いし始めたばかりでボクに脈なんてない。そもそも、ボクがこんな格好をしたらその後に起こることを想像しただけで頭が痛くなる。
そう自分を納得させ、憧れから目を背けようとした時。
「今日はこの結婚式場の体験に来て、ドレスとかも試着できるのですけど……ソラちゃん、本当は着てみたいんじゃないんですぅ? 」
レムは微笑を浮かべながら的確に痛い所をついてくる。
「……それってボクのことをからかってるの? ボクが女の子の恰好をできないこと、しちゃいけないことくらい、レムだってわかってるよね! なのにこんなものを見せつけるなんて、未練を呼び起こせるようなものを見せるなんて……レムはどれだけボクに対して意地悪したら気が済むの! 」
本当はそんなこと言いたくないはずなのに、つい酷い言葉が次から次へと、口をついて出ちゃう。と、その時だった。ぎゅっ、とレムがボクのことを抱き締めてレムの温もりを全身で感じる。
「ソラちゃんはそうやっていっつも我慢してきたのですぅ。女の子を諦め、好きな人と結婚することを諦めて。そんなレムちゃんは素敵だと思っちゃうし、ますます愛おしく思っちゃうレムも確かにいるのですが……でも、そんな我慢してばっかりのソラちゃんのことが同時にレムは心配なのですぅ。だから、世界中の女の子達が幸せになっていい、幸せになるべき今日くらいは、ソラちゃんだって自分の好きな恰好をして、自分の好きなことをしても許されると思うのですぅ。花婿役がレムじゃ、役者不足もいい所でしょうけれど」
「でも、ボクが女の子らしい恰好をしたら……」
「大丈夫ですぅ。そのために今日はお客さんが少なくなるように冒険者の皆さんに頼んで天気を崩してもらったのですぅ。今日のソラちゃんのことは、レムしか見てないのですぅ。だから――ソラちゃんは今日だけは、もっと自分に素直になっていいのですぅ」
レム、今さらっととんでもないこと言ってなかった? そう思ったけど、そんなのはどうでも良くなるくらいに、ボクは感極まって泣きそうになる。ボクにそこまで言ってくれるのはレムくらいだから。
――最近、レムにはこんな気持ちにさせられてばっかりだなぁ。
そんなことをふと思った。
それから数十分後。ウエディングドレスに身を包んだボクが女性の係員の人に案内されて大聖堂の方まで歩いていくと。
「あ、ソラちゃん! 」
これまたウエディングドレスに身を包んだレムが大きく手を振ってくる。純白の花嫁衣装に身を包んだレムを見た瞬間、ボクは『可愛い』って思ってしまった。それにレムは目ざとく気付いたのか、
「今、ソラちゃんレムのあまりの可愛さにキュンとしちゃったのですぅ? レムはソラちゃんのために常に彼女の席を空けてるのですぅ。だから、本当にレムのお嫁さんになってくれてもいいのですぅ」
といつものようにぐいぐい攻めてくる。ほんと、レムのは本気なんだか嘘なんだかよくわからない。
「そ、そんなことないわよ。ただ――そんな恰好されるとレムも、綺麗な大人の女性になったんだな、と思ってちょっとびっくりしちゃっただけで。ボクの中でレムって言うと、孤児院にいた時のイメージがやっぱり強かったから」
断じてレムにときめいているわけじゃないけれどレムのことを直視できずに視線を逸らしながらボクは言う。そんなボクにレムは「えへへー、そうですぅそうですぅ。そう言うソラちゃんも立派な美人さんになってるのですぅ。【呪詛】なんかなくてもへんな虫がつきそうでレムは心配なのですぅ」なんて恥ずかしい科白を臆面もなく普通に言ってくる。
「せっかくだし、誓いの言葉みたいなのもやってみますぅ? 」
自分が憧れの恰好をして、目の前に凄く美人になった妹分がいて、なんだか頭がほわほわして頭が回らない。そんなボクは流されるままに「そ、そうね」と特に考えずにレムに流されちゃう。するとレムはボクの前に恭しく跪いて言う。
「富める時も貧しい時も、病める時も健やかなるときも、喜びの時も悲しみの時も、死が二人を分かつまで、レムは貴方のことが大好きなことを誓います」
いつもボクのことを好き好き言って憚らないレムに『好き』って言われるのには慣れていると思っていた。でも、ウエディングドレス姿で言われるとなぜだか目に涙が滲んできて視界がぼやけ、ウエディングドレスに包まれた彼女の姿が一瞬、ボクにとって最愛のご主人様に見えてくる。でも、それはただの幻想。ウエディングドレス姿のご主人様の隣に立つのは、立つのがふさわしいのは、アリエル。その現実を認識した瞬間。これまでと違う意味の涙が、ダムが決壊するかのように流れ出す。
「―――――――」
嗚咽を漏らすボクのことをまた、レムは優しく抱き寄せて言う。
「やっぱり、レムじゃ役者不足だったみたいですぅ。ソラちゃんにこんな表情をさせたかったわけじゃないのに」
「うんうん、違うの。ぜ、絶対に着れないと思ってたウエディングドレスを着れることは嬉しいの。そして、この涙も、ぼ、ボク自身が選んだ結果だから後悔はないよ。でも、でも……どうしてもその光景を想像すると涙が出ちゃうの。最愛の人が一番幸せになるのがボクにとっても一番うれしいはずなのに、涙が出ちゃうの。だから……もう少しだけレムの胸を貸してくれる? 」
「もちろんなのですぅ」
そう言ってボクに片思いし続ける女の子は優しく微笑む。。
外はいつの間にかまた、雨が降り出したらしい。ボクの嗚咽は雨の音にかき消されていった。
3作書いた百合の日記念特別編、一番作者的に納得できる展開に仕上げてきてくれたのはやっぱりというかこの2人でした。
振り返ると百合の日特別編は白百合で一番同士でお付き合いできたメインカプの話を書き、続く黒百合と黄百合でそれぞれの負けヒロインを書く、と言った構図になりました。
その中でも全編今回はソラが語り手を務めたということでその意味でも十分異色なのですが、それはレムが語り手を務め辛いキャラであることの裏返しでもあります。そんなレムは自分のために泣いてくれることのない最愛の相手のことをどう思って見つめていたのでしょうか。語れなかったからこそ、色々想像してくださると嬉しいです。